慟哭


 ――全てを俯瞰しろ。


 俺をかばって幼馴染に殺された大人の言葉。

 眼の前を見るだけでは見えないものが見えてくる。


 初めは何を言っているのか理解できなかった。

 しかし、『俯瞰』というものを意識すると異世界デスゲームの流れが見え始めたんだ。


 眼の前にいる幼馴染の声がぼやけて聞こえる。

 精神が集中している証拠だ。


『隆史、ぼうっとしてるよ? そんなんで大丈夫? 平和ボケしちゃったかな』


 幼馴染は運営側の人間だ。あの頃の幼馴染はもういない。あのデスゲームで死んだんだ。


「ゲームの内容は?」


『今回はこの銃を使うよ。すごくシンプルなゲーム。ロシアンルーレットって知ってるでしょ? 交互に銃を撃つの、好きな回数だけ。確率は六分の一よ。撃ってもらうのは後輩ちゃんにお願いしようかな』

「それは――」


 後輩は『ひぃ……』と小さな悲鳴を上げる。まさか自分が関わるとは思わなかったようだ。

 俺も関わらせるつもりはなかった。


 小さな声が頭の中で響く。

『ゲームの内容承りました。103回学校デスゲームの特別ゲームを開始します』


 ゲームの内容が決定してしまった。

 後輩が撃たない限りこのゲームが終わることはない。

 これは運営のデスゲームだ。ルールを無視したら……、全員死ぬ。


「……」

『あっ、隆史、ちょっと焦ってる? そんな事ないよね〜。隆史は数えきれないほどの人を殺したんだもんね。いまさら後輩ちゃんの命なんてどうでもいいでしょ』


 後輩だけが今にも泣きそうな困った顔をして空を見ていた。


 幼馴染が後輩に近づく。


『はい、使い方は撃鉄をおろして引き金を引くだけ。身体に押し付けて撃つと打ち損じる事はないからね。あなたの判断で回数を決めて撃っていいわよ』


『え? え? せ、せんぱい……、わ。わたし……』


『はぁ、自分だけ違うなんて思わない方がいいわよ。だってね、いまはデスゲームの最中なんだよ? あなた達が配信で見てたデスゲーム。面白かったでしょ?』


『そ、そんな事……』


『お兄ちゃんは元々少年犯罪を犯してこの街に来たんだよね。妹のあなたはとばっちり。お兄ちゃんが死んで悲しむフリをして、可哀想な女の子を演じてたんだもんね』


 俺は幼馴染に冷たく言い放つ。


「無駄口は終わりだ。始めろ」


「せんぱい……、わ、私にはできないよ……。お願い、先輩、幼馴染ちゃんの事思い出してよ」


 違うんだ、もう駄目なんだ。デスゲームからは逃げられない。お前が引き金を引かないと全員死ぬ。

 幼馴染と俺はその事を深く理解している。


 俺は――

 桃子から銃を奪い取って確認をする。

 そして幼馴染に放り投げる。


 幼馴染は機械的に銃をチェックして再び後輩へと手渡す。

 俺は後輩の手に銃をもたせた。






「怖かったら目をつぶれ」


 後輩は泣きそうな顔で頷く。俺と幼馴染は後輩の眼の前に立つ。


「いいか、銃に身体を押し付ける。そして引き金を機械的に引け」


 目をつぶった後輩が頷く。手足は震えていて歯ぎしりがすごい。


「もうここまで来たら戻れないよ。このデスゲームをやり遂げないとどの道運営に殺される。命をかけてでも――」


 幼馴染と俺はあの異世界デスゲームで数々のゲームをクリアしてきた。

 似たようなゲームをした事がある。

 毒に侵された参加者が助かるために、解毒ポーションを引き当てる。


 このゲームは完全に運の要素が強い。

 もちろん、運だけでは生き残れない。様々な要因が重なり合って勝利者となる。


 後輩の息が荒くなる。これから銃で人を殺す。さっきまでの日常が非日常へと変わる。


「どっちを先に撃つの?」


『わ、わたし……、せ、せんぱいを先に……』


『あらそう? 何発? 一発? 二発?』


 後輩は恐る恐る手を広げながら上げる。

 五本の指が開いていた。


『五発です……』

「なら五発撃つんだ」



 *****



 後輩が俺の身体に銃を押し当てる。遠慮のない力は俺の胸を痛めつける――

 そして躊躇なく引き金を引いた。


 一発目――


『パンッ』という乾いた空砲が校舎に鳴り響く。学校という舞台には似つかわしくない音。

 空砲でも反動で俺の胸を打つ。


 いつの間にか後輩の震えが消えていた。後輩は大きく深呼吸をして目を開けた。

 その目には強い意志を感じられる。この目をデスゲームで何度も見た。


 ……もう見たくないんだよ。



 剣桃子。

 初めて会ったのは公園だ。桃子は逃げた犬を探していた。公園で泣いている桃子を見かけた俺は一緒に犬を探そうと提案をした。

 色々な場所を回ったが犬は見つからず、結局公園に戻ったら犬はベンチの下で寝ていたのであった。


 学校で再び桃子と出会い、俺の友達の妹だということもわかり、交流が始まるのであった。



 ――乾いた空砲が再び鳴り響いた。二発目。



