1 彼女の行方

第一話 彼女

    a)

偶然か必然か。

その理由は解らないが恵まれる事、と言うのはある。日曜のオジー駅前、コンビニの前で黄昏ていたら、思いがけず美少女に声を掛けられた。

 迷子だった。


「すみません。この辺来たことなくて」

「ああ、まぁ」

「データ転送します」

美少女は携帯通信機のGPSデータを此方の携帯通信機に転送してきた。

「来た、来た」

GPSデータに示された場所は、スターティングポイントと呼ばれる、昔「坂下の見者」が住んでいた処の近くだった。

「どうです?」

「いや、分かったけど、此処は……」

昔は見者が住んでいたらしいが、今は十何代か目で、かなり悪い噂が立っていた。

「若しかして、見者の所へ?」

美少女は、

「ええ、仕事で」

とにっこり笑った。



    b)

「此処」

結局、道案内をする事にした。

煩がられるとか思ったが、案ずるより産むが易しだった。

目の前に四階建て鉄筋コンクリートのマンションが立っていた。交差点、スタートポイントの一角を占めている。向かいには暫く前には無かったコンビニエンスストアが立っていた。

「ありがとうございました」

美少女は丁寧に頭を下げた。

「あ、ちょっと待った。何階だっけ?」

「二階ですが」

指で二階の角を示す。

養生テープが張られて既に無人のようだった。

カーテンは掛けられていない。

見者業界も不況なのかも知れなかった。

「どうしよう」

「会社に連絡したら?」

「発注はあったのに」

「住所が違うんじゃない?」

そう言いつつ周囲を見渡した。

コンビニの外には車が二台、他に人影もなく。

……監視が付いているようでもなかった。

はい、はい、現地に着いたら不在で――美少女は会社に連絡して言い訳を始めた。

電話を終えて溜息をつく美少女。

「あの、よかったらお客に成りませんか?」



   c)

 美味しい話だった。


 個人的に付き合いたくなったので、アドレスを聞いてみた。

 嫌がられはしなかった、が社則と言う事で個人情報は何も教えてもらえなかった。

 案外硬いガードだった。

 6日が過ぎた。

 坂の上の、元パーソナルステージを改装した予備校で生徒の身。毎日カリキュラムに追われていると、気が付けばもう土曜日だった。

 「何だ日乃、また誰そ彼?」

 窓の外、眼下に見える交差点を睥睨していたら、同じく予備校生の男友達に揶揄られた。

 「今日はあがりだろ。帰れよ」

 「お前もな。」

 仕方なく、誘われるまま帰路に就くことにした。


 黄昏ると言えば此の坂の上のコンビニ前なのだが、其れは独りの時に限る。今日は友達が居るので一緒に中のイートインに座った。友達の説ではマンウォッチングは同じ高さでするもの、なのだそうだ。説明させると睥睨との違いを微に入り細にわたり解説しそうだったので、不問に付した。

 席を取っていると、友達がレジ袋を提げながら頬を紅潮させてイートインへ戻って来た。行け、と言うから従って食料を調達しに行った。一寸張ったが生チョコケーキとコーラを手にしてレジへ向かう。


 

 「え?」

 「いらっしゃいませ」

 美少女の彼女がにっこり笑う。

 二度目の遭遇だった。



   d)

 新しい仕事にコンビニの店員。

 結構大転身のような気がする。

 仕事中で話も出来ず事情は何も分からなかったが、若しかして「狙ってきた」のだろうか。だとすると再び美味しい話では合った。

 彼女の名前はネームプレートに拠ると「羽夢」さんだった。

 

 一度目は偶然。二度目も偶然。三度目からは――


美少女には違いない。

友達も認めていた。言説よりむしろ行動で。

ライバルを増やしたくないな、と思って行動している自分は既に恋愛の渦中に居る気がした。


レジ打ちの彼女を眺めに今日も菓子を買って座る。

凄く昔の、古典電子音楽がコンビニに流れている。



恋に落ちることを止められない、何故なら恋は盲目だから。




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