姫香の朝

 新米魔法少女となった私、姫香の朝は早い。朝の5時に起きて、ベッドの上で軽くストレッチをしてから洗面所へ向かう。


 バチャバチャ


「ぷはあ! うん、すっきり。じゃあ、お弁当を作らなくっちゃね!」


 冷水で顔を洗って頭をすっきりさせる! 私は今からお母さんと自分自身の為にお弁当を作らないといけない。当然火も使うから、頭をすっきりさせておかないと危険なのだ。


「うわあ、ひどい寝ぐせ……。今まではセットも大変だったけど」


 鏡に映った自分は、このままでは外出できないレベルの酷い髪型だった。中学校の校則で整髪剤の使用は出来ないから、普通だったら水とドライヤーを駆使して髪の毛をセットしなくてはならない。けど、今はそんな必要はない。だって、私は魔法少女だから。


「変身!」


 ピカッと体が光ると、一瞬のうちに魔法少女への変身が完了した。それはもう本当に一瞬なので、変身中に隙を見せる事なんて無い。


「でも、ほんと謎だよね。さっきまで着てたパジャマはどこに行ったんだろ?」


 魔法少女に変身すると、先ほどまで来ていた服(下着を含む)がどこかに行って、代わりに魔法少女の衣装を身にまとっているのだ。また、下着も見せパン?に変わっている。変身を解くと変身前の服装に戻っているし、本当魔法っていうのはよく分からないわね。

 まあ、それは今は関係無くって。重要(?)なのは変身と同時に何故か髪型もバッチリセットされるという事だ。先ほどまでの寝ぐせが嘘みたい。


「変身解除。ふう」


 変身を解除すると、元のパジャマを着ている私に戻るのに、髪型はセットされたままになるのだ。なんというご都合主義。まあ、そもそもこの世界は【魔法少女】や【アイドル】の為に存在していると言っても過言では無いし、何かとご都合主義な所があるのだと思う。



 まずは、炊飯器を開けて炊き立てのご飯をお弁当に詰める。

 そして、それを暫く放置して水分を飛ばす。こうしないとお弁当の蓋に水滴が付いて、それが食中毒の原因となり得るって聞いたことがあるからだ。実際の所どうなのかは知らないけど。



 カチャカチャカチャ……


 卵とだし汁(鰹節から取った物)を溶いて……


 ジューー……


 四角形のフライパンの上に流し込む。卵焼きはお弁当の鉄板だよね。

 流石に全てではないけど、それでも半分以上のお弁当に卵焼きを入れている。つまり、私はこれまで幾度となく卵焼きを焼いているのだ。卵焼きに関しては、プロと言っても過言では無いわね。(過言です)



 二人分のお弁当が完成する頃には、もう時刻は5時45分。私はあわてて学校の制服に着替えて、家を飛び出す。幸いダンジョンは家の近くにあるから、小走りで向かえば6時の集合に十分間に合う。


「みんな、おはようー!」


「ヒメちゃん、おっはよ!」

「おはよ」

「おはよ~♪」


「私が最後か、ごめんね、遅くなって」


「大丈夫。ヒメはお母さんにお弁当を作ったりで忙しい。それでも遅刻しないのだから、本当に尊敬する」


「えらいよね~! いいお嫁さんになりそう!」


「もう、変なこと言わないでよー、私はアイドルだから、誰かと結婚はしないよ。それで今日の目標なのだけど、効率がいいレベリング……ではなく練習ができる場所に向かうよ! その名も……」


 塾講師をイメージして、私はびしっと指を前に出してその名前を告げた。


「オイスターバードの岩壁よ!」


「バードは鳥だよね? オイスターってなに?」

「牡蠣の事」

「柿か! 甘くておいしいよね!」

「? 調理法によると思うけど」


「二人の会話がかみ合ってな~い! ハルちゃんのイメージしてるのはフルーツの柿だよね。けど、オイスターの牡蠣はそっちじゃなくて貝の一種よ」


「へえ! そんなのがあるんだー!」


 ハルちゃんは牡蠣の存在を知らなかったみたい。……確かに、柿は昔話とかに登場するけど、牡蠣は登場しないよね。だから、ハルちゃんが知らなかったのも納得かな?


「話がそれちゃった。それで、ヒメ。オイスターバードの岩壁っていうのは何なの?」


「うん。まず、オイスターバードっていうのは魔物の名前。甲羅が羽で出来てて、空を飛ぶことができる牡蠣よ」


「「「?」」」


「うん、まあそういう顔になるよね。こればっかりは実物を見ないと分からないと思う。で、『オイスターバードの岩壁』っていうのは9層にある崖なの。オイスターバードが多数生息してる場所なの」


「9層? 一気に進むね~」

「大丈夫なの?」


「四人の実力を考えると、大丈夫なはず」


「ヒメがそう言うなら安心だね」



 それから30分ほどかけて私たちは9層に到着した。ここで30分ほどレベリングをして、30分で1層に戻る予定だ。


「9層は斜面なんだね。頂上に見えるあれが10層への入り口?」


「そう。さて、10層を目指すならこのまままっすぐ進むのだけど、今回の目的地は別だからね。こっちだよ~」


 道を外れ少し進んだ場所に、オイスターバードの岩壁がある。



「ほら、あそこ。見える? 白くてふさふさした物が岩壁にとまってるのだけど」


「見える! あれは鳥じゃないの?」


「うん。どこからどう見ても鳥に見えるけど、あれは牡蠣なの。取りあえず倒してみよっか。まず、リンちゃんの魔法で、羽を濡らして飛べなくする。すると、怒ったオイスターバードが氷の魔法で攻撃してくるから……」


「私が防御するのね♪」


「そう、その通り! で、ハルと私の火魔法でとどめをさすわ。いくよ!」


……

………


「お疲れ様! いやあ、大漁だったね」


「つ、疲れた……。けど、楽しかった!」


「近くで見ると、確かに貝の形で面白かった」


「今日はなんだか『戦ってる』って感じだったね~!」


「でしょ? だからここは練習に最適なの! さて、ドロップアイテムは……」


・貝殻×53枚

・牡蠣×6匹

・真珠×1個


「これって真珠だよね? キレー!」

「このサイズだと、何円くらいになるんだろ」

「素敵ね~。指輪にしたら可愛いかな?」


「まさか一発で出るとは思ってなかったなあ。まあビギナーズラックって奴ね」


 結構大きめの真珠を手に入れる事が出来た。これを売れば、2万円くらいにはなるんじゃないかな? 四人で分けても一人5000円。お母さんに何か買ってあげようと思う。


「これ、そんなに出ないの?」


「うん。1000匹に一回くらいの確率だから、60匹目で出たのは奇跡に近いわね」


「これだけで一生食っていくのは無理か」


「もう、リンちゃんってば。アイドルになればもっと稼げるからね」


「ん。で、牡蠣は持って帰って食べるとして、この貝殻はどうする?」


「その辺に捨てておけば、数時間でダンジョンに吸収されるよ」


 ドロップアイテムは放置すればダンジョンが吸収する。逆に言うと、急いで拾わないと、拾い損ねる事になるから注意だ。


「今日もありがと! じゃあ、また明日もよろしくね」

「また学校でー!」

「バイバイ」

「みんな気を付けてね~」



 家に帰ってきた私は、お母さんを起こした後、爆速で朝食の準備を整える。そして、仕事に行くお母さんを見送って、私は学校へと向かう。



 これが魔法少女ヒメの朝のルーティーンである。





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