イグラトゥメニスナ

「いやーありがとうございます。お魚とっても美味しいです生き返るぅ」


 焚き火は暖かいし、魚の焼き加減も上手くいったし。


「ほえで、……ぅんっん、ここまで逃げてきたの?」


 私が薪を集めている間に大きくてつやつやした白いシャツを着た精霊様は、何でか一緒に焼き魚を食べている。

 もぐもぐしてる精霊様も絵になるなー。


「そうなんです。道が消えてしまったので高い所を目指してたんですけど」


 多分二日前、私は山菜を目当てに山に入った。そしたら人攫いに遭い、目覚めたらどっかの山小屋。隙を見て脱出……までは良かったんだけど、そこから二日山を彷徨い、ここへたどり着いた。


「ふぅん…………」


 あー首かしげてる精霊様も絵になるわー教会にある女神像みたいだわー。多分。

 しっかし、これからどうしようかなあ。ヴリコードの街までここからどれだけかかるか……。

 そもそもここがどこだかさっぱりだし、精霊様がいる土地ってことは街の近くじゃ絶対ないし……。


「ねえ」

「はい? ぃえ?!」


 また顔近っ!!


「人里まで送るからさ、街までついてってイイ?」

「は」

「だめ?」


 上目遣いの破壊力! 有無を言わさぬこの感じ! だがしかし!


「っ……ありがたいのですが、精霊様にそこまでして頂く訳には……」

「…………だめ?」

「いえ、申し訳ないと言いますか、精霊様はあまり人とは関わらないとも……聞き及んでおります、し……」


 か、悲しそうな顔しないでぇ……耳が、乾いてよりふわふわになってピンと立ってた耳がどんどん下がっていく…………。


「……そう」


 あ、顔が遠くなっ


「そしたら、ずっとこの辺りをぐるぐるする事になるよ?」

「え゛」

「それでもいいの?」


 ずっとぐるぐる? 出られない?


「それは……」


 駄目だ。となると────


「ね?」


 ……ごめんじーちゃん。この状況じゃ、こうするしかなかったんだ。

 決して、麗しい笑顔に負けたわけではないんだ、決して。

 信じて。




「じゃ、一緒に街まで行けるね」

「でも精霊様、本当に良いんですか?街に行くってことは、人に姿を見せるってことだし」


 にっこにこの精霊様のぴこぴこ動く耳も、ふぁっさふぁっさと服の下で動いてるらしき尻尾も、サラサラの白い毛に覆われた脚と蹄も、このままでは……。


「大丈夫だよ。あと、その精霊様ってなに?」

「えっ? ……あ、精霊様のことを精霊様と……ええと」


 精霊様は、私達人と似た、でも人ならざる別格の存在。

 神聖な土地と空気を好み、人と関わらず、自然と共に生き、私達にはない強大な力を扱う崇高な者達。精霊様と言葉を交わせるのは徳のある者、高貴な方々。

 精霊様は自然と一体、私達が容易に近付いてはいけない。


「というようなことを、私達は教わるんです。なので精霊様と」

「ふぅん、君たちをウィルジーって呼んでるようなもんか」


 へえー私達はそんな風に呼ばれてるんだ。

 えっちょっと嬉しくない? 精霊様に種族名つけて貰ってるの。


「でもぼくイグラトゥメニスナって名前だから、精霊様じゃなくてそっちで呼んで?」

「ぇ」


 今、精霊様の名前をお聞きしてしまいましたが?

 しかもそれを? 呼べと?


「イグラトゥメニスナ」

「ぇ、ひえ」

「イグラトゥメニスナ」


 また顔が近付いて……!


「う、い、イグラ、トゥ……?」

「イグルでもいいよ」

「い、イグルさ、ま?」

「んー……」


 お、おお、顔が遠ざかっていく……。


「ん、それでいいや。そんで君は? なんて名前?」

「ハナです」


 あ


「ハナ、……ハナ。いいね、好きな感じ」


 あああ! つられて名乗ってしまった! でも精霊様に名前を口にしてもらえてる! 嬉しい?!


「それじゃハナ、食べ終わったら行こう」


 綺麗に骨と串だけになった魚を後ろへ放って、精霊様は立ち上がる。


「あ、待って下さい。まだ三尾あるんで、食べきっちゃいます」


 持ってけないし。


「……まだ食べるの? 五匹くらい食べてなかった?」

「二日ぶりのご飯なんで! 丁度良いくらいです!」



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