6.二人で、二度寝

 ポツポツと雨音。屋根に当たる雨は、そう強くはない。

 隣からは、誰かの寝息が聞こえる。

 身体を起こしてから毛布の下にいる少女を見て、そういえば、と隣の彼女がいたことを思い出した。


「あ、おやぶん。起きたんだ……おはよぉ。調子は、大丈夫か?」


 どうにも起こしてしまったらしい。けれども、不快がることなく、むしろ微睡みながらも優しい声色を返してくる。

 問題ないことを伝えれば、彼女は胸をなで下ろす。


「大丈夫か……そっかぁ、よかった。でも、無理は厳禁だからな。雨も降ってるみたいだし、流石のおやぶんも今日はお休み……だよな?」


 首肯すれば「うん、ならよし」と納得したご様子。


「とりあえず、親分が回復するまで面倒は見たいし、少なくとも雨が止むまではいさせて貰うぜ、いいよな?」


 こちらが雨の中追い出すこともないことも分かっているのだろう。

 分かっていることを聞くのはなぜか。

 たぶん、こちらの言葉を待っているのだ。

 こちらの言葉を聞いて、許可を得て、受け入れて貰って、安心したいからかもしれない。


「あの、さ……おやぶんがさ、認めてくれなくても……おれ、これから何度でも押しかけるから」


 だから、彼女の口から出た宣言は、今まで以上に勇気を振り絞ったものに聞こえた。

 言葉を待っていれば、彼女は語る。


「実を言うと、初めはおやぶんのこと、ちょっと怖かったんだぜ。そりゃあ、助けてくれた恩人っていうのは分かってる。でもさ、森に一人でわざわざ住んでるんだから、どんな偏屈な野郎だって、勝手にビビってた。でもさ、こうして一緒にいて……アンタも、おれとおんなじ人間なんだって分かった。一人が寂しくて、怖いものがあって、それでも生きてる、普通の人」


 だから、と彼女は言葉を続ける。


「そんなおやぶんの側にいさせて欲しいんだ……だめ、かな?」


 たぶん、彼女が語る前から、それこそ昨夜の時点で返答は決まっていた。

 それでも、彼女の

 今更、ここでいいのかと謙遜してやることはない。彼女はもう、十二分に語ってくれた。むしろ、語られすぎたくらいだ。

 だから返事は端的に、わかりやすく。

 彼女が側にいてもいいのだと、構わないのだと、今日から自分が『おやぶん』だと。

 ……つまりは、そう答えた。


「……いて、いいのか? 本当に、いいのか? 嘘でした、なんて言っても聞いてやらないからな?」


 自分から頼んでおいて、信じられないことだととばかりに彼女は言葉を重ねてくる。

「へへ」と鼻頭をこすってから、彼女はぐい、と距離を詰めてきた。


「なら、改めて……今日からよろしくな、おやぶん。それじゃあ……さっそく一緒に二度寝しようぜ。二度寝ってやつ、一回してみたかったんだ」


 元から、何をする予定でもない。

 何をしても、しなくたっていいのだ。そしてするのなら、誰かが喜ぶことをしたい。

 それになにより、『子分』の最初の頼みなら、嫌ということはできない。

 二人で改めて、布団で横になる。

 焚き火のときのように、肩を並べて。狭いけど嫌とは感じていなかった。


「……おれさ、アンタに見つけてもらうまで、あそこであのまま死んでもいいかなって、思ってたんだ」


 いきなり少女から、耳を疑うような言葉が出てきた。しかし誤魔化すように、彼女は続ける。


「いや、今は思ってないからな。ただ、アンタに見つけて貰うまでは、ここで終わりかなーって、ここで一人で死ぬのかなーって……そう思ってただけだよ。ほら、あそこ、結構過ごしやすい場所だったから……ってのは冗談だけどさ」


 言葉の途中で、ひとつ、少女は息を吐く。胸に溜まっていたようなものを押し出すような音に聞こえた。


「あの頃は、死んでも構わないって思ってた。でも今はもう、死んでもいいなんて思ってない。むしろ死にたくないよ。一人で死ぬのが、怖い。死にたくないよ。だからさ、おやぶん。頑張って長生きしてくれよ」


 軽い口調で結ばれるその言葉は、紛れもない本心なのだろう。

 答える前に、やがて、彼女の寝息が聞こえてくる。


 きっと、少女の願いのすべてを叶えることは難しい。年の差は一回りも離れていて、彼女は看取られる側ではなく、こちらを看取る側になるだろう。

 それでも。

 生きている限り、彼女を一人にしないことくらいはできるのだ。それが例え、恐怖からの逃避にすぎないとしても。

 あるいは逃避の果てまで一緒にいてやるのも、それはそれで悪くはないように思える。


 そんな未来を描きながら、彼女と二人で隣り合い、いつしか眠りについていた。

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おしかけ子分と、山暮らし 大宮コウ @hane007

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