51 おかえり

 秋月神の祝福──正確にはその時に与えられた神器の能力──で霊感を高めることができるようになったとはいえ、使いこなせているとは言い難い。

 現世に居ながら隠世に影響を及ぼすことができるのはこの力のおかげだが、上手く使えば周囲の気配を探ることにも利用できるはずだ。

 だから、家に向かいながら気配を探ってみる。


 授与所は閉じてあり、その周辺や社務所には誰も居ない。

 時末さんは、鳥居近くで談笑している。

 家の中にいるのはミヤチとユカリ、それと美晴だけのようだ。鈴音と粋矛は裏庭を駆け回っている。


 俺は玄関に入り靴を脱いで揃える。

 ミヤチの靴がきちんと揃えられているのを見て、成長したなと少し嬉しくなる。もっとも、ユカリが揃えてあげたのかもしれないが。

 廊下を進むと話し声が聞こえ、なんだか美味しそうな匂いが漂ってきた。

 料理が出来る者といえば美晴だが、学校帰りだけに作っているヒマはなかったはずだ。天地がひっくり返ってもミヤチってことはあり得ないし、だとしたらユカリが作ったのだろうか。

 いや、可能性があるとすれば時末さんか。

 雫奈や優佳は、どういうわけかちょくちょく食材をもらって来ていた。日持ちのするものが多いとはいえ、そういつまでも放っておけない。

 食材を無駄にしてら勿体ないからと、人が集まっているこの時を見計らって料理を作っておいたのかもしれない。いやまあ、ただの偶然かもしれないけど。

 気になるのは、そこはかとなく砂糖のような、何かの蜜のような甘い香りを混ざっていることだろうか。


 お菓子作りといえば……

 いやでも、気配は感じない。

 そのまま廊下を進んで、一番奥にあるペット部屋に入る。裏庭が見える部屋だ。


「よう、二人とも来てたんだな」

「兄ちゃん」

「お邪魔してます」


 さすがに中学生を平日の放課後に働かせるわけにはいかない。だからまあ、鈴音と遊ぶついでに様子を見に来てくれたんだろうけど……


「悪かったな、鈴音を連れ出して。しっかり遊んでやってくれ」

「おう、もちろん。……それはいいけど、兄ちゃん。犬、増やしたんだな。粋矛だっけ、かっこいいな」

「これで鈴音ちゃんも寂しくないですね」


 ほんと、いい子たちだ。

 その視線を追って、俺も裏庭を見つめ、口角を上げる。

 二匹の犬が戯れている姿っていうのは、見ているだけでも癒される。


「兄さん、えらいのんびりしてたんやなぁ。ほな、いつもの部屋いこか」

「えっ? なんで?」


 このままもう少し癒されていたいんだが……


「いやいや、えーから。今日は兄さんの快気祝いやし。ほら、ええ匂いするやろ?」

「まあな。気にはなってたけど……。けどな、快気祝いだったら、俺がみんなを持て成さなきゃならんはずだが?」


 ミヤチとユカリに呼ばれた犬たちは、床に仕込んだ専用の入り口を使って、床下から部屋の中に入ってきた。

 まあまあと俺をなだめるようにして先導する美晴に従い、そのまま連れ立って境内がよく見えるいつもの部屋に入る。

 

「うお、なんか豪華だな」


 並べられた二台の座敷机には、料理が山のように盛られていた。

 豪華ではあるが、高価ではない。食事というよりは、唐揚げやポテトフライ、焼売や春巻き、一口サイズのサンドイッチなどの、おつまみや軽食って感じだが、種類が豊富でとにかく美味しそうだ。

