お針子シンディー

「芽吹きの祭り?」

「はい」


 あの後も色々回って最後にキャロルを『金の麦の穂』に送って、今はジャックさんの家に向かっているところ。

 ジャックさん家までの道は分かると言われたけど、それとは別に不安もあったので一緒に行くことにした。

 や、だってねぇ、こんな綺麗な、しかも精霊様を一人で歩かせるなんてねぇ? 不安しかない。

 そんな道すがら、そういえばイグル様はこれも知らないんじゃなかろうか、と『芽吹きの祭り』のことを話してみた。

 不思議そうに首を傾げるところを見るに、知らないらしい。


「春の訪れをお祝いするお祭りなんです。今は準備期間、なんですが……その準備のためにも人が集まるのでお店が出たりなんだり、もう半分お祭りみたいなもんですね」

「へえ」

「正式な初日は五日後? だったかな? そこから一週間続きます。春の草花や綺麗な飾りで街中が溢れかえって、春が来たなー! って感じですよ!」

「ほえぇー……お祭り……踊るの?」

「もちろん! 祭りに踊りは欠かせません! あの噴水のキュカール広場でも、他の広場でも、たくさん輪が出来ますよ」


 あ、そうだ。


「どんなお祭りでも英雄様達の色、とりわけ青を多く飾るんです。青はクリフォード王の色で、」

「英雄様の青、だよね。キャロルが言ってた」

「そうですそうです。夏には建国祭があって、その時には街中青色で溢れんばかりになるんですけど、芽吹きの祭りにももちろん青は使われます」


 お、ジャックさんのお店が見えてきた。仕立て屋であるジャックさんの家は、表が店、裏が作業場兼住居だ。

 今はまだ開店時間なので、イグル様の手を引いて裏に回る。


「お祭りの時には英雄様達の色を身に付けるんです。やっぱり一番人気は青ですけど、他にも金、銀、赤、みど──」


 ガチャリ、と音を立てて、まだ距離があったジャックさん家の裏戸が開いた。そしてそこから出てきた人と目が合う。


「あ、ハナさん」


 ウェーブした薄茶の髪を後ろで結い、とろんとした水色の瞳を持つ彼女は、シンディー。ジャックさんの所で働くお針子さんだ。


「あ、こんにちはシンディー。ちょうど良かっ──」

「あ?!」

「?!」


 シンディーの目がカッと開いた?!


「あ、あ、」


 わなわなと震え、勢いのままに走り出てきたシンディーは、


「あなたはもしや、ジャックさんの言ってたイグルさんですか?!」


 私の横、イグル様の目の前に立った。


「うん」

「やっぱり! 聞いた通り、いいえ、聞きしに勝るそのお姿! なんて優美! なんて可憐! ジャックさんの言っていた通り! それ以上!」


 胸の前で手を組んで、きゃーっと黄色い声を上げながらぴょんぴょん跳ねるシンディー。

 何がどうした。


「し、シンディー?」

「あっごめんなさい! 私ったらつい」


 シンディーはパタパタとスカートの形を直してから向き直り、にっこりと笑みを作った。


「こんにちはハナさん。それと初めましてイグルさん、私はここ『仕立屋オリヴァー』で働くシンディーと言います」

「よろしく、シンディー」


 イグル様も笑い返す。


「シンディーは今休憩? 私達ちょうど戻ってきたところなんだけど、お店の様子、どう?」

「はい。ちょうどお客様もお帰りになったところだったので、休憩を頂きました。店内には今ジャックさんだけです。──なので」


 シンディーはにこっと笑みを作って、


「イグルさん! さっそく服を仕立てましょう!」


 ガシィッ! と力強くイグル様の手を握った。



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ハナとイグル ~人間に興味があるとかいう精霊様に何故かなつかれてしまったようです~ 山法師 @yama_bou_shi

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