15話 結婚

 おままごとというものはなかなかにハードな遊びだった。気がついたときにはソフィが作ったらしいご飯とかそっちのけでペットを愛でる会が発足されていたのだ。やっぱり俺の尻尾の魅力には誰も抗えないらしいね。


 そんなおままごとも終わり、お嬢のところに行くとそろそろ帰ると伝えられた。マミーとおばばのお話も終わったみたいだし、俺も満足できたから確かに丁度いい時間かもね! 


「ソフィ。そろそろ帰るって」

「え!?もう帰るの!?」


 お嬢から聞いたことをソフィに教えてあげるとソフィは見るからに落ち込んでしまった。それはもうどよ~んとしたオーラが見えるくらいには落ち込んでしまった。

 ん〜これは伯爵家のペットをしてもどうしようもないかな。帰らないわけにも行かないからね。特にソフィは伯爵家のご令嬢なわけだし孤児院にお泊りはねぇ…

 俺がどうしようか頭を悩ませていると少し離れた位置からシスターが歩いて来てソフィに話しかけた。


「ソフィア様。またいつでもいらしてくださいね」


 シスターがソフィにそう言うと、先程まで纏っていたどよ~んとしたオーラはまたたく間に霧散した。そしてソフィは元気に頷いたあとに一緒に遊んでいた子供達一人ひとりお別れの挨拶を始めた。


 なるほど。こういうときは次に期待をもたせればいいのか。流石は数多くの子供を育ててきたシスターだ。貫禄が違うね。


「ルナもいつでも帰ってきていいですからね。ルナがいれば孤児院の雰囲気も何倍も明るくなりますから」


 その上俺にまでこんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、本当に最高な人だよシスターは。


 これはやっぱり結婚するしか…………ん?結婚?………あ!


 そうじゃん!そういえばアーシャが孤児院に来る前にシスターが俺と結婚したがってるって言ってたような気がする!


「シスター!!」

「どうしました?」

「結婚!!」

「え!?ど、どうしてそれを?」


 俺がシスターに結婚と言えば、シスターは超動揺し始めた。

 ふふふ。そんなに俺と結婚したかったなら早く言ってくれればよかったのに。


「結婚式はいつどこでする?シスター!」

「け、結婚式ですか。一応孤児院の中でささやかにあげる予定ですが」

「そっかぁ。いいね〜!」


 もうそんなところまで考えてくれていたとは。流石はシスターだよ!


「あれ?成立するはずのない会話が成立してる…?なんで?……え?まさか本当にシスターアリス結婚を!?」

「そのまさかだよアーシャ。あの娘にもようやく春が来たってことさね」

「シスタービアンカ!?お久しぶりです!」


 ん?おばばの声が聞こえると思ったらアーシャと話してるじゃん。いつの間にこっちに来たんだろう。


「おばばおひさ〜」

「ルナもアーシャも久しぶりさね」

「おばばこの前、次来るときにはもういないかもみたいなこと言ってたのに全然元気じゃん!」

「はっはっは!まだまだあたしゃ現役だよ」


 この前と全く違うこと言ってんじゃん!


 いや、今はおばばのことなんてどうでもいいんだった。今はシスターのことだよ!


「シスターはウエディングドレス着るの?」

「そうですね。私もその、やっぱり憧れはあるので…」

「うんうん。そうだよね〜。シスターのウエディングドレス姿を見るのが楽しみだよ~。私はなに着ればいいのかな?」


 やっぱり白のタキシード?それとも少し気合いを入れて着物とか?着付け方分からないけどどうにかなるのかな?


「ルナも来てくれるのですか?」

「当たり前じゃん!」


 シスターそれどういうボケ?

 俺が参加しなかったら花婿いないじゃん!

 花嫁オンリーの結婚式なんかなんの意味があるんだよ!!