 それに、クッキーやケーキなどもある。


「ほな、兄さんはお誕生日席な」


 美晴に追いやられるようにして主役席に座った俺は、改めて料理の多さに驚く。


「これって手作りだよな。用意するの、大変だったろ」

「まあね。でも、栄太に御馳走するって約束したからね。ちょっと遅くなったけど」

「私も心を込めて作りましたから、楽しんで下さいね。兄さま」

「おう。けどこれ、多すぎないか……えっ?」


 この声は……


「雫奈……?」


 幻聴かと思ったが間違いない。

 料理から視線を上げると、雫奈の姿が……

 その後ろには、優佳の姿も見える。


「なるほど……、復活させる必要がないわけだ」


 知らないうちに浮かせていた腰を、へなへなと座布団を落とす。

 やばい、泣きそうだ。

 でも、ミヤチたちのいる前で情けなく泣き崩れるわけにはいかない。


「………戻ってるなら、早くそう言ってくれ」

「だって、戻ってこれたのってお昼過ぎだったし。それから準備するの、大変だったのよ?」


 だとしても、わざわざ気配を消していたのだから、最初から俺を驚かすつもりだったんだろう。

 ニコニコと笑顔で近付いてきた優佳は、半ば放心状態の俺に、背後から思いっきり抱き付いた。


「さっき約束しましたからね。はい、ギュ~ですよ、ギュ~。どうです? 嬉しいですか?」


 なんだか拍子抜けしてしまった。

 以前と変わらない二人を見て、安心したのかもしれない。

 俺は小さく嘆息すると、笑顔で優佳の頭を撫でる。

 

「ああ、もちろんだ。おかえり、雫奈、優佳」

「おかえり、栄太」「おかえりなさい、兄さま」


 目に涙を浮かべながら笑い合う俺たちの中に……


「ボクも、ボクも! みんな、おかえり!」


 犬耳少女になった鈴音が飛び込み、それを止めようとしたのか、犬耳少年となった粋矛も一緒になって、俺を押し倒した。




 あの鬼神は……いや、豊矛様が残した指示かもしれないが、こうなることを見越していたのだろうか。


 この日、静熊神社に新たな祭神が加わった。

 名を秋津御栄神アキツミサカノカミという。


「はい、これで終わったよ。お疲れ様」

「別に、何が変わったってわけじゃないんだな」


 今日の雫奈は巫女服ではなく正装だった。

 かくいう俺も、儀式用の衣装だ。


「これで兄さまも、立派な土地神さまですね」


 儀式の補助をしていた巫女姿の優佳が、楽しそうに笑う。

 その横では、美晴も巫女姿で控えている。


 なんでこうなったのかって気もするが……

 優佳の言った通り、この儀式は、俺を祭神として祀るためのものだった。

 どうやら俺は、魔界送りから帰って目覚める時、身体から不思議な光を放ったらしいのだが、それが神様──現世の管理人として認められた証だったらしい。

 つまり、その時点から現人神になっていて、それを祭神に祀ることによって、晴れてこの地の土地神になった……というわけだ。

 それを踏まえると、あの鬼神に迫られたのは「人に戻るか、使を続けるかの選択」ではなく「人に戻るか、を続けるかの選択」だったわけだ。

 

「鬼神の言葉通り、紫の液体を選んだ結果、真っ当な人生を失うことになったな」

「兄さま、後悔しているのですか?」

「そんなものは、雫奈に協力するって決めた時に捨てたよ」


 考えてみれば、雫奈の協力者になることをためらっていた時、優佳が現れて強引に秘密を聞かされたことが始まりだった。

 その時、協力者になったら人外のモノになったりしないのかと冗談で聞いたんだが……まさか、本当に人外のモノになるとは思わなかった。

 だからといって、今さら神様たちのことを忘れて平凡な人生に戻る……なんてことは考えられない。


「あらら、こんな時に……」

「ん? 雫奈、どうした?」

「ケガレが見つかったって。あっ、そうだ。栄太も一緒に来る?」


 そう言って、雫奈は一瞬にして普段着になる。

 だが、俺にはそんな芸当はできない。


「いや俺、こんな格好なんだが? 着替えてきてもいいか?」

「着替えてもいいけど、霊体で行けばいいでしょ?」

「……まあ、そうか。粋矛、来てくれ」

「言われずとも、常におぬしの中におるよ」


 何とも慌ただしいことだが儀式の余韻に浸る間もなく、霊体となった俺は、肉体を残して雫奈と一緒にケガレの見つかった場所へと跳んだ……

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今日も土地神は暴走中です。 -約束の交差する場所で- かみきほりと @kamikihorito

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