42 祝福と再生

 粒子になって俺の中に入ったネボコの指示に従い、まずは隠世に向かう。

 意識を閉じて、頭に浮かぶこの世界の奔流……大樹の幹へと向かう流れに意識を集中させ、一瞬のノイズを感じてから目を開ける。

 霊力に満ちていると感じるのは、ここが隠世……大樹に幹だからなのだろう。

 再び意識を閉じて、ネボコが指し示す枝葉の部分に意識を集中させる。


「ふむ、見事なものだ。人の身で難なく隔離世を渡ることができるとはな」


 ……と言われても、どう見事なのか俺には分からない。

 ただ言われた通りにしただけだ。

 慣れれば枝葉から枝葉へ……隠世から派生した隔離世同士なら、大樹の幹を介さずに移動できるらしい。だけど、魔界はいわば別の大樹。人の身で……世界樹システムから生まれる魂で、別の大樹に飛び移ることはできない。

 ネボコが使ったような……門のような、魂への負荷を軽減する何らかの方法を使えば可能らしいが、それでも危険すぎる行為なのは変わらない。


 やってきた隔離世は、隠世とほとんど変わりがなかった。

 つまり、俺の視界とは違い、魂ではなく生物の姿がはっきりと見えている。もちろん、人の姿も、魂の形ではなく人の姿として見えている。

 だから、見た目だけは現世と変わりがない。


「こんにちは、栄太さん」


 振り返ると、いつも俺が座っている丸太ベンチに、霧香さんが……いや、秋月様──秋津霧加良姫アキツキリカラヒメが、いつもの温和な笑顔を浮かべてもたれかかっていた。

 その左右には双子の神、水諸生豊神ミモロイクトヨノカミ水諸白立神ミモロシラタチノカミが、宙に浮いた足をぶらぶらと揺らしながら座っている。


「こんにちは、秋月様。いつも突然ですみません」

「まあ、お気になさらず。私も栄太さんにお会いしたいと思っていましたから」

「そうなんですね。……いろいろ、ありましたからね」

「でもまさか、こうして栄太さんと、再び幽世で会うことになるなんて、思ってなかったですけどね」


 隣に座るよう促され、松葉杖を消して浮いた状態で移動した俺は、場所を開けようとした水豊様ミズトヨを抱え上げて、ひざの上に座らせる。


「あーっ! ミズトヨだけ、ずるい!」


 抗議の声を上げた水立様ミズタチは、あらあらと笑う秋月様に抱え上げられ、そのひざの上に座らせてもらってご満悦になった。


「今さらですけど、この子たちの名前、俺が決めちゃって良かったんですか?」

「なに言ってるのよ。私が気に入ってるんだから、いいに決まってるわよ。ねっ☆」

「僕も、この名前、すっごく気に入ってます!」


 秋月様に問いかけたのに、双子が驚いた表情で同時に反論してきた。

 引っ込み思案のミズトヨが思いのほか強い口調でハッキリと言い切ったのには驚いたが、どちらも気に入ってもらえているようだ。

 わかった、わかったと双子をなだめていると、秋月様は「これが答えですよ」と言わんばかりに微笑みながら小さくうなずいた。




「それで、相談のことなんですけど……」


 ひざの下が消えている左足を見せる。

 

「これって、どうやったら元に戻るのか、分かりますか? あー、そもそも、元に戻せるのかって話ですよね……」

「私を守るために、負われた傷ですね……」


 そんなつもりは毛頭なかったが、考えてみれば、あなたを守って受けた傷だとアピールしているように思えなくもない。

 俺は慌てて否定する。


「いえ、これは俺が油断したせいですよ。でも、秋月様が無事で本当によかった。もしかしたら、俺の助けなんて必要なかったのかもしれませんけど」

「そんなことはありません。大いなる助けとなりましたよ。そうですね……」


 少し考え込んだ秋月様は、いいことを思いついたとばかりにコクリコクリとうなずいて俺を見つめる。


「恩人へのお礼に、私からも祝福を授けましょう」


 そう言うと、俺が返事をする間もなく、秋月様が動いた。

 手のひらに現れた小指の爪程の小さな丸い光の球に、ふぅと息を吹きかけて俺の方へと飛ばす。

 その光の球は宙を舞うと、俺の左足のひざ上あたりで輪になって巻き付き、木製の環飾りになった。


「えっ? えっ? ちょっ……」


 そのまま消えたように見えたが、衣服を貫通して、俺の足に直に装着されていると感じる。


「私の力を分け与えました。これで元通りになりますよ。ほら、薄っすらとですけど、足が見えて来てますよね?」


 そう言われれば、何となくそんな気がする。

 いや、確かにそこにある。


「足が……」

「どんどん、元に戻っていきますよ。どうです?」


 幻のように微かに見えていた足が徐々に形を成していき、やがて元の姿を取り戻した。いや、まだ少し不安定な気がするし、力が入らないのは変わらない。


「あ、ありがとうございます、秋月様。どれだけ足掻いてもダメだったのに……ホント、すごいですね」

「え、ええ、そうでしょ?」


 秋月様も少しホッとしたような表情を浮かべていたが、満足そうにうなずき、喜んでくれている。

 ちなみに、足の環飾りも祝福の付与が終われば、霊力を蓄える神器になるらしい。ネボコの指輪は邪気から身を守る破邪の効果だが、これは霊感を高める霊視の効果になっている。

 幽世では霊力がモノを言う世界だから、いくらあっても困らないらしい。だけど、霊視の効果は遠慮したいところだが……


「栄太さんは、たしか魂の分析が得意ですよね? でしたら、この力は必ずお役に立つはずですよ」


 俺としては、視えてはいけない余計なモノまで視えそうで嫌なんだが、そう言われると断ることもできない。


 かなり左足の形が安定してきたので、試しに立ってみる。が、やはり歩くことはできそうにない。おそらく、現世では体重を支えることすらできないだろう。

 とはいえ、足が再生して、少しとはいえ感覚が戻っているのは大きな前進だ。


「存在の再生が終われば、あとは元の感覚を取り戻すだけですね」

「はい。本当に助かりました。希望が見えてきました」

「違いますよ、栄太さん。希望が見えてきたのではなく、絶対に直るのです。現世では、もう立てるはずですよ。多少は違和感があるかもしれませんけど、それもすぐに収まります」

「そうなんですね。やっぱり秋月様は、すごい神様なんですね」

「そうなのです。私は、すごい神様なのです」

 

 そう言って、秋月様は胸を張って得意げにポーズをキメ、少し照れた様子で楽しそうに笑い出す。

 足が元に戻ると分かって安心した俺も、一緒になって笑い……

 ミズトヨとミズタチ、それに俺の中にいるネボコが一緒になって喜んでくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る