フラッシュバック

 リハビリの先生は毎日2回やってきたけれど、寝たきりの日々が続いていた。

 夜はよく眠れない。昼間はいつの間にかウトウトしている。目がさめるたびに、このケガはやっぱり夢ではないのだと悲しくなる。


 そして、何度もあの時のシーンがフラッシュバックしてきた。

 あの時の事を思い出そうとして浮かんでくるんじゃなくて、思い出したくないのに、夢のように同じ体験をしてしまう。


 何回くりかえしても、ジャンプの前で自分が鈴香を抜いてジャンプに向かうラインが見えない。

 練習でもレースでも、むずかしいセクションに入る時は必ず前輪ぜんりんを通すラインが見えて、その通りに進むと必ずうまくクリアーできる。

 鈴香がいなければ、そこにちゃんとラインは見えるのに、鈴香がどかない限りそこにラインは無いのだ。


 見えないラインに突っ込んで、鈴香をはね飛ばし、自分もふっ飛ぶ。

 最悪さいあく


 何度良いラインをさがしても見つからない。

 そしてめんどくさくなる。

 鈴香はあの時あやまった。

 やっぱり突っ込んだ私が悪いんじゃなくて、どかなかった鈴香が悪いんだと無理やり結論けつろん付けた。


 そしてトドメをさすように、ほっぺたを刺したミツバチの事もうらんでいた。

 鏡を見るたびに、そこにはみにくい顔がある。赤くれあがったほっぺた。

 確かめたくもないのに、何度もほっぺたをさわっては悲しくなる。

 何であんな所にミツバチがいるわけ? 何で最悪の状態の私を刺すわけ? 私がミツバチの巣でもこわしたっていうの?


 お願いだから、もうこの事を忘れさせて! いぶきはこのフラッシュバックを心からうらんだ。

 そして心はすさんでいった。


 私はどんどん弱くなっていく。

 こうしている間にも他の人達はどんどん速くうまくなっていく。

 足がなおるかどうかもわからない。

 きっと私は世界チャンピオンなんかになれない。

 そう思うと何もやる気になれない。

 朝、昼、夜と出てくる食事も食べる気がしなかった。


「いぶきさん、食べないとケガもなおりませんよ。どんどん体も弱くなっちゃいますよ」

 看護師さんにそう言われても、好きなものを少し食べるだけで毎回たくさん残した。


 だっておなかもへらないし、食べたくないし、体も痛いから動きたくない。こんな事になるなら、いっその事あの時死んじゃえばよかったと思う。

 そして看護師さんの言う事も、リハビリの先生の言う事も聞かず、いぶきは病院の先生たちを困らせていた。


 それにコロナの感染対策かんせんたいさくで家族や友達との面会さえもできない。


 一度だけ必要な物を母親が届けにきてくれた。その中にスマホも入っていたけれど、誰とも連絡をとりたくないとスマホにあたり、わざとテーブルから落としてこわしてしまった。

 何か衝動的しょうどうてきにそんなひどい事をしてしまった事を、後ですごくくやんだ。


 こんな自分がイヤになる。誰か助けて! でも誰も来ないで! ひとりぼっちの時間を自分自身ではどうする事もできずにいた。

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