何ができるかな?

 気持ちの整理は出来なかったけれど、いぶきは前を向いていた。

 東先生とミーヤが教えてくれた大切なことを絶対にムダにしたくないと思った。

 言われた事を忘れないように、一生懸命に思い出しながらそれをノートに書いていった。

 書きながらまた涙があふれてきた。


 私は自分の役割を自分で作っていける。ハニーやミーヤが大きな意志を持って、今いる場所から飛び出したように、私も自分の意志を持って、いつの日かその役割を果たしたい。


 私の出来る事は何? やりたい事は何? 今、出来る事は何?


 こんなふうに、自分で色々と考えた事は今までになかった。

 今まではその時にやりたい事をやりたいようにやるか、監督かんとくに言われた事をそのままやるかだった。

 世界一になりたいとは思っていても、そのために何をしなくちゃとか考えた事もなく、このままレースでどんどん勝っていけば自然に世界一につながると思っていた。


 だけど、こうして入院している間に自分だけが取り残されていってしまうと思う。

 東先生は「こんな痛い目にあったんだから、強くならなきゃね」って言った。


 強くなるためには何かやらなきゃいけない。この一週間、自主トレをやってきて、少しだけ自信を持てるようになった。自転車に乗れないぶん、他の事をしてもっと体をきたえなくちゃと思っている。



 いぶきは車いすに乗ってトレーニングしたいと先生にたのんだ。


 以前テレビでパラリンピックを見た事がある。

 その時は障害者しょうがいしゃスポーツっていう意識はあまりなくて、自転車が車いすに変わっただけっていう感じで見ていた。

 車いすバスケが特に好きだった。あんなふうに車いすをあやつれたら楽しそうだし、自転車にもつながると思えた。


 車いすマラソンとかもスゴイと思って見ていた。

 上り坂を一生懸命にこげば、上半身じょうはんしん心肺機能しんぱいきのうきたえられると思った。

 

 一生懸命に鍛えて、以前よりも強くなって必ず復活ふっかつする! そして世界一になるんだ!

 そう心に決めた。



 そうだ、東先生はこんな事も言っていた。

 マウンテンバイクのレースも、選手がいるだけじゃ大会はできないでしょ、って。

 色んな力を感じて、それを自分の力にできれば、すごく強くなれるんじゃないか、って。


 いつも出場する大会は監督に決められていて、いぶきはそれに出て走るだけだった。自分の事しか考えてなかったし、まわりの事なんて何も見ていなかった。

 ケガをして動けなかった時に助けてくれた人がいた事はおぼえているけれど。

 東先生が言ってたみたいな大会の色んな所を見てみたいと思ったし、自分がいるはずのレースも外から見てみたいと思った。


 それに何よりも、ずっと心にある事。早く鈴香にあやまりたい。


 約1ヶ月半、夏休みの8月いっぱい入院する予定だったけれど、8月の最終週に大会があるからそれをどうしても見に行きたい。



 いぶきはリハビリを頑張り、自主トレも色々と自分で考えて、一生懸命に取り組んだ。

 そして病院の先生に強くお願いして、退院日を少し早めてもらった。

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