第31話 その勇者、決着


 伊勢神宮の神域に、狂った御祭神の狂気と神と崇められるほど恐れられた怨霊の怨念が渦巻き、緑深い伊勢の草木を枯らしていく。


神断領域かんだちりょういき』展開!


 俺は天照の神域を丸ごと常世とこよ現世うつしよの狭間の次元で隔絶し、天照の狂気の干渉を現実の世界から断ち切った!


『ぎぃゃゃゃゃやややあああ―――!』


 天照の絶叫に3柱の大怨霊が動いた!


 俺は俺の存在を3つに分けて、大怨霊を迎え撃つ!3つともが俺自身であり、また3つ合をわせて俺でもある。


・・・


わっぱ!よくぞここまで参った!うぬが魂、喰らわせて貰おうぞ!』


 首だけだった平将門たいらのまさかどが、首から下に怨念の炎で幽体を作り出し、天叢雲剣あめのむらくものつるぎいや草薙剣くさなぎのつるぎを手に斬りかかって来た。


 俺は『黒丸』を両手にかまえて、正門まさかどと切り結んだ!


□□□


 狩衣かりぎぬ烏帽子えぼし姿の菅原道真すがわらのみちざねは、血で真っ赤に染まった目をカッと見開くと、両手に持った神鏡を天にかざした。


 八頭花崎八葉やたはなさきやはの形は八咫鏡やたのかがみか!


 道真みちざねはどろりと下半身か溶けだすと、そのヘドロのような穢れた物質の中から炎と雷を放つ火雷大神ほのいかづちのおおかみと周囲に災いと毒疫を撒き散らす行疫神ぎょうえきしんが現れ、襲いかかってくる!


「俺の結界内で式神・召喚術式は使えない。つまり、あれらは道真みちざねの同位体ということか、なんと因果な!」


 右手にもつ『光の聖剣』をギュっと握り直した。


□□□


 ボサボサの髪に薄汚い髭を伸ばし、目だけが異様にギョロっとした異彩の男がこちらを睨んでいる。

 元々の色も分からなくなるくらいに汚れたボロを纏っている。


『ブツブツブツブツ、ブツブツブツブツ・・・』


 狂気に犯された崇徳天皇すとくてのうは、ただの荒紐あらひもにつるした、大きな血色にどす黒い炎を燃やす八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを俺に突きつけると、大きな奇声を発して飛びかかってきた!


『きぎゃややあああ!』


 その足さばきは正しく『瞬歩』!真っ直ぐに向かってくるのだが、上半身が前後左右に揺れて人間の動きではない!


 俺は日本号を両手に構えて、崇徳天皇の胸に向けて空気を切り裂きながら鋭く突きを入れた。


 だが、崇徳天皇は軟体動物の動きで、俺の突きをかわし、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを握った拳を伸ばして俺に殴りかかった!


 俺は気持ち悪い軌道で向かってくる拳を日本号ので払い上げ、クルット体を反した勢いのまま、白銀の穂先で崇徳天皇の胴体を払った。


 だが、手にゴムのような感触を残して、崇徳天皇は後退して間合いを取った・・・


「人の形にどうしても惑わされてしまうか・・・」


 俺は、両目を瞑って日本号の感覚に全神経を集中した。


□□□


 火雷大神ほのいかづちのおおかみ行疫神ぎょうえきしんは俺の両脇に転移して、炎と雷の槍と毒と災厄の瘴気を投げつけてきた!


『流水』


 俺は同時に火雷大神ほのいかづちのおおかみ行疫神ぎょうえきしんを斬った!

 だが、道真みちざねの同位体を切り裂いた黄金の斬撃が俺に逆襲してくる!


『止水』


 全ての攻撃を受け止める勇者剣技の奥義、『止水』!

 左右同時に反射された光速の斬撃を受け流した!


『風花絶影』


 瞬歩を更に鍛え高めた勇者の奥義、『風花絶影』!敵の全周から襲いかかる!


 俺は道真みちざねの全周囲から8本の斬撃を道真みちざねに叩き込んだ!