 桃子は幼馴染ともすぐに仲良くなった。二人で出かける時もあったし、三人で出かける時もあった。

 俺にとって桃子は妹みたいな存在になったんだ。


『せ、せんぱいって幼馴染ちゃんと付き合ってるんですか? わ、たしじゃ、駄目ですか……?』


『ご、ごめん、桃子の事は妹にしか見えなくて……。で、でも、すごく大切な女の子で――』


『べ、別に気にしてないですよ! うー、いつか妹じゃないって言ってもらえるように頑張ります!』


 俺は、そんな前向きな桃子は嫌いではなかった。



 ――三発目の空砲が鳴る。死の恐怖なんて今更だ。こんな経験を何度したんだ?


 怯えている桃子はもういない。

 大丈夫、俺は後輩を見ても何も感じない。思い出は――捨てたんだ。


『隆史、ざまぁね。あなたはデスゲームから帰ってきて、心配してくれた後輩ちゃんの気持ちを踏みにじったでしょ? そんなんだから裏切られるのよ』


 後輩の兄を殺した。罵倒した後輩を冷たくあしらった。

 相澤のゲームの一部として使って、手紙を破り捨てプライドを傷つけた。


 桃子が舌打ちをして次の引き金を引こうとする。


『だ、だって、これはゲームだから、嫌いな人を殺しても罪にはならない……』


『うん、罪にはならないよ』


 ……確かに罪にはならない。だが、人を殺すということはそれ以上に心がおかしくなるんだ。だれかに罰っされた方が楽に思えるほどに。


 何も感じないと言っただろ?

 この世界はほだされたら負けなんだ。


「――だから引き金を引け」


『う、うるさいよ! 先輩は黙っててよ! いつも私の事を相手しなくて、冷たくて、元に戻ったと思ったのに……、先輩が消えちゃえば楽になるんだもん!! 元の先輩を返してよ! 先輩は偽物なんでしょ! だって全然雰囲気が違うもん! 私が好きだった先輩を返してよ!!!!』


 後輩が叫びながら引き金を引く。





 ――空砲が四度目の空砲が鳴り響く。


 その時、幼馴染の空気が変わった。

 後輩がうろたえていた。


『な、なんで弾が出ないの……?』

『……はぁ、やっぱり運がいい男ね。でも次は駄目よ。『確実』に発射されるよ』


 どうでもいい。幼馴染が言うならばそうなのだろう。

 後輩は普通の女の子だった。

 ……幼馴染とスマホを使って連絡を取るまでは。


 俺はポケットから自分のスマホを取り出して後輩に画面を見せる。


『せ、せんぱい? し、知ってたんですか?』


 俺は無言で答える。

 スマホの画面には後輩と幼馴染とのメッセージのやり取りが映し出されていた。なんてことはない、後輩のスマホのアプリを乗っ取っただけだ。あの日常に隙なんていくらでもあった。



 学校デスゲームが始まってからも、幼馴染は後輩と連絡を取っていた。

 ここに誘導するように指示を出し、俺の動向を幼馴染に教えていた。


 俺は一歩だけ後輩から離れる。


『隆史、ゲームは終わっていないよ。逃げないで』

『ど、どうせこれが最後の一発だもん! お兄ちゃんの仇……、わ、わたしの事馬鹿にした報いだよ!』


 違うんだ、そんな感情ではこの世界で生き残れないんだ。

 俺たちに日常なんて始めから無かったんだ。



 後輩が引き金を引く。

 五発目――



 空砲とは違う轟音が鳴り響く。俺の顔を何かがかすめる。

 それと同時に悲鳴が聞こえた。


「い、やぁ……、いたい、いたいよ。指が痛いよ……目が見えないよ……」


 後輩が右目を抑えてのたうち回っていた。

 大丈夫、何も感じない。俺には、関係ない。



『ぼ、暴発なんてありえないでしょ。隆史、あんたが細工したの。でもこれは学校の運営側が用意した銃で――』


 説明する必要などない。ゲームの全ては相手よりも一歩先に行くことだ。



『勝負はあの空白の二ヶ月から始まっていたんだ』



 後輩が「いたいよ、サクラちゃん、お兄ちゃん、せ、先輩……」と言いながら地面に倒れ込んだ。


 暴発の影響で後輩の手のひらが傷だらけだ。破裂したシリンダーが後輩の目に当たった。

 死ぬほどではない。

 運がいい女だ。死なないんだからな。


 俺は後輩を無視して幼馴染に向き直る。



「六回目はお前の番だ。このゲームは詰みだ」




 ***





 幼馴染はため息を吐いて空を見上げた。何故か歌を歌っていた。その歌を聞くと頭が痛い。何故お前が内海が歌っていた歌を知っている? それは俺と内海との二人だけの曲だ。


 幼馴染のぼやけた輪郭が徐々にはっきりとしてくる。懐かしい声が聞こえてくる。


「あはは、始めから詰みのゲームに勝てるわけ無いよ。全部そっちの都合の良い風に動いてるんだもんね。……でもね、ゲームに負けても勝てるものはあるんだよ!! 隆史、私の声が届いてる? どうしていいかわかんなかったけど、内海さんとの思い出ならきっと――」


 全身から汗が吹き出す。こいつは何をいっているんだ?


