柳瀬姉のゲーム

 

 柳瀬杏やなせあんず


 お父さんが銃で撃たれて学校で死んじゃった。

 お兄ちゃんが殺してくれたって運営の人が言ってた。

 悲しくなんてなかった。嬉しさしか込み上げてこなかった。

 わたしはその時、この世界は何をしてもいいんだな、って漠然と思った。


 だからデスゲームは怖くなかった。だってゲームなんだもん。ゲームには罰ゲームがつきもの。周りの人は死んでいくけど、私と妹が生きていればそれでいい。


「柳瀬姉はすっごく才能あるね! あはは、デスゲーム終わったらみんなで遊園地にでも遊びに行こうね」


「うん! ゲームだから怖くないよ。幼馴染さんのお陰で私達のチームが最強だもんね!」


「よし、じゃあ明日も頑張ろう! あっ、寝る前にちゃんと見張り立てて防壁作るんだよ」


 隆史お兄ちゃんの幼馴染のお姉ちゃん。お姉ちゃんは私の理想のお姉ちゃんだった。


 優しくて可愛くて頭が良くて決断力がある。

 変な仮面を被っているけど、お姉ちゃんが被ると可愛く見える。

 私達のリーダーにふさわしい存在。


 私は妹のためにお姉ちゃんしてたけど、お姉ちゃんが本当に出来たらこんな感じなんだな、って漠然と思った。


 同年代よりもませてる。自分で自分の事は理解している。じゃないと、私は、わたしたちは生きてこれなかったから。


「杏ちゃん、無駄に殺しちゃ駄目よ。もっと自分を大切にしなきゃ」


 もう一人のお姉ちゃん、九頭龍玲香さん。

 お兄ちゃんの同級生って言ってたけど、この人は全然駄目。


 デスゲームを始める前から怪我をしていて、足手まといなのに口だけは出してくる。

 対戦相手に妙な情けを出して私達の邪魔をする。

 あんまり好きになれない人。


「玲香さん、傷は大丈夫? あと二回大きなゲームをクリアしたら終わるから頑張りましょう」


 ……おばさん。なんだろう、この人は隣にいると落ち着く。役に立ってないのは同じなのに、命がけで何かを知ろうとしているのがわかる。


 妹の蜜柑みかんはおばさんにべったり。子守をしてくれるから助かっている。


 私は玲香さんを無視してお姉ちゃんと次のゲームの作戦を練る。


「次のゲームはこの校舎全体を使うんだよね?」


 お姉ちゃんは手元にある武器をチェックしながらブツブツ呟いていた。


「……ボウガンに弓矢、ナイフ……なんで今回は銃がないの? ――あっ、杏ちゃん、うん次のゲームは校舎全体で鬼ごっこするんだよ」


「わぁ! 鬼ごっこは得意だから楽しみ!」


「しぃー、これはお姉ちゃんが衛兵とゲームして仕入れた情報だから内緒だからね」


 私は手で口を塞ぐ。今、この世界は全部ゲームで手に入れられる。食べ物も情報も安全も何もかもゲームの結果で内容が変わる。


 大きなゲーム以外に、プレイヤー同士がお互いの了承があればゲームをしていいんだ。


「ふふ、いい子ね。あー、こんな妹ほしかったな……。私の周りの年下は変な子しかいなかったんだもん」


 この時、お姉ちゃんの言葉が過去形だと気がついた。きっともう関係ない人たちなんだろうな。

 お姉ちゃんは私の頭を撫でながら小声で説明を続ける。


 ここは学校の教室。そこに4チームが一緒になっているからだ。

 始めはもっと人数が多かった。ゲームが進むにつれて段々と人が少なくなっていった。


「一番強敵のFチーム。始めは実力を隠していたけど、もうゲームも終盤。アイツラの力量は読めたわ。アイツラは今回鬼になるわ。私たちは逃げる側の人間。で、鬼は人を殺しちゃ駄目なの。殺したらその鬼は処刑される。捕まえたら生きたままセーフティゾーンに連行する」


「へ? 変なの? 鬼ごっこはタッチしたら終わりだよ」


「うーん、『泥棒と警察』っていうゲームに近いかな? 捕まっている人間を助ける事もできるの。最終的に捕まっている人数と人間側が残った人数で勝敗が決まるよ」


「じゃあ鬼と人間の勝負だね!」


「そうよ、負けた方が罰ゲーム。だから今から他のチームに色々仕込んでおくね」


 やっぱりお姉ちゃんはすごい、キラキラしてるもん! 