『怨』


 道真みちざねが呪言を唱えると八咫鏡やたのかがみくらくひかり、俺の斬撃を尽く反射した!


『転移』


 俺は道真の周囲から跳んで後方に間合いを取り直した。


『・・・足りん、足りんぞ!その程度では八咫鏡やたのかがみは敗れはせぬ!』


 毒を撒き散らしながら道真は吐き出すようにそう言った。


□□□


 何の工夫もなくただ草薙剣くさなぎのつるぎを力任せに振り回す将門まさかど


 大上段から振り下ろされた草薙剣くさなぎのつるぎを黒丸で受け止めようとした時、草薙剣くさなぎのつるぎが黒丸の刀身をすり抜けた!


『!』


 黒丸が声にならない悲鳴を上げた!


 俺は未完成の勇者の肉体に、神力を纏うことで全盛期の勇者を超える反射を得ている!


 将門のただ力のみで振り下ろされた草薙剣くさなぎのつるぎを五分の見切りでかわした。


「大丈夫か?黒丸!」


 異世界でどんな邪剣や魔王ヴェネビントの魔剣ラグナロク、邪神バルデルスの魔剣ヴァルプルギスさえ受けきった黒丸が、初めて声にならない悲鳴をあげた!


「安徳天皇と共に壇ノ浦のくらく深い海に沈んたなぎが、平家の怨念を喰らって叢雲むらくもへと化身したか。

 雲と海の循環。その本質は水!オロチとなって大地を穿った厄災も水ならば、今の草薙の見た目に囚われるのは愚かだな。」


シュン!


 俺は黒丸を1度振り抜き、黒丸と共に気合いを入れ直した!


「草薙の本質が水ならば、地獄の豪炎でその怨念の循環を断ち切ってやる!」


極黒業炎ごくこくごうえん


 黒丸に断神の神力を込める。


 黒丸は黒い豪炎を刀身に纏った!


 俺はヤマタノオロチに生贄にされかけた奇稲田姫クシナダヒメが、オロチの鎮魂のために踊った舞をなぞって剣舞を舞った!


『気が触れたか!わっぱ!オロチに喰われろ!』


 極黒の業炎は触れたもの全てを焼き尽くすまで燃え続ける!たとえ天叢雲剣あめのむらくものつるぎであったとしても、草薙剣くさなぎのつるぎであったとしても!


 そして、将門まさかどの怨念さえも!


神舞天命しんぶてんめい


 ヤマタノオロチの鎮魂の舞は、大怨霊平将門の鎮魂の舞となった。


「もう十分だ、将門。お前の怨念は地獄の豪炎が焼き尽くした。この世界の因果律から、お前を解放する!さらば!」


 平将門の生首と体を形どった思念体を、将門の存在の全てを極黒の業炎が飲み込んだ。


 黒い豪炎がおさまったあとには、将門だったものも、天叢雲剣あめのむらくものつるぎだったものも跡形もなく消え去っていた。


□□□


 菅原道真すがわらのみちざねは自らの怨念を言霊に乗せて八咫鏡やたのかがみを縛っているのか・・・


 八咫鏡やたのかがみは元々天照の岩戸隠れの際に神々の手によって天照を象って作られた神鏡だ。


 本来天照は『光華明彩にして六合の内に照り徹れる』と讃えられた光の神。


 その化身たる八咫鏡やたのかがみの今の姿はどうか!太陽の輝きの1片も見ることが出来ない!

 それはこの世の一切を拒絶した彼女の暗黒の心の写し・・・だからその写身うつしみたる八咫鏡やたのかがみも一切を拒絶するのか!


 鏡は女性の心!


道真みちざね!もうこれ以上天照の心に毒詛を吐くな!これ以上彼女の心を縛るのはやめろ!」


『何を言う。主上がそれを望んでおられる!全てを拒絶し呪うことを!天界と地上界の破滅を!どうだ、主上の絶望のくらさが理解出来たか!』


「理解などしてたままるか!いいか道真。女性はな、心弱く傷つきやすいために鏡を見なけりゃならないんだ。鏡をみて自分の顔に問いかけるんだ。まだ自分は笑えるか?どんな顔で笑えるか?辛くはないか?まだやれるのか?

 知恵の神『天神』と呼ばれる男のなら理解しろ!女の心の癒し方を!ついでに自分の心の癒し方もだ!」


 光の剣で火雷大神ほのいかづちのおおかみ行疫神ぎょうえきしんを指し示しながら道真にいった。


「こんな禍々しい神霊を体に飼ってるから、自分の気持ちも昇華できないんだ!いつまでも、自分の弱い心にすがるな!」


萬華福音ばんかふくいん


 俺は『光の聖剣』の聖剣技【グローリー ライト】と【サンクチュアリ】に、傷つき頑なに閉じこもっている魂に精一杯の癒しとし祝福の想いをこめた神力を注ぎ『萬華福音ばんかふくいん』を発動した。


 『光の聖剣』から放たれた神の癒しと祝福の黄金の光が、福音となって菅原道真すがわらのみちざねに呪い縛られた火雷大神ほのいかづちのおおかみ行疫神ぎょうえきしんを解放し、光の粒子に変えていった。


『おおおぉぉ、麿の呪いが・・・』


 聖剣の光の祝福を浴びた八咫鏡やたのかがみが、叢雲むらくもから陽の光がさすように本来の輝きを取り戻し、癒しの祝福を拒絶するのではなく、本来の天照の慈愛の心を込めて周囲に慈愛の祝福の聖光を放った・・・


『おお・・・主上よ・・・お許し頂けるのですか・・・感謝申し上げ・・・』


 大怨霊菅原道真すがわらのみちざねは、最後に感謝の言葉とともに、八咫鏡やたのかがみを連れて光となってこの世の因果から解き放たれていった。


 最後の感謝を捧げられた相手は、天照だったのか、自分を重用してくれた宇多天皇へだったのかは、俺には分からなかった。それはきっと道真本人だけが分かっていれば良いことなのだ・・・


□□□


 平将門、菅原道真と因果の理から解き放たれて行ったが、崇徳天皇だけはその怨念の炎に身を燃やされ続けている。


 正直彼を力ずくで消滅させるしか方法が思いつかない。だが、それでは崇徳天皇の怨念は、形を変えて日本に留まり続けてしまうだろう・・・


 その時、隔絶された俺の結界内にそよ風がおこり、薄紫色の藤の花が舞った・・・


『瀬を早み岩にせかるる滝川の

 われても末にあはむとぞ思ふ

 われても末にあはむとぞ思ふ・・・』


 有り得ないことが起きた時、人はそれを奇跡とよぶ・・・


 藤の花が舞い立つ中に、ぬばたまの長い黒髪に、十二単じゅうにひとえを纏ったたおやかな女人にょにんが立っていた。


「上様。いえ、我が背の大君。お迎えに上がりました。」


『・・・皇嘉門院か・・・』


 狂気に血涙を流し続ける崇徳天皇の瞳に、一瞬の理性の光が灯る・・・


「我が背の大君。もはや浮世のことは、一炊の夢。全ては時の流れに洗い流しましょう。」


『・・・だが・・・中宮よ・・・』


新大神あらたおおみかみかしこみみ申し上げまする。我が背の大君と妾を、因果の彼方へ解き放ってたもれ・・・」


 そう言って中宮 藤原聖子は、そっと俺に向かって手を合わせた。


「貴女の想い、受け取りました。いざ、逝かれよ。」


 俺は中宮 藤原聖子の想いと人を愛し慈しむ暖かな心の温もりを日本号に注ぎ込んで、白銀の光で崇徳天皇と中宮 藤原聖子の2人を包んであげた。


 中宮 藤原聖子の想いに涙する霧姫の想いも添えて・・・


『・・・われても末にあはむとぞ思ふ・・・』


 俺の耳には崇徳天皇を想い続けた藤原聖子の歌が、残り続けた・・・1人の女性の愛が、この奇跡を起こしたのか・・・



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