靴下のミツバチ
手術してから6日後の事だった。
「いぶきさん。こんにちは。リハビリの
マスクをしているから顔はよく分からないけど、若くてイケメンの先生がやってきた。内藤先生っていうのはいつもリハビリに来てくれる女の先生の事だ。
「ちょっと足をさわらせて下さいね」
いぶきは
「大丈夫だから力を抜いてね」って言われても、力を抜く事は
ましてや、イケメンの男の先生にさわられるなんて、思いきり力が入ってしまう。
「ははは、しかたないな。そんなに力が入っちゃったら
じゃ、まず、足の指の運動をいっしょにやるよ。最初は僕がやる事を見ていて」
先生はそう言って、
いぶきはドキッとした。
「ミ、ミツバチ!」
いぶきが大きな声を出したので先生は驚いた。
「え?」
いぶきの視線を見て笑う。
「あ、この靴下? かわいいだろ? 僕はミツバチが大好きだから、中学生の時にこの靴下を
いぶきの目が点になった。
「え? お、おんなじ。私も誕生日が3月8日。ミ、ミツバチの日?」
「へぇ!
「あの、あの〜。ミツバチ、怖いんです。顔、刺されたし。手術した日の夜もミツバチが現れて怖かった」
いぶきがオドオドとそう言うと、先生は少し考えこんだ。
「ここを刺されたの?」
ほっぺたのばんそうこうを指さして先生が言った。
いぶきはこっくりとうなずいた。
「へぇ! これまた偶然だな。僕と同じ所。ほら、少しあとが残ってるでしょ? ここがツボなのかな?」
先生はそう言って、マスクをずらしてほっぺたの刺されたあとを見せた。
「え? 先生も刺されたのにミツバチが好きなの?」
不思議そうに言ういぶきに向かって先生はほほえんだ。
「ミツバチは僕の命の
「そんなはずないよ。私がケガして弱ってるのにトドメをさすように刺されたし、手術した日の夜も怖かったんだから」
「そっか。怖がらなくて大丈夫だよ。きっと刺したのはハニーで、ミーヤが遊びにいったんだ。僕の百足の靴下の右足はオスでみんなミーヤって名前。左側はメスでみんなハニーっていう名前なんだ。ついにミーヤも靴下から抜け出す事に成功したんだな。こないだの月曜日から火曜日にかけての夜中でしょ? そうそう、あの日の夜中、僕が目をさました時、枕もとに置いてあった靴下の片方が白い
あっ、もしかしたらミーヤはもういぶきの体に巣を作っちゃったかもしれないな。ちょっと調べていいかな?」
そう言って先生はいぶきの手術した足側のズボンをまくった。
「ほら、やっぱり。ここに六角形がきれいに並んだハチの巣があるよ」
手術の
いぶきは「え?」っと言って
「ウソでしょ。そんなのますます怖すぎる……」
いぶきが涙目になっているのを見て先生は笑った。
「ごめん、ごめん。じょうだんだよ」
「こんな話してたら、リハビリができないね。さあ、気をとりなおして、僕の足をよく見て」
こうして、いぶきは足の指を動かす練習を始めた。うまく動かせなかったけど、なんだか楽しかった。病院に入って、初めて楽しいって思えて、笑いも出た。
その日のリハビリが終わりそうなころに先生が言った。
「いぶきは何でケガをしちゃったんだと思う?」
「何でって……
鈴香が前をゆずらなかったから。私の方が勢いがあって……」
そこまで言って、いぶきはハッとした。
おんなじだ。あの時と。そう、手術した日の夜中にカーテンがふわっと動いて何かが入ってきたような気がして。
同じ事を聞かれた。同じように優しい声で。
先生は悲しそうな顔をした。
まだ途中までしか言ってないのにこう言った。
「それは悲しいな」
そして続けた。
「また次の日曜日に来るから。それまで内藤先生のいう事をよく聞いてがんばるんだよ」
「え? 先生がいい。東先生がいい。ミツバチの話もしたい」
すねるいぶきを見て先生は笑った。
「いぶきが願えば、きっとまたミーヤが遊びにきてくれるから、ミーヤとたくさん話をするといいよ」
そう言って東先生は病室から出ていってしまった。
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