第2話

 スライム娘の丸呑みプレイでトラウマを植え付けられてから三日が経った。最弱モンスターにコテンパンに殺られたという事実は俺のプライドをズタボロに傷つけわけだが、とはいえ俺は最強の勇者である、これしきのことで折れる精神はしていない。そして賢い勇者オレは失敗から学ぶ。前回のようにスライム娘の拘束を許す状態にならないためには、簡単な話こちらが一人でなければいい。スライム娘は自身の全身を使って拘束を行う、そのため片方が行動不能になってももう片方が助けられるパーティならばスライム娘に負けることはまず無い。

 勇者マケルは仲間を募る。明朝より夕刻まで、共に魔王を討ち果たす英傑を募集した。どんな奴が来るのか期待した、だが……。


 「なんで希望者が来ねぇんだよぉぉおッ!!?勇者という極上の優良株があるのにどうして喰い付かねぇ、なんだってんだクソッ!?」


 映えある勇者一行の称号を背負いたがるものは、血気盛んな冒険者の中にて、意外にも誰一人といなかった。勇者と一緒に魔王を倒せることの何が不満なんだ。報酬もそこらのパーティの二倍はあるし三食ついてくるアットホームで光魔法な職場……何がダメなのか全く持って検討がつかない。有給なし残業あり特別手当なし『勇者のために死ねることを誇りに思え』がキャッチコピーのどこまでもホワイトカラーな求人なのにどうして……。


 「勇者様、この落書きいい加減取り払ってもいいですよね?」


 「嫌だね。最低でも希望者が一人現れるまでは絶対に取らない」


 「あっ、じゃあ破きますね」


 受付嬢が話を聞いてくれないのはいつものことなので驚きはしないが、だけどそんなちりめんじゃこみたいになるまで破かなくてもいいと思うんだ。明確な私怨があるよな?今度換金所を大量のスライムゼリーてパンクさせてやるから覚悟しとけ?


 「ほらパーティ募集も終わったことですし、さっさと面接やって帰ってください。あまり希望者を待たせてはいけません」


 「は?希望者なんてどこにいるんだよ」


 「何をおっしゃいますか、あそこの椅子で豚の丸焼きを丸呑みにしている方がいるでしょう」


 受付嬢の指差した先には、なるほど朝からずっとずっと待っていた希望者さんが一人いる。が、俺は何も見えてないふりをして受付嬢に向き直った。あいつはダメだ、前提から崩れてしまう。


 「チェンジで」


 「うちはキャバクラじゃないんですけど」


 「いやいやいやいや無理だって、そもそもどうやって冒険者ギルドに入ったんだよアイツ」


 その時、肩に冷たいものが触れた。湿気の籠もる冒険者ギルドに一日中いた俺にとっては少し心地良く感じるその感触は、しかし俺は知っている、骨の割ける痛み、腱を焼く絶望、純粋無垢で悪魔のような笑顔。ぷるぷるゼリーの……。


 「ユウシャおはよう!月が綺麗です!」


 「ぎゃああぁぁあぐぁだがぁやげぁるぁぁぁぁぁ!!!!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬわボケぇ挨拶ついでに俺のロース肉食うんじゃねぇ馬鹿スライムが!?つか何で此処に居る!!??」


 「ユウシャの踊り食……ゴホン、もとい旅のお仲間になりたくて参上しました!スライム娘です!よろしくお願いします!です!」


 俺が人生で始めて敗北した相手、件のスライム娘。どこから聞きつけたのか募集を張り出してから一分もしない内に現れた彼女は、俺が露骨に無視を決め込んでいるのを見てスライムにしても異常な粘りを見せて現時刻まで居残り続けた。しかしその粘着が報われることはない、何故ならこれはお前を倒すためのパーティだからだ。


 「大将!ユウシャのボンジリと手羽一つ!」


 「勇者に手羽はないしあったとしてもお前にはやらん。そういうのはハーピーに頼みなさい」


 「じゃあ、とりあえずは生で!」


 「だから出さねぇっての!?キンキンに冷えてやがるビールを飲みたいなら酒場にでもいけ!」


 本当にこのスライム何しに来たのだろうか?いや分かりきっている、どうせ俺の肉が目当てなのだろう。スライムは液体に魔力が宿ったものとされている、だから魔力の高い動植物を優先して捕食する傾向にあるのだ。いくら温厚な性格だからといっても相手は魔物、端から本当に仲間になりに来たなんて思ってはいないさ。


