第7話 僕たちの夏

 21時、光士郎と岬にとっての長岡花火が終わりを告げる。

「はあ……最高だった……本当に生きててよかった」

「明日も見たいくらいだね……でも、帰らなくちゃね」

 蒼佑は実家で大切な用事があるそうで、明日の夜には埼玉に戻らなければいけない。今日の夜が終わったら明日には蒼佑と、長岡の街とお別れだ。

「そういえば、俺……3人でこうやって過ごせたからかな、決まってなかった進路とか……この先のこと、方向性固まったかも」

 岬がぽつり、ぽつりと話を始める。

「俺、専門学校出て、就職で東京に出ようかなって思った、新潟でアクセサリーとか作る専門学校に行って、アクセサリー作りのプロになるんだ!……それに『女』になるなら、いっそ……たくさんの人がいる東京で就職の方がいいのかなって」

「おっ、いいね!僕も大学卒業したら関東に戻るつもりだから、その時は一緒に何かできたら嬉しいな!」

 そして、光士郎もどこか安心した顔をし、自分がどうするか2人に話を始めた。

「……俺は、蒼佑さんにはちらっと話したけど、まだ岬に話したことなかったよな、高校卒業したら東京に出るつもりでいること」

「初めて聞いた、てっきり新潟に残るものだと」

「岬とだいたい同じ理由だよ、いろんな人、世の中、いろんな考え方や価値観に触れた上で……俺たちみたいに性別のあり方で悩んだりする人を支えていきたいんだ、だから東京に出る」

 光士郎はどこか恥ずかしげに、でも楽しそうに、自分の進みたい道について語っていた。


「岬くん、光士郎くん、本当にありがとう……君たちに出会えてよかった」

 蒼佑はとても嬉しそうな顔をしている。何故かわからないけど岬と光士郎もつられて照れながら笑う。

「岬くんも、光士郎くんも、僕も……険しい道かもしれないけれど、絶対夢は叶うから、何かあったら……僕でよければこうして、頼ってね?」

「はい!」



++



 たくさん食べて、たくさん喋って、たくさん遊んで、この時間がずっと続けばいいのにと思ってしまうくらい、幸せな時を過ごした。やがて、夜は明け、朝が来た。

「岬くん、光士郎くん、忘れ物はない?」

「俺は大丈夫です!光士郎は?スマホ持った?」

「あ、ちょっと待って!忘れ物確認してくる!……スマホ!」

 相変わらずどたばたと忙しなく動く光士郎。それを笑って車の中から見守る蒼佑と岬。スマホを取ってきた光士郎も車に乗り込み、直江津行きの電車に間に合わせるため、長岡駅へと向かう。

「次来る時は、岬とも一緒にアルパカ……見に行きたいな」

「アルパカ牧場……ふふっ、蒼佑さんから話は聞いてるよ、思いっきり唾かけられたんだって?さすが、光士郎らしいね」

 この談笑ももうすぐ終わってしまう。大切な時間は……過ぎるのが早い。けれど、どこか寂しさはなかった。


 長岡駅。先に発車する新幹線に乗る蒼佑とは、ここでお別れだ。

「光士郎くん、岬くん……元気でね、何かあったらすぐメッセージ飛ばしてくれたら、絶対駆けつけるから」

「蒼佑さんも、お元気で……また一緒にいろいろ、作りたいです」

「本当にありがとうございました、蒼佑さん、呼んでくれて本当に嬉しかった」

「次は岬くんも連れて、長岡でも、どこでも行こう……それじゃ、僕はお先に!また絶対会おう!」

 東京方面へ向かう新幹線に乗る蒼佑を新幹線の改札口で見送り、光士郎と岬は糸魚川を目指す。……そのはずだった。岬のこの一言までは。


「ねえ、光士郎」

「ん?帰りたくないのか?」

「……俺、谷浜の海に行きたい、というか今から谷浜行って泳ご!はい決めた!」

 岬の勢いに光士郎は思わず飲んでいたお茶を吹き出した。なんなら気管支に入りげほごほと咳をしてしまうまで。

「みさ……き……俺も、岬も、水着とか、ないし……だいたいお前、それでいいのか」

「最後のケジメに、思いっきり泳ぎたいんだ……それに糸魚川だと知り合い絶対いるでしょ」

「それは確かにそうだけども」

「あと水着とかはね、俺は……いつものセット持ってきたし、光士郎のは、ほら!来る前に光士郎の家寄って、お母さんからいつもの一式借りてきた」

 岬は光士郎の水着やタオル、着替えなどなどの入ったバッグを見せびらかす。

「寄ったんかい!!母さんから何も聞いてないぞ!?」

「そりゃ、ね、この荷物の正体はそういうこと」

 してやったりと満面の笑みを浮かべる岬。光士郎はもう逆らえない。そんな話とともに直江津行きの電車が発車した。



++



「しかしいい天気なのに、誰も電車乗ってないね」

 そもそも新潟県というところは車社会。こんな長距離移動、なかなか電車でしようと思う人はいない。

「逆側の、長岡に行く電車はものすごい人だけどなー」

「なんだかさ、俺たちの貸切みたいだね、この電車」

 山を抜け、茨目駅を過ぎたあたりから、柏崎の街並みが広がる。柏崎駅を出発し、次の鯨波駅に着く頃には車窓から海が見えてきて、長岡から糸魚川に帰ってきているんだなと実感する。そのうち岬は眠ってしまったので、光士郎はそっとイヤホンをし、最近知ってすぐに大好きになった曲「青と夏」を聴く。

 ……今年の夏は、自分たちは、こんな風にキラキラ輝いているのかな、なんて考えながら車窓に映る海や町並みを眺めていた。


「次は、直江津、直江津、終点です、お乗り換えのお客様は……」

 時は早いもので、気がついたら乗り換えの直江津駅に着いたと知らせる車内アナウンスが流れる。

「岬、次の電車すぐ来るし、乗り換えしてささっと乗っちゃおう」

「うん、糸魚川方面だからこっちでいいんだよね」

 糸魚川方面に向かう日本海ひすいラインに乗り換え、向かうは糸魚川……ではなく途中の谷浜駅。岬は何やらスマホで谷浜駅周辺について調べているようだ。

「いろいろあるんだねえ、改めてだけど」

「隣の名立に行けば温泉もあるしな、帰りに……って男湯はさすがに嫌か」

「ちょっと男湯はね……確か谷浜、海の家に無料のシャワーはあったはず」

 がたんごとん、と電車に揺られ、すぐに谷浜駅へと着く。そこから歩いてすぐの海水浴場に向かう。

「よーし、今日はたくさん泳ぐぞ!光士郎、早く着替えよ!」

 海水浴場に着いた途端、子供のようにはしゃぐ岬。まだこの時間だと人はまだいないので、すぐに更衣室に向かい、水着に着替える。岬はパーカーのチャックを閉め、光士郎も日焼け防止のためにラッシュガードを着る。

「さすがにこの時間だと誰もいないな、こうやって泳ぎに来るのも久しぶりだし」

「去年糸魚川の海に行ったきりだっけ、波の音……気持ちいいね」

「さて、泳ぎますか!」


 潮風も波の音も気持ちいい。太陽も燦々と輝いている。誰もいない海水浴場で、水飛沫とともに楽しそうにはしゃぐ岬の姿は……告白したあの日の岬のようだった。

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