「ルナは普段着でも大丈夫ですよ。本当にささやかにする予定ですからね」

「いや、流石に普段着じゃダメじゃない?私はTPOを弁えるペットだよ?」


 花嫁がウエディングドレスに身を包んで花婿が普段着って花婿場違いすぎるじゃん。

 前代未聞だよ?主役のはずの結婚式で場違いになるなんて。


「シスタービアンカ。何故かずっと会話が成立しちゃってるんですけど、これルーちゃんに真実を教えてあげたほうがいいのでしょうか?」

「ん?ルナは分かってて聞いてるんじゃないのかい?」

「いえ、ルーちゃんは自分とシスターアリスの結婚式の話をしています」

「なんだいそれは…」

「ルーちゃんなので…」


 むむ?何故かおばばから呆れたような憐れむような視線を感じる。なんだなんだ?もしかして嫉妬かー?

 羨ましかろう!シスターはもうちょっとで俺のものになるのだ!!


「あ、ルーちゃんドヤ顔してる…」

「なんというか憐れだねぇ。早めに教えてやったほうがあの子のためかねぇ」

「やっぱりそうですよね」

「よし。じゃあちょっと待ってな。あたしが現実を教えてやるよ。……ほれアリス。ちゃんとルナとアーシャに相手のことも紹介しておきな」


 アーシャと二人でコソコソ話していたおばばがそんなことを言いながら俺とシスターの間に割り込んできた。

 全く、相手のことを紹介もなにもそのお相手は俺だと言うのに何言ってるんだろうね。とうとうおばばもボケちゃったのかな?


「そうでした!ルナはもう知ってるみたいですけどアーシャは知りませんよね。実は結婚することになったのです」


 うんうん。それはアーシャも知ってるよ。だって俺にシスターが俺と結婚したがってるの教えてくれたのアーシャだもん。ほれほれ、愛しの旦那様ルナちゃんの名前を呼びたまえよ!


「それでですね。その相手は二人もよく知っている人でして」


 そりゃあ俺だからね。


「ルナの呼び方で言うと『牛乳の兄ちゃん』です」


 ん?んん?んんん???


 あれ?聞き間違いかな?伯爵家のペットともルナとも聞こえなかった気がするんだけど…

 

「牛乳の兄ちゃん?」

「はい。そうですよ。いつも孤児院に牛乳を届けてくれるカイルさんです」


 カ…イル……?


「ルーちゃん。これが現実だよ…。シスターアリス、おめでとうございます!!」

「ありがとうアーシャ」

「今まではずっとカイルお兄さんからの告白断っていたのに急にどうしたんですか?」

「もう私もあの人も27歳ですからね。この孤児院にきてからずっと想い続けてくれたあの人に身を捧げてもいいかなと思えたのですよ」

「うわ~素敵です!!」


 アーシャとシスターがなにか喋っているけど、ショックを受けた俺の耳には入ってこない。

 牛乳の兄ちゃんとシスターが結婚?俺とじゃなく?なんで、どうしてよシスタぁぁぁ。


「ルナ?どうしましたか?そんなに涙を流して」

「あ~大丈夫ですよシスターアリス。ルーちゃんはシスターアリスの幸せが嬉しくて泣いているだけなので」

「そうでしたか。ルナもありがとうございます」

「ゔん。おめでどう!」


 俺はそんなこと言ってないぃぃぃぃ!!

 でもシスターにあなたの結婚が悲しくて泣いていますなんて言えないし、うわぁぁぁん!

 こうなったらアーシャに泣きつくぅぅぅ。

 

「アーシャぁぁぁ!!」

「うわっと、ルーちゃん。しっかりおめでとう言えて偉かったね。ヨシヨシ」


 アーシャが優しく頭を撫でてくれる。

 うぅ…シスターは取られちゃったけど、俺にはまだアーシャがいるもん。

 全然悲しくなんて…悲しくなんて…うぅ…


「アーシャは私のお嫁さんだからね!」

「はいはい。今はそれでいいよ」


 それから数分間、俺はアーシャの胸の中で泣き続けるのだった。







新しい登場人物

ビアンカ(おばば)65歳 人族

ルナの育った孤児院の院長。

12年前にシスターアリスが来るまでは一人で孤児院を切り盛りしていた。

最近は頻繁に子供達やシスターアリスに反応しにくいブラックジョークを言っているらしい。





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伯爵家のペット〜ルナの輝かしき毎日〜 シグ @shigu100

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