第8話 トミ丸君の地下城

 僕の不安をよそにクロ丸が尻尾を立てながら空き地の中へ入っていく。


「本当にここなの?」


 僕も一応ついて行く。


 クロ丸が何かをがりがりと爪で掻いている。行ってみると大きい古井戸みたいだ。ぽつんと空き地の真ん中あたりに佇んでいる。


 それに近寄ったら意味不なものを見つけて「え、なんで」と声を出してしまった。


(だって表札とインターホンがついていたから)


 クロ丸から「早く押せ」のニャーがきた。


「わかったよ、押すよ。押せばいいんだろ」


 おそるおそる呼び出しボタンを押す。緊張する。


 ピンポーン。


 弾むような明るい音がした。


 緊張のまましばらく待っているとインターフォン越しに「はい、どちら様ですか?」という品のある女の人の声がした。おそらくはトミ丸君のママうえだ。てっきりトミ丸君本人が出るとばかり思い込んでいた僕は、どうしようもないくらいしどろもどろになってしまった。


「……あの、僕は……、その……、ネコが……」


「あら、ひょっとしてトミ丸のおともだち?」


「……そう、かもしれません」


 だってまだ、そうですとは言えないわけで。


「どうぞ、お入りになって」


 優しいその声を合図に、まずはクロ丸が古井戸のなかに飛び込んだ。


「え、そこに入るの?」


 一度のぞき込んでみると滑り台みたいになっている。おそるおそる井戸の中へ。


「わっ」


 足が滑った。そのままズザアアアと、結構長めに滑って、ぽんっとまたどこかの地面のうえに飛び出た。着地に失敗して、ダサく倒れ込んでしまった。クロ丸が余裕の顔で僕を見下ろしている。ズボンのお尻のとこが若干熱い。 


(まさか地下におうちがあるなんて……)


 顔を上げて起きあがった僕は一瞬我が目を疑った。


 そこには高々と五重の戦国風なお城がそびえて立っていたのです。


 屋根の端部である破風が星形で独特だ。金鯱の変わりに北斗七星がぴかぴかしている。沢山の松明たいまつがこの暗い地下をラスベガスみたいに明るくしていた。


 まずは手前のお堀にかかった橋を渡る。お堀の水からは湯気がでている。説明書きの立て看板があってそこにはこのお堀の温泉でその昔、この地下城に敵が攻めてきたときに思わず敵がお湯につかって休んでしまって、油断した隙に撃退できたと書いてある。本当だろうか。


 クロ丸は隠れ門のようなところの前まで案内してくれた。あらためて堀のなかから屹立きつりつする高石垣、その上に築かれた天守を見上げる。


(こんなに立派なお城が、地下にあるなんて……)


 重く厳かな音をたてて門が開いた。そこにはお綺麗なママ上が立っていて「寒かったでしょう、さあ中にお入りになって」と優しくほほえんでくれた。普段着で着物じゃなかったことが少し意外だった。


「は、はい失礼つかまつります」


 べつにつかまつる必要はなかったけどそう言ってしまった。とにかくこの手のシチュエーションに慣れていないのです。促されるままに中へ入るとそこはちゃんと電気の力で明るくまばゆいばかりだった。

 ママ上は自動閂で門をロックすると、城の奥の方へ向かって大きな声で呼びかけた。


「トミ丸~、ちゃーんと閉めたわよー。もう大丈夫だから早くいらっしゃーい、おともだちが待っているわよー」


 その声の向かう先に僕も視線を向けて待った。


 するとすぐにトミ丸君とおぼしき少年のはつらつとした声が奥から返って来た。


「わかったー、すぐ行くよー、ママ上ー」


 かなり奥の方にいるみたいだ。僕はその方向を見たままでじっと立っていた。


 奥からだんだん何かかが近づいてきた。すごい早い。というか床の上を早馬で駆けてきた。よく見るとその馬はロボだ。鞍上にはトミ丸君。ちょんまげではなくてふつうの髪型だ。ロボ馬だけど手綱は引いている。


 こちらまでたどり着くと急停止して飛び降り僕の前に体操選手みたいに着地して立った。バイオ鎧の半袖と半ズボン姿だ。戦国の鎧の性質を備えた植物をゲノム編集でつくってその素材で作ったんだとママ上が解説してくれた。トミ丸君はほっぺを赤くして、にっこりして言った。


「ね、ママ上、ボクの言った通りになったろ」


「本当ね、本当にトミ丸のおともだちが訪ねてきてくれたわね」


 二人のやりとりに僕はあいまいにうなずいてみたりする。


「ママ上ったらぜんぜん信じてくれないんだよ」とトミ丸君は僕に十年来みたいに気さくに言った。


 僕は「ほー」と「へー」の間の表情を作った。ママ上が助け船をくれた。


「さあ、そんなことより、ごあいさつでしょ」


「あ、いけね」と頭をかくトミ丸君。「はじめまして!ボクが三池トミ丸。小学五年生。よろしく」

 手が差し出された。僕は戸惑った。


 トミ丸君はそのままで「どうしたの?人見知り?そういえばクロ丸が初めてウチに来たときにもそこでじっとしてたっけ。クロ丸は戦国時代の忍びネコの血筋でここに忍びで来たけどいついちゃったんだ。鍵しっぽでどんなロックも解除でるんだ」と言った。


