第32話 その勇者、結末

『うううああああうう・・・』

『・・・おおおうううううおおおお・・・』


 伊勢神宮正宮 皇大神宮こうたいじんぐうの正殿からむせびび泣く女と男の声が聞こえてくる。


 『神断領域かんだちりょういき』で天上界と地上界から切り離された俺の結界内。今ここにいるのは俺と天照大神あまてらすおおみかみの2人をだけとなった。


 俺は正殿のきざはしを前にして、俺は声をかけた。


「最早ここには貴女と俺しかいません。もう、やめにしませんか。自らをお責になるのは。

 あれは確かに悲しくて不幸な出来事ではありましたが、全てが人の行いの結果。責任は人間自身が負うべきであって、貴女が傷つくべきではないのです。」


『ううう・・・妾の赤子せきしが傷ついておる・・・ほら、助けてたも・・・』

『おおお・・・我が民が殺されてゆく・・・この怨みはらさでおくものか・・・』


 正殿から、幼子の亡骸なきがらを抱いた天照が血の涙を流しながら出てきた。だが、天照の姿はその心のように乱れて、男神の姿とぶれて重なり、一定の姿を保てなくなっている・・・美しい女神の姿は天照の和御魂にぎみたま。そして恐ろしい形相の男神は天照の荒御魂あらみたま

 どちらも天照の、いや神の2面性を体現するものであったが、今やどちらの御魂みたまくらい狂気と怨念に凝り固まって天照の神性を保てなくなっているのだ。


「貴女の嘆きと苦しみは、人の子らに委ねましょう。

 子は傷つきながらも倒れては独りで立ち上がるものなのですから。日ノ本の民は、貴女の揺りかごから独り立ちする日が来たのです。」


 それでも天照は、太平洋戦争で失った日本人の痛みと苦しみを俺の魂に投げつけてくる・・・


「くっ・・・・・・。

 天照大神よ、日ノ本の最高神の座から降りて、ただの大日孁貴神おおひるめのむちのかみだった頃に戻って暫し因果の彼方てお眠りなさい・・・幾億千の時は貴方に取って一瞬の微睡まどろみに過ぎないのですから・・・。昇らぬ太陽がないように、神性を取り戻した貴女は必ずこの地に戻って来られるでしょう。

 その時までに、人の子らと共により良き人の世を築いておきましょう。」


 俺は俺の神力を分けて、失われた三種の神器を再生させて、古の日の巫女に贈った・・・


 大日孁貴神おおひるめのむちのかみは光の三種の神器を抱きとると、清涼な光となり次元の彼方に消えていった・・・


 こうして最も尊かった太陽の姫巫女は、心の傷を癒すために無限の次元の彼方に旅立っていった。俺はいつの日かの彼女の再生を心に願った。


□□□


 『神断領域かんだちりょういき』を解除する。

 一瞬で伊勢の深い緑の匂いが俺の胸を満たした。


「帰ってきましたか。」


 静謐せいひつなな伊勢神宮の神域に、伊邪那岐命いざなぎのみことが現れた。

 赤坂東宮御所で話したのが遠い昔のように思える。


「はい。全てカタをつけました。」


「では、残った家族で娘の死をいたませてもらいましょう。」


 その父神の言葉とともに、三貴子みはしらのうずのみこの弟神二柱を初めとした天照の血縁の神々が伊勢神宮正宮 皇大神宮に集まり、天照大神の死を悼んだ。


 俺は最も尊い神々の一族に一礼して、伊勢神宮を離れた。俺も家族の元へ・・・


◇◇◇


 その後、世界は大混乱に陥った。


 権力中枢を失ったC国は、小粒な権力者が雨後の筍のように現れてきたが、結局国をまとめることが出来ず、民主化勢力の台頭もあって、国は分裂内乱状態となった。


 それに加えて、九十九里沖の爆発とC国中枢を文字通り消失させた2つの爆発に関して米国政府は、在日米軍やIAEAなどの国際機関を通して軍事的政治的恫喝を日本政府に突きつけ、戦後最悪の日米関係にまで冷え込んでいる。


