第二話 坂の上の――

   a)

友人が指を四角に組んでレジ方向を見ている。

「お前、かなり怪しいな」

 500mlのコーヒー牛乳をストローで吸い吸い友達越しにレジ方向を見る。

 全然見えない。

 角度的にレジへ引っ込まれると全く見えなくなってしまう。

「お前は見ない訳?」

「あまり露骨なのもどうかと」

「英作文でもやってろ」

 英文科に行くわけではないが、英語は嫌いではなかった。

「午後の授業はどうする?」

「脱走。」

「来年も頑張って」



レジ打ちの羽夢さんは身長160㎝前後、華奢で、目の大きなアニメ顔。オジーには割とよくいるタイプではあるが美少女だった。接客する彼女の声は、声で仕事でもしているかのような、清んだ結晶のような印象だった。


 羽夢さんは、ありがとうございました、と言って、視界左手、店の奥の方へ引っ込んだ。それきり何分待っても、客が来ても、現れなくなった。

 友達も飲み物を買ってくると言って席を立ったきり帰ってこない。不審だったので10分待って席を立ち、店内に友達の姿を探した。羽夢さんも友達も二人とも店内の何処にもいなかった。

 仕方なく友達の分もテーブルの上を片付け、席を立った。



   b)

 コンビニへは毎日行った。


 執拗だと嫌わらるぜ、と友達は言っていたが、其の友達を含め、美少女に魅入られた組は毎日コンビニに通った。

 「セイレーンって知ってる?」

 「船幽霊だろ?船をナンパさせる」

 「色ボケしてると復落ちるぜ」

 「返す言葉もございません」


 交際にはお金がかかる。一回コーヒー牛乳一つ120円。週六日で一月二十八日2880円年間 33560円。コンビニへ通うだけでも結構な出費。二人とも受験生故、時間も金も、余裕もない。解決策はたった一つに思えた。


 「いらっしゃいませ。」

 「あ!」

 抜け駆けられた。

 

 何処で情報を仕入れたのか、何時の間にか友達はコンビニの店員に成りすましていた。同じ考えの内、予算を計上する為に単発のバイトは入れてみてはいたのだが。

 「リアン、後で話がある」

 「話で解決するのかな日乃?」

 バイトが退けたら近くの喫茶店で話すことになった。



   c)

「蜘蛛」

 ビルの屋上で寝転んでいた。

 青い空にベールが掛かり、もう夕暮れへと空は移行し始めていた。

 「何だ?」

 上半身を起こす。 

 プライベートで話しかけてくるやつなどいない。そんな人間関係の中で生きている。

 「掛かったって?」

仕事の話だった。

 張って置いた網に獲物が掛かっていた。

 後は。

 「幾ら必要なんだ?」

 「二億ぐらい、だろうな」

 そいつの持つポテンシャルが時価で凡そ二億と言う事。誰が考案したのか人の命も金で換算される。

 「セーフティ掛けといてくれ」

再び仰向けに寝転がる。

 西の空から灰色の雲がオジーの空を覆い始めていた。


 「蜘蛛」

 「何だ」

 「報われるといいな」



   d)

 「だし抜かれるのは嫌なので」

 バイトの帰りを見計らい羽夢さんを待ち伏せた何時ものコンビニの前。

 「リアン君の事?――」


 

 殆どの同盟の人が利用するという喫茶店「ユニコン」。

 店内にレトロな電話ボックスがあるのが特徴。予備校や坂の上のコンビニからは少し離れていて、密会するのに好さそうな喫茶店だった。ブレンドの値段は440円。

 「で?」

 「で?って?」

 「何処まで進展した?」

 リアンは浮かない顔で。

 「全然」

 「そうか。では後は俺が」

 「甲斐性なしの分際で」

 「高額なのか必要資金」

 「幾ら貢げる?」

 其れは美少女の事、貢ぐ男も大勢いるのだろうが。

 「今は全く。」

 「そうだろうな」

 我々は受験生なのだから貢げなくて普通だった。



 星空の下、コンビニ前に並んだ二人。

 救急車がけたたましいサイレンとアナウンスを発しながら北へ去っていく。

 「――健康維持に協力しそうになった」

 「したの?」

 羽夢さんはあいまいな表情で何も言わなかった。

 「日乃君はどうなの」

 「どうって?」

 「明日の日曜は午前のシフトだけなんだけど」

 若しかして、誘っていらっしゃる?

 「待ち合わせ、する?」

 緊張し声が挙動不審。

 羽夢さんは余裕な感じで此方を向く。

 「コンビニであいましょう」


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