 「何度も言うが俺の肉は絶対にやらないからな。お前に足はないが無駄足も良いところだ、暗くならない内にとっとと森に帰りやがれ!」


 「帰るための足がないので、ユウシャの足をください」


 「そろそろ手が出るぞ?」


 にしても今日は厄日だ、メンバーは集まらないわ人の街で魔物に合うわ最悪と言わずしてなんと言おう。このまま魔王討伐も一人だったりしないよな?最低でも後一人……いや、もう二人欲しい。


 「帰れる場所なんてないよ〜?」


 唐突にスライム娘から放たれた一言に、俺は少し思考を停止した。森に帰れない理由があるということだろうか?いやしかしスライムは餌を求めて放浪する魔物、出合ったあの森がダメでも他の森に移動すればいいはず。人間の価値観で言う家がない?いやそれなら『帰れる場所』ではなく『帰る場所』がないと言うだろうか。どういうことだろう。


 「……適当な森林に入ればいいだろ」


 「凶悪な魔物に襲われちゃうのだよ!」


 「いや、お前もその凶悪な魔物だろうが。つーか魔物が魔物を襲うって変な話だな?そういうのって普通にあるのか?」


 「良くわかんないけど森の長に『ユウシャの仲間になってくる』って言ったら殺されかけたのでした!崖から川に落ちなかったら、濃厚な蜂蜜がさっぱりとした口溶けに最高にマッチする【喫茶ほとり】の看板メニュー【熊の森のスライムゼリー】税込み660Gになって税込み120Gのゴブリン豆コーヒーとご一緒に優雅な昼下がりの一時になっていたかも!美味しかった!」


 「えっ、怖、共食いじゃん???」


 というか話を聞く限り俺のせいでスライム娘は森に帰れなくなったのか。……いや、まあそもそもコイツが「敵の仲間になる!」なんてこと言い出さなければ魔物たちから追放されることもなかったんだろうし自業自得ではあるんだが、なんだろう、この胸がムカムカする感じ。


 「へっ、罰が当たったんだ。俺の肉を喰らいたいがために軽率な行動をした結果だな!仲間になれば肉を喰らえると思ったんだろ、ざまぁねぇぜ」


 「骨まで喰らい尽くすつもりでいたよ?心臓は干して三日に分けておやつ!!」


 「おっと、俺のキャパを超える事実が出てきちまったウギャァァァァァ(時間差)」


 「それが四割!4ぱーせんと?」


 残りの60%若しくは96%の理由が怖すぎるんだが、ここまで来たら最後まで聞いてやろう。まあどうせスライム娘、魔物のことだから下らない理由なのだろうけれど。


 「残りはなに?」


 「森だといつも一人だったからユウシャが話しかけてくれて嬉しかった!ありがとう!」


 「……なるほど、だから言葉の節々に慣れない感じが出ていたのか。言葉はお前の想いの結晶だったのだなぁー」


 俺は剣を自分の腹に当てた。もう、いい、止めないでくれ、これしかこの恥を払拭する方法はないんだ。


 「ユウシャなにやってるの〜?」


 「すまないスライム娘、俺は失礼なことを思ってしまった。これは―――その償いだ」


 「い、いや、year!死なないでユウシャ、まだ喋りたいことたくさんあるのに!」


 詠唱開始、スキル『閃光』


 その瞬間、世界は光りに包まれ、そしてギルドを巻き込み俺は爆ぜた。市民曰く、それは爆竹を中に入れたカボチャに良く似ていたらしい。要は、何が言いたいかと言うと……


 「爆発オチなんてサイテー?なのですが!?」


 「棺の中がスライムで覆われぐぼぼぼぼぼぼ…………ぼ……」


 第三部〜完〜

 まだPart2だというツッコミはなしでお願いします。

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スライムに負ける勇者がいるわけ無いだろ????? 坂本尊花 @mikoto5656

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