エピローグ

 あの大ケガをしてから9年後のオリンピック。オーストラリアに出発する前日、いぶきに一通の手紙が届いた。

 え? 私に手紙なんて誰からだろう?


 封筒ふうとう差出人さしだしにんの名前は書いてなかったが、かわいいミツバチの絵がかいてある。

 え? まさかだよね。


 まさかとは思いつつも、もしかしてって思って、でもそんなわけないよねって思いながらていねいに開けてみる。


 一枚の手紙と小さなつつみが入っていた。

 ドキドキしながら手紙を開く。


【やあ! いぶき、おひさしぶり!

 オリンピック出場おめでとう!


 金メダル、とれたらいいな。

 全力で応援しているよ。


 何かお守りをあげたくて、僕の靴下をあげようかと思ったんだけど、いぶきには大きすぎるでしょ?

 お守りになりそうなものをさがしてたら、かわいいブレスレットを見つけたんだ。


 もしジャマにならないようなら、ミーヤとハニーを身につけて走ってほしいんだ。きっと彼らがいぶきを守ってくれるから。

 あ、でも試走しそうでつけてみて、ジャマにならないかためしてからね。


 いぶきらしく、思いっきり走っておいで!


 ひがし美衣也みいやより】


 え〜、ウソでしょ?

 東先生? 美衣也みいやだって? それって、本名かな?

 やっぱりミーヤは東先生の分身だったのかな?


 またまた不思議だらけの世界にりた気がしたが、いぶきは目をかがやかせて小さな包みを開いてみた。


 シンプルな茶色い輪っかに、とっても小さなかわいいガラスのミツバチが2匹くっついている。


 なんて素敵な!


 夢? そうだ。夢だ。東先生は夢の中の先生だったはず。実際にはいなかった。だからこれも夢。


 でも夢か現実げんじつかなんてどちらでもいいこと。

 私は東先生とミーヤとハニーから大切な事を教えてもらったんだから。


 🐝


 真っ青な空。ギラギラと輝く太陽の下でオリンピックのマウンテンバイク女子レースが始まった。

 会場はおおぜいの観客かんきゃくであふれかえっている。


 オリンピックのマウンテンバイクで日本人が初めて金メダルをとるかもしれない。

 その瞬間に立ち合いたくて、観客の中には日本人がたくさんいる。


 いぶきの両親もドキドキワクワクして待っている。

 よくここまできた。いぶきの全力を発揮はっきできる事を願う。


 その中には車いすに乗った莉子の姿もある。

 自分の夢はなかばでざされてしまったけれど、いぶきがこの夢の舞台に連れてきてくれた。私もここに来るために頑張れた。ありがとう、と手を合わせる。


 磨矢マヤと父親の姿もある。磨矢はもう高校生だけれど、体は小さいままで、小学生にしか見えない。

 スケボーを片手に、いぶきの舞台ぶたいを見るその目はキラキラとかがやいている。


 ライバルの鈴香は?

 走っている。いぶきと同じ日本代表のウエアを着て、同じ夢の舞台で戦っている。


 今、いぶきはどれだけ多くの人々をワクワクさせているのだろう。

 どれだけ多くの人々に勇気を与えているのだろう。



 最初の大きなジャンプセクションに最初に現れるのは誰か?

 皆の視線しせんがそこに集まっている。


 先頭の誘導ゆうどうバイクが大きな音を立て、すごいスピードでふわりと飛んで走りさる。


 観客たちは息をのむ。


 きた! 選手の姿が現れた! 先頭は誰?


 赤と白のウエア。日本のウエアに身をつつんだ小柄こがらな体がふわりと飛んだ。

 少しハンドルを切り、自転車をひねって技をり出す。


「うおー!」

「いぶきー!」

 地鳴じなりのような振動しんどうが会場をふるわせる。


 彼女の手首で何かが光った。

 太陽の光が反射はんしゃして、ミーヤとハニーがまぶしいかがやきをはなつ。


 その時、いぶきは自分の体に自分ではない何かの命の息吹いぶきを感じた。


 の誕生だ!


 いぶきはミーヤとハニーから、そしていぶきを応援するすべてのものから力をもらっている。

 そしてすべての力を自分の力に変えて、オリンピックという舞台ぶたいで思いっきり躍動やくどうした。


🐝🐝


 完

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🐝 優しくて強い手 風羽 @Fuko-K

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