「内海さんとの思い出が全部だもんね。隆史に取っては。……でもね、私にとって隆史との思い出が全部だもん。――隆史、遊べて楽しかったよ! だから、隆史も全部思い出して!! 本当の事を――」


 幼馴染が俺に抱きついてきた……。

 敵意は感じなかった。死を決意した者の空気。内海の時と似ている。


 六発目……。思考が強制的にデスゲームに切り替わりそうになる。


 幼馴染の声が俺の邪魔をする。


 さっきまでの幼馴染の声とは違う。俺を愚弄していた口調ではない。激情を俺にぶつける。その声を聞く度に俺の精神がおかしくなる。胸が痛くなる。


「私はもっともっと一緒にいたかったよ! 本当は一緒にデスゲームをクリアしたかったんだ! 内海さんから歌を教わったんだよ! 内海さんのことならわかるんでしょ? 右手が少しだけ震えてるもん。……泣いてるでしょ? 内海さんから聞いた隆史の癖だもんね。本当に弱虫なんだから。ねえ、わたしたちは幼馴染でもなんでもないんだよ!!!」


『内海がいたからあんたを付き合えなかったのよ! ふざけんじゃないわよ! 道連れにしてぶっ殺すわ!』


 違う、幻聴ではない。俺の頭から直接聞こえる声。これは……、幼馴染の言葉じゃない。

 幼馴染の身体が小さく震えていた。何が最強のプレイヤーだ。ただの女の子じゃないか? いや、俺を騙そうとしているだけだ。


 なら、ゲームを続行させて――


「ん、私は、隆史の、げほっ……、幼馴染、役の、サクラ。名前をつけてくれたのは内海さんなんだ」


 俺の見上げている幼馴染の姿がくっきりと見えてきた。見下している瞳じゃない。大切なものを愛おしく見つめている瞳。全身が傷だらけで、血を吐き出していた。

 そんな傷どこにもなかったはずだ。


「おい、なんで傷だらけなんだ? いや、お前は……誰だ?」


「幻聴、幻覚、都合の良い状況、ゲホっ……、知り得ない情報、設定、今までは命令だから私達の意思で暴言を吐いていた。正しい言葉も伝えれない。死んじゃうから。でも、それは私達も本気で隆史とぶつかってなかっただけ。もう私達も逃げない。――だから、私達の想いを感じて!!!!!」


 ロシアンルーレットを提案したのは誰だ? 幼馴染のはずだ。

「やめて、隆史! 私の話を聞いて! 思い出して!」

『ゲーム内容はロシアンルーレットだ。公平に順番に撃つ。そうだな、後輩に撃ってもらおう』


 俺が提案しただと? 


「せんぱい!! こんなゲームしちゃ駄目です……。あっ、サクラちゃん、あそこ、運営からの命令が……」

「はあ、やっぱりゲームしなきゃ隆史と関わらせないつもりね。……仕方ないもん、私達は裏切ったから。ここまで生きられただけでもラッキーだよ。てか、最後の最後で隆史の認識をおかしくさせるってどういうことよ……くそ。なら私達が全力で隆史を正気に取り戻す」

「ど、どうやって?」

「え? 死ぬ気で訴えかける? てか、あんたも私も死にそうだけどね。……華子ちゃん大丈夫かな」

「かろうじて生きてたよ。よしっ! 頑張って呼びかけて見る! 先輩、先輩! 先輩の馬鹿! 先輩!」

「あの耳についている機具が怪しいよね。……どうにか」


『引き金を引け』

 

 身に覚えのない言葉。


 頭が割れるように痛い。

 幼馴染が俺の耳に手を近づける。それは駄目だ、禁忌だ。触った瞬間、俺は死ななければならない。

 死にたくない、俺は内海の仇を取らなければならない。


 こいつを殺そう―――

 自動的に動きそうになる自分の右手を左手で抑える。


 幼馴染は鼻歌であの歌を歌う。

 すごく下手くそだ。

 下手くそ過ぎて胸が苦しくなる……。


 だから、やめてくれ。

 もうやめてくれ……。


 「隆史、私はサクラだよ。幼馴染なんかじゃない。まだ出会って少ししか経ってないよ。……隆史――」


 幼馴染の……いや、サクラという女が俺の耳から何かを取った。

 その瞬間、サクラの腕がボンッという音を立てて弾け飛んでしまった。




 なんでお前はそんな笑顔なんだ? 

 なんで俺の事を好きって言ってくれるんだ?

 なんで、俺は、ここにいるんだ?



「――だ、い、好き……だったよ。隆、史、ば、いばい……、お、も、い出してね」



 全身の血液が沸騰するような熱を感じる。誰かが叫んでいた。

 それは俺自身の慟哭であった――――




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