 私も将来あんな女の人になりたい。憧れちゃう。


「あっ、人間側も鬼を殺しちゃだめよ」

「うん! ……手足を撃って動けなくするもんね」

「絶対殺さないでね。じゃあまたね」


 この世界に情なんて必要ない。優しい人が死んでいく世界。

 だから私も強くなる。お兄ちゃんやお姉ちゃんみたいに何が起きても動じない精神力で戦うんだ。



 ***



 また今回も玲香お姉ちゃんが足を引っ張った。

 真っ先に鬼に捕まった玲香お姉ちゃんを助けるのに苦労した。

 私は見捨てようって提案したけど、お姉ちゃんがそれに反対した。


「もしかしたらひどい目にあってるかもだけど、それはどうでもいい。この流れだと『罪人』を助けないと人間側が不利な状況ね」


「はぁ、本当に足手まといなんだから」


 お姉ちゃんは言葉通りの行動に移した。

 ゲームの強制力により、お姉ちゃんの配下であるチームを率いて『罪人』を助ける。


 私もその中の一人に加わっていた。

 玲香さんは鬼に襲われそうになっていたけど、ギリギリのところで大丈夫だったみたい。

 なんで男の人は女の子を襲うんだろう? お父さんもお母さんじゃない女の人と裸で抱き合っていた。

 気持ち悪いよ。


 自分たちの陣地に駆け足で戻る。お姉ちゃんの様子が少し変だった。ゲームじゃない何かを気にしている感じ。


「…………ここの管理者はあの子……そう、これ以上探るのは難しいね。相澤みたいに馬鹿だったら情報が得られたのにね」


「お姉ちゃん?」


「あっ、なんでもないよ。早く隠れよ!」


 お姉ちゃんは小さな機械で誰かと話していた。……なんだろう?



 ****



 ゲームの途中で警報が鳴った。


『第四回鬼ごっこゲームはここで中断します。現在の集計で結果を判断いたします』


 美術室に隠れていた私達。

 私は初めてお姉ちゃんが動揺している姿を見た。


「え……?」


 次の放送でお姉ちゃんは黙ってしまった。


『――集計結果のあと、生き残りは別のゲームに移行してもらいます。次の放送までしばらくお待ち下さい』


 そして次の放送が流れた時――


「あっ、お兄ちゃんの声だ!! あはは、ゲームマスターなんだ……お兄ちゃんすごいよ! えっと、明日からのデスゲームは今言った名前の人を殺せばいいの? 顔わかんないよ」


「……」


 お姉ちゃんの仮面から見える目が悲しそうだ。

 なんでだろう? お兄ちゃんがゲームマスターなら絶対楽しいゲームだもん。

 だって、お兄ちゃんは私達のヒーローだもん。


「お姉ちゃんはお兄ちゃんの幼馴染だもんね! あ、もしかして恋人だったの?」


 お姉ちゃんは首を縦にも横にも振らなかった。曖昧な微笑を浮かべる。


「あはは……、ずっと同じ学校だったのに全然喋った事なかったんだ。だけどね、話したらすぐに仲良くなれたんだ……。でもね、私はただの『幼馴染』なんだ、それ以上の関係にはなれない」


「ほえ?」


 お姉ちゃんが私を優しく抱きしめてれた?


「妹を大事にしなさいよ。……デスゲームを日常と思っちゃ駄目、人の優しさを信じてみんなで力を合わせて」


 お姉ちゃんが九頭竜さんに近づく。


「玲香さん、私には私の役割があるの。……絶望しないで、前を向いて、私の想いを引き継いで」


「……幼馴染さん? あなた、どうして?」


 座り込んでいたおばさんが立ち上がってお姉ちゃんに近づく。


「あ、あなた……、でも顔が違う。そんなわけない。でも、なんで、あなたから……」


 お姉ちゃんが歯を食いしばっていた。


「私は……勝利者小山内隆史の幼馴染。……おばさんが考えている人とは違う、よ。……あのね、独り言聞いてほしいな。おばさんの娘さんは生活が大変だったけど楽しかったって言っていたよ。前回のデスゲームで死んじゃったけど……、大切な人の胸の中で死ねたんだよ。だから、おばさん、前を向いて強く生きてほしい」


 お姉ちゃんがおばさんに手を伸ばそうとしていたけど、すぐに引っ込めた。


 おばさんはお姉ちゃんを見て号泣していた。


 私には何がなんだかわからない。でもなんだか優しい気持ちになれた。あれ? デスゲームの日常にこんな感情はいらないよね? でも……嫌いじゃない、かも。


 いつの間にか妹が私の手を握っていた。


「杏お姉ちゃん……、怖くなくなった。……お姉ちゃん、もう怖くならないでね」

「え、そ、そんな事……」


 お姉ちゃんの雰囲気も変わった。


「よし、じゃあちょっと行ってくるかな! あの馬鹿に殺されないようにしないとね。うん、じゃあ九頭竜さんあとはよろしくね!」


 その顔に悲壮感は出ていくのか分からなかった。でも、行かなければならないっていう強い意志を感じられる。


 玲香お姉ちゃんが小さく頷く。


「……わたしももう迷わない。……またね」


 そしてお姉ちゃんは教室を出ていった。


 私は何故かポケットの中をまさぐった。

 お兄ちゃんがくれた小さなナイフ。ずっとポケットに入れていたんだ。


 ただの無機質な物なのに、熱く感じられる。

 わたし、なにか間違えていたのかな……。


 一人だと震えてしまう。

 でも私は一人じゃない――


 ポッケに入っている小さなナイフが私の中で大きな存在に感じられた――



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