第9話 トミ丸君の悩み

「実はボク……、城の外に出るのがすごく怖いんだ……。今までいろいろ試したけど治ることはなかった。だからボクは映像でしか地上を見たことがない。一度も地上に行ってないからいままでトモダチもいなかったんだ」と、とぎれそうな声だった。


「地上の何か具体的な原因があるの?」


「何が怖いのかはわからない、ただ怖いんだ……。いや、ホントはボク知ってるんだ籠城症候群ろうじょうしょうこうぐんなんだ。これは先祖代々受け継がれた恐怖心で、戦国生命科学によってゲノム編集されて遺伝子に組み込まれているんだよ」


「いったいなんでそんなことを……」


「二度と子孫が地上で戦乱に巻き込まれることがないようにするためさ」 


「そんな……、でももう時代が」


「そうだけど、ボクにはどうすることもできないんだ。いろいろ努力はしたけど……」


 そこまで言ってトミ丸君は情けないよとうなだれた。


 僕は自分のことを話さなくちゃだという気持ちになった。だからこう言った。


「僕もトミ丸君と同じだよ」


「え⁇同じ?」


「うん、僕も学校にはほとんど行っていない。友達もいない。遺伝子操作された出自に悩んでいる……。共通点が多いんだ。」


「じゃあボクとかず君はいっしょなんだね」


「うん、いっしょ。トミ丸君の気持ちすごくよくわかるよ」


「ほんと?ほんとに?」


 トミ丸君の顔が明るくなった。僕は「うん」と、うなずいた。僕も気持ちが軽くなった。


 気が楽になって一気に話題も変わった。


「そういえばさ、かず君は学校に行かないときはいつもなにしてるの?」


「僕はいつも公園でナックルボールの練習をしてるんだ」


「ナックルボール⁉それってあの遅くてへんてこな落ちかたをするあのボール?」


「そうだよ。そのナックルボールの予測不能なとこがすごく好きで、コーチといつも練習してるんだ」


「え?コーチ?コーチがいるの⁇」


 トミ丸君が驚くのも無理はない。説明しないとだ。


「コーチとは言ってもアヒルだけどね。公園のアヒルがいつも僕のピッチング練習につきあってくれるんだ」


「へぇ、アヒルのコーチかぁ。いいなー。ボクもいつか、かず君と仲良しのアヒルに会いたいなぁ」


 トミ丸君はそう言いながら天井よりも上を見上げた。地上を思っているんだろうと思ってたらそのさらに上のことを考えていたみたい。


「そうだ、かず君、星好きでしょ?クロ丸にもリクエストしてたから、きっと星が好きなはず」


「うん、星好きだよ。落ち込んじゃった時なんかによく星を眺めたりするよ」


「それじゃあさっそくいっしょに星を観察しよう」


「え、どうやって?」


「これを使うんだよ」とトミ丸君は例のスマート井戸を指さす。 


「わ、わかった」


 二人で井戸の中をのぞき込んだ。するとどうだろう満天の星空を見上げている体験ができたのです。


 下をのぞき込んでるのに星が見上げられるなんてすごく逆説的だし、そのせいもあって夜空の星がより神秘的に見える。


「かず君はどの星が好きなの?」 


「ええと、どの星も好きだけど、やっぱり全天で一番輝いているシリウスかな」


「シリウスかぁ。ボクもシリウス好きだよ。でもボクにはもっと好きな星があるんだ」


 トミ丸君がいったん井戸から顔を上げて僕も上げた。


「え、どんな星?」


 そしたらトミ丸君は「ジャジャーン」と井戸の中に手を入れて一つの星のサンプルをつかんで引き上げ僕に見せてくれた。 


「発表します。ボクが一番気に入っているこの星の名は『ミラ』です。かず君は知ってる?」


「ううん、知らない」


「教えてあげるね。ラテン語で『不思議なもの』を意味するミラという星は冬の南天に見える“くじら座”の星なんだ。なんといってもミラは周期的に明るさが変わる変光星なんだよ。その名の通り不思議な星ってわけ」


 トミ丸君の手の中のミラはまるで心臓が脈打つみたいにその明るさを変えた。 


(不思議な星かぁ……)


 僕はじっとそれを見つめながら、今日が不思議なことの連続だったことを思い出した。アヒルが大声で鳴いたり、目の前が真っ暗になったり、超魔球を投げちゃったり、公園のオブジェが増えていたり……、そしてそれから今こうやってトミ丸君と星の話をしていることもそれまでの僕には信じられないくらい不思議なこと。もしも一人の人間が人生の中で遭遇できる不思議な出来事の数が決まっているんだとしたら僕にはもう何も起こらないかもしれない。そんな心配をしてしまうくらいに今日は盛りだくさんだった。


(あ、そうだもう一個不思議を忘れていた)


 星と言えばもちろんあのことだ。話してみることにした。


「あのね、星に詳しいトミ丸君は信じてくれないかもしれないけど、昨日の夜にカノープスを見たんだ」


「え、ホント?すごいよ!ここらへんじゃめったに見られないはずなのに」 


 その言葉に気をよくして僕はとっておきのことをもうひとつ。


「実はね、クロ丸がそれを教えてくれたんだ。クロ丸が僕にカノープスを見せてくれたんだよ」


「クロ丸が?いつの間に星の勉強したんだ??」


 トミ丸君が素っ頓狂な声を出したので僕は思わず笑ってしまった。笑ったのなんてすごく久しぶりだ。まるで星の輝きのように何光年もの彼方から僕のところにまでようやく笑いが届いて来てくれたかのようなそんな気分だ。


 ママ上が持ってきてくれた合戦ドリンクを飲んで合戦ドーナツを食べた。


 ぜんぜん話すことが尽きなくて、その後も時間を忘れるくらいに夢中になって星のことを語り合った。トミ丸君もボク座を作っていて笑った。オリジナルの神話をつくってへんてこなストーリーになってまた笑った。要するに笑ってばっかだった。


 すごく楽しい時間というのは古今問わずにあっという間に過ぎてしまうものです。まだまだ話したりなかったけど帰る時間になってしまった。


 帰るときトミ丸君が門のところまで送ってくれた。


 もう一度握手。


「またね、かず君。またぜったい遊ぼうね。ボクとかず君はトモダチなんだから」


 トミ丸君はまちがいなくトモダチと口にした。地下は三大制限がかからない。すばらしい世界だ。地上もそうあるべきなのにと思う。


「うん、またね、トミ丸君」


 こんな日が来るとは思わなかった。トミ丸君が安全な城の奥に戻ってから僕は外に出た。

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