 クロ丸が僕の足にすり寄ってきて握手を催促するように鳴いた。なにか言わなきゃと思った


「……は、はじめまして。僕の名前は黒須です。小学五年生。よろしく……」


「下の名前は?」


「かずゆき」


「じゃあ、かず君でいい?」


「うん」


 握手した。トミ丸君はとてもうれしそうだった。あまりに腕を上下させてきて僕の肩がはずれるかと思った。ママ上もほほえんでいる。


「地下城の中を案内するよ、かず君」


 トミ丸君はそう言うとロボ馬を天馬モードにして背中部分をラクダ仕様に変えてくれて二人乗りした。城の中は巨大ショッピングモールみたいに吹き抜け構造なのでこれで飛び回って移動するんだそうだ。忍びネコのクロ丸も飛び乗ってきた。


「じゃあ、出発するよ」


「うん」


 空中武者走りルートを選択した。家の中に選択できるほどルートがあるなんてすごい。


 こちらに手を振るママ上。僕らは天馬に乗ってふわりと浮き城内を散策した。ちなみに地下は学区外なんだそうだ。


 その昔、戦国の乱れた世がいやで地下深くに城をつくって平和に治めた地下大名がいたんだそうでトミ丸君はその末裔なんだとか。地下に入ってからは見ることのできない星を思い天文学を極めた大名らしい。だから家紋は渾天儀のマークだ。移動しながらそんなことを教えてくれた。


 見学したのは、地底人との友好録の、地下農業研究の間、戦国フードデリバリー事務所の間、ひとり茶会&ひとり歌詠み&ひとりカラオケの間など多岐にわたっている。


「ここは生体認証がいる」とトミ丸君が教えてくれた間。なんとそこは徳川埋蔵金を一時的に預かってAIが運用している間なんだとか。もはやなにからつっこまれるかわかったうえで存在している間だ。すごい。


「あ、ここはなんの間なの?」


 わりと広くてがらんとした感じの部屋があって僕は尋ねた。


「あ、ここはね体育の間だよ。地下は運動不足になりがちだし、ボクは学校に行かないから体育の授業課程をここでやるんだ。文武両道が地下武士道だからね」


「え、そんな部屋まであるの、すごいや」


 これくらい広ければ野球だってできそうだ。


 乗っている天馬が大きく傾いて、高度を上げた。


「こんどはもっと上のボクの間へ行こう」


 ビューン。


 小天馬から中天馬そして大天馬へとシフトチェンジしながら上の階へ。クロ丸もテンションあがっている。


 そして『トミ丸の間』へ着いた。


「さあ入ってよ、かず君」


 自動襖がざっと開いた。トミ丸君はまるでマジックを成功させたマジシャンみたいに僕を招き入れた。


「最初に乗った畳が勝手に動いてくれるから」


「え、そうなの、じゃあ、これ」


 僕はマイ畳を決め乗った。すると畳は部屋の中をゆっくりと遊覧してくれた。もっと物であふれているかとおもったけど意外にもシンプルなレイアウトだ。ただ気になる物が一つ。どうみても部屋にあるべきじゃないもので、僕がそれをまじまじと見ていると説明してくれた。


「あ、それね、それはスマート井戸だよ。井戸はそのむかし吉凶や運勢を占ったりしたんだ。先祖はこれをのぞきこんで天体観測もしてたんだ。それをDXしてできたのがこれ。地上で児童が縛られている検索制限もかからない井戸ネットでなんでもしらべられる。そもそも井戸というのは戦国時代から城の最重要機密とされていたんだ」


「検索が可能なんて僕らの夢だよ。だってずっと大人たちから禁じられてるんだもん。地下って最高だね」


 僕らは戦国ソファに対座した。戦国ソファは戦国武将たちのいろんな軍議の時の姿勢になれるソファ。とても雰囲気でる。


 いろいろ案内して少し疲れたのかそこでふっとトミ丸君は気の抜けたような顔になりこう言った。


「ホントのとこ、クロ丸がどんな人を連れてくるのかすごく不安だったんだ。でもかず君でよかったよ」


「それは僕も同じだよ」


 それからメッセージの内容で気になっていたことを尋ねてみた。


「トミ丸君、家の外にでられないっていうのはどういうことなの?」


「ああ、そのことね」


「いいづらいことならいいんだ」


「ちゃんと話すよ」


「学校はどうしてるの?」


「学校には行ってない、ボクにはそれ以前の問題があるから……」 


「そうなんだね……」


 もっと何か言えたらよかった。足りない物があるなら補いたかった。


「ねえ、かず君、笑わないで聞いてくれるかい?」


「うん、笑わない」


 僕が真剣にうなずくと、トミ丸君はおそるおそるという感じに話し始めてくれた。

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