41 リハビリスランプ

 なるほど……こんな感じなのか。

 何とも奇妙な感じがする。


 左足の感覚を取り戻すため、俺はネボコと視界で訓練をしていた。

 とはいえ、そちらのほうは、いまいち進展していない。

 その代わりと言っては何だが、現世の身体と、視界の霊体とを、別々に動かそうとチャレンジしていた。

 初めての体験だけに言葉にするのは難しいが、いわば半覚醒状態とでもいえばいいのか、夢現ゆめうつつの境界線にいるようなもので、少しでも意識がブレると、どちらかが止まってしまう。

 まだ複雑な動きは出来ないし、どっちをどう動かしているのか分からなくなるし、そもそもその動きは鈍いし、とても実用的だとは言い難い。いや、ハッキリ言って、使えない。


「いやこれは、冗談抜きで難しいな……」

「栄太は人と比べれば桁違いの霊力を秘めた存在になっておるが、管理者とは比べるべくもないからな。付喪神であるワシの足元にも及ばぬ霊力で、分身わけみを生み出そうというのは、並大抵の努力では成し得ぬよ」


 分身とは、別行動させるために霊力を分割した存在。それだけに、それ相応の霊力がなければ難しい。

 その代わりとして考えたのが、この半覚醒によって身体と精神を別々に操る方法……だったのだが、想像以上に難しい。

 魂を分けたり、くっつけたりってイメージはできなかった。だけど、これならできそうだって思ったんだが……


「まるで目隠しで綱渡りをしているようなもんだな」

「このような方法で実現しようとするのは、おぬしぐらいのものだ。しかも、曲がりなりにも可能性を示したのだから大したものだ」

「……当たり前のように分身を使ってるモノに言われると、素直に喜べないけどな。まあ、お遊びはここまでにして、訓練の続きに戻ろうか」


 相変わらず、霊体の左足は無くなったままだ。

 だけど、視界でなら浮くことも飛ぶこともできるので、あまり支障はない。

 不便さを感じないからなのか、いまいち集中できないというか、あまり成果が出ていなかった。

 ちなみに、足の代わりに義足なら再現することができた。だけど、ネボコに思いっきり怒られてしまった。

 不完全な足のままで意識が固定されてしまえば、元の足のように自由に動かすことができなくなる……らしい。

 それに、何かの拍子に再び動かなくなる可能性もあると、かなり厳しい感じで諭されてしまった。

 だからまあ、俺は、元の足を生やそうと苦労しているわけだが……


「どうやったら、足って生えてくるんだろうな……」


 いやまあ、現実には不可能なのは分かっているが、たぶんそれをイメージできなければ、元に戻ることはないような気がする。

 そして、そんなことを考えているから、出来ないのだろう……


「そういや、ネボコ。静熊神社に祀ってもらったらしいな」

「うむ、おかげさまでな」

「それで、御神体のほうは無事なのか?」


 付喪神ということは、御神体があるってことだ。


 水諸科等神ミモロカラノカミの場合は水霊石だった。それが砕かれて消えるはずだった魂は、