 一方、混乱の極みにある極東アジアの情勢に対して、EUと英国はいち早く日本支持を表明しある種の均衡状態を作り出していた。


 そんなある日、俺は赤坂東宮御所に呼ばれた。


◇◇◇


「わざわざ呼び出してしまって済まなかったね。」


 伊邪那岐命いざなぎのみこと、いや今は『赤坂のご老人』が穏やかにいった。


「いえ。俺としても後始末のイロイロを押し付けてしまった、そのお詫びも言えておりませんでしたから。」


 そう、現在の極東アジアのこの緊張状態は、皆是みなこれ俺が原因だった。


 米国の言いがかり ― 正鵠せいこくを射たものであったのだが ― に対して、伏魔師や公安対魔室に対して政界や日本政府から物凄い圧力があったのだが、『赤坂のご老人』が影で動いてくれたおかげて事なきを得ていた・・・今のところは。


「しかし、腑に落ちないのですが、どうして俺のことが政府にバレたんですかね?」


 ご老人は苦笑いしながら話した。


「C国の飼い犬だった議員の誰かが、飼い主が居なくなったことにあわてて、君のことを米国に売って保身に走ったようですね。まったく呆れてものが言えません。」


「ああ、なるほど・・・」


 事件当時の黄金戦士スーパーサ○ヤ人状態の俺だったら、世界の森羅万象は思っただけで知ることができたのだが、いかんせん四六時中金色に光っている訳にもいかずに困っていたところ、『赤坂のご老人』が学園長役行者を連れて現れて、俺の力を制限することで発光現象を収めてくれた。

 あの時は本当にありがたくて、思わず伊邪那岐教に入信しようかと考えたほどだったんだ。


「ところで、今日はね、君に合わせたいお方がいたので、わざわざ遠いところ来て頂いたのですよ。どうやら、そのお方がいらっしたようです。」


 そう言ってご老人はソファーから立ち上がって、ドアの方を向かれた。

 俺もご老人に合わせて立ち上がると・・・ドアを開けて現れたのは、この日本の人界で最も尊いお方が、テレビでよく見る穏やかな笑顔で入室していらっしゃった・・・


「君が天霧あまぎり ユキト君ですね。お話は『お役目』様から伺いました。」


 そう言って至尊のお方は俺と握手をして、席を勧めてくれた。


 柄にもなく緊張して座っていると


「本日は、改めてお礼を直接申したくてこの場を用意して頂きました。

 皇家の、いえ、この日本国の総氏神様である天照大神あまてらすおおみかみをお救いいただきまして、本当にありがたいと思います。ありがとう。」


 このお方の誠意が伝わってくる。


「いえ、とんでもありません。おれ、いえ、私こそ三種の神器を消滅させて、申し訳ございませんでした。」


 至尊のお方は穏やかな笑でお答えになった。


「『お役目』様から伺いました。神器は天照大神とともにお隠れになったと。それならば、遠い未来に再びご来光された時、きっとまたお持ちになられることでしょう。

 いつの日にかまた国民の皆様の元に帰って来るのならば、それでよろしいのです。」



 ほんの短い一時であったが、至尊のお方とお話しできたことは、得がたいできごとであった。


 去り際に


「もう一度、この度のこと国民の皆様に代わってお礼いたします。

 人の身で神避かむさりを行うことは、さぞ身に余るお辛いことだったかと察します。

 ですが、貴方は貴方にしか成し得ないことを成されたのです。

 どうか、その事を誇りに思ってください。」


 そう言い残して、あ帰りになられた。


「あのお方が、ご自身で何かをおやりになりたいと行動なさるのは、とても珍しいことなのですよ。」


 最後に『赤坂のご老人』はそう言って俺を見送ってくれた。


 見上げれば、季節は澄み切った空が木々の紅葉をさそう季節になっていた。


 もう少しで、俺が転生先の世界から戻って1年となる。


 孤独だった俺にも沢山の仲間ができた。あっちの世界での仲間たちにも誇れる仲間だ。


 みんな、まだまだ再会するのは先になるだろうが、俺の事を見ていて欲しい。お前たちが誇れる俺であるから・・・



第1章 伏魔の学園入学編 了 ――


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この物語は一旦ここで筆を置かせていただきます。


 当初10万字で完結を目指して書き始めた物語ですが、10万字を少し超え何とかまとめることが出来ました。


 今後は不定期で第2章 欧州魔術師編やSSを投稿したいと思います。


 ここまでど愛読いただ、ありがとうございます。

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異世界転生勇者の帰還 〜 元勇者の力で妖怪怪異や荒ぶる神様までブッ倒して、学園序列トップへのし上がったっけど、ロリエルフな妹が俺のイチャモテライフを邪魔する件 ろにい @ronny

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