第2話 その勇者、一級妖魔と闘う

本日、2話投稿します。

どうかそちらもお楽しみください。

それでは、以下本編


―――――――――――――――――


 小さな鎮守ちんじゆの森の参道さんだうをしばらく進むと、そこには拝殿はいでん前の小さな広場があって、その端に今は強烈な気を放つちたかしの大木が鎮座ちんざしている。


「お兄ちゃん、あの木・・・」


「ああ、あの大きな樫の木は元々この神社の御神木ごしんぼくで、俺たち近所の子供はよくあの木に登って遊んだものさ。俺にとってもあの木は、大好きな遊び場だったんだ。

 でも、俺が小4の冬に雷が落ちて折れてしまった・・・」


「お兄ちゃん・・・」


 黒丸を握りしめた右手が、怒りに震えた!


「そんな俺の大事な思い出をけがしやがって!」


 折れた樫の太い幹には、びっしりと暗黒物質と異形の怪物が張り付いてうごめいており、俺の大切な友達が陵辱りょうじょくされてるのを見るようで、怒りが沸点ふってんに達した。


「少年よ!熱くなるな。君はその女の子を無事に守らなきゃならんのだろ!」


 そう言って俺達の前にはち切れるばかりの筋肉を黒いスーツに押し込めた大男と、同じく黒いスーツを着込み、長髪を後ろで束ねた細身で小柄の男が立ちはだかった。


 おいおい、この二人どっからどうやって現れた?


 しかし、そんな疑念などお構い無しに大男が鋭く命じた。


「トウジ!」


「ハク!タマ!でて、怨敵おんてきめっせよ!」


 小柄の男が胸から札を取り出し、命じながら化け物におおわれた樫の幹に投げ付けた。


 すると2枚の札は煙と共に尻尾が2本の化け猫2匹に変わり、敵を鋭く威嚇いかくすると口や手足から炎を放ち、クルクル回転して火車かしゃ変化へんげした。


 化け猫が変化した燃える車輪の怪物火車かしゃは、暗黒の化け物共におおわれた幹の周りを回転しながら飛び回り、化け物共をその炎ですすに変えて行った。


「やったのです!」

「いや、それわざとだろ?!」


 義妹ちゃんがフラグをおっ立てたが、樫の幹にまとわりついた化け物はほとんどすすになって始末されていた。


「ふうー」


 トウジと呼ばれた男が息を抜くと、大男が一喝いっかつした!


おろか者!気を抜くな!幹の中の妖気を感じろ!妖魔ようま本体が出現するぞ!」


 大男は何処から取り出したのか、両手に金剛杵こんごうしょをにぎって、御神木ごしんぼくの成れの果てに向けて構えを取った。


「来る!のです。」


 義妹ちゃんが鋭く注意すると、御神木の幹が大きくぜ、木片を散弾のように周囲にはじけ飛ばした。


 爆発の一番近くに居た火車かしゃ達は、素早く後方に飛んでのがれようししたが、ダメージを受けたのか変化へんげが解けて化け猫の姿に戻り地面に着地した。

 しかし、その内三毛猫の化け猫は腹に大きな木片が刺さって負傷し、札に戻ってしまった。


 残った白い化け猫の方は、素早くあるじの元に戻って再び威嚇いかくし始めた。


 俺は左手で展開して自分と義妹ちゃんを守った魔力防壁シールドを解除すると、バラバラと魔力防壁で受け止められていた木片が足下に落ちた。


 大男はと言うと、ただその分厚い肉鎧にくよろいで木片の散弾さんだんを受け止めて、小男をもかばったようだ。・・・デタラメな筋肉だ・・・


「トウジ、援護しろ。」


 大男は静かに小男に命じた。じっと御神木から目を離さずに。


 爆ぜ散った御神木の根元から、暗黒物質が大きくふくれ上がって、強烈な威圧を発する一体の禍々まがまがしい化け物に変化した。


 その禍々まがまがしい化け物は、身のたけ3メートルも有る巨大な鬼で、頭には4本の角を生やしていた。

 そしてその巨体には、身体中に数百、数千の目玉がある2匹の巨大なムカデを漆黒しっこくの巨体に巻き付けている。


「なんて事だ・・・壱級妖魔いっきゅうようま 黑闇天こくあんてん顕現けんげんするなんて・・・

 いや、違う!黑闇天が堕天だてんし鬼と化したか!」


「トウジ、雷遁らいとん!」


 大男と小男が金剛杵を暗黒の鬼の足元に素早く投げつけ、鬼の足元に6本突き立てた。


「「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」」


 二人は素早く呪文を唱えながら、九字を切った。


ゴロゴロドガーン


 二人が九字を切ると、黑闇天の足元に六芒星ろくぼうせいの魔法陣があらわれ、短い雷鳴と共に雷が落ちた。


 だが、雷に打たれても暗黒鬼はノーダメージで、爆散した御神木から一直線に飛び出し大男に向かって巨岩の様な拳を振り下ろした!


ドォーン!


 重機がぶつかる様な音を立てて、黑闇天の打ち下ろした拳を、大男は金剛杵を握り締めた拳で迎え撃った。


 しかし、黑闇天の振り下ろした拳が止められた瞬間、暗黒の鬼に巻き付いていた百目ムカデが黒い煙となって消え去った。


「ぐぁーっ!」

ミギャァァァー!


 鬼から消えたムカデの化け物は、瞬時にトウジと白い化け猫に巻き付いて、トウジと化け猫の身体にその毒牙を突き刺した。


「くっ!」


 だがムカデの化け物に巻き付かれ身動きを縛られてもトウジは、己の持っていた金剛杵こんごうしょを手首の捻りだけで投擲し、暗黒鬼の右目に突き立てた!


ガッグアー!


 そしてすかさす片手だけで印を切り、目に突き刺さった独鈷杵に小さな雷撃を落とした。


ゴロダァーン!

グガガァァァー!


 一矢を報いたトウジであったが、黑闇天が悲鳴を上げたその時、その報復とばかりにトウジと化け猫は百目ムカデによって身体をバラバラにされてしまった。


 同僚が惨殺されてさえ黒服の大男は黑闇天から目を離さず、逆に渾身を込めた地を這うような右回し蹴りで、右拳を振り下ろして踏ん張っていた暗黒鬼の左足を払って黑闇童子を引っくり返した!


怨敵退散おんてきたいさん!」


 大男は無様に仰向けにひっくり返った黑闇天の脳天に向かって、金剛杵を輝かせながら突き立てようと左手を振り下ろす。


 ・・・だがしかし、大男の金剛杵は黑闇天の額に届くことはなかった。


 大男の左手が渾身の力で振り下ろされたその時、大男の左腕と右足は二匹の百目ムカデに絡め取られ・・・瞬時に切断されてしまった。


 ・・・それでも悲鳴一つ挙げなかった大男は、見事な武人だ!


「しょ、少年よ!女児を連れてく逃げよ!」


 黒服の大男の必死の叫びは、人間に対して冷たい感情しか持ってなかった俺の心に響いた。


「・・・・・・・・俺がに飛ばされてから、俺をかばってくれる大人は一人も居なかった。誰一人として!な。」


 黒丸の柄頭つかがしらに軽く左手を添えて続けた。


「なのに、この人達は、見知らぬ俺達の為に、大事な自らの命をかけてまで守ってくれようとした・・・スズネ、下がって!」


『流水』


 空中で大男の手と足を齧っていた百目ムカデが、頭から尻尾まで真っ二つになり煤となって消えた。


「お兄ちゃんの必殺技、『流水』なのです!

 複数の敵の間を、時が凍ったように瞬時も置かず移動し敵を残らず切り伏せる!

 どんなに距離が有ろうと、如何に敵が多く居ようとも、その技の時間は・・・ぜろ

 勇者たるお兄ちゃんが鍛え上げた、正に勇者に相応しい必殺の剣技なのです。」


 黒丸がムカデの化け物の喜んでいるのが伝わってくる。


ウガアァァァ――!


 身を起こした黑闇天が、拳を振り上げ怒り狂って突進してきた。


「それじゃあ、遅いんだよ!」


 今度は奴に最大の侮辱を込めて、流水すら使わずただ軽く踏み込んで、黑闇天の胴体を二回輪切りにした。空気を切るように軽やかに・・・


 暗黒の鬼は、自分が何をされたのかも分からずに煤と成って消え失せた。


 すると、今まで鷹洲神社を覆っていた不快な力場が消え去り、遠くに街の喧騒が戻って来た。


「・・・感謝・・・する・・・しょうn・・・」


 大男は仇の最後を見届けて、一言俺に礼を述べて境内の石畳に伏した。


 あちらの世界で、余りにも多くの死を見て来た俺に、この男達に流す涙は出てこなかった・・・


シャ―ン、シャ――ン!


 すると拝殿の奥から、涼やかな鈴の音が響き渡り、拝殿の襖から一人の童子わらしが現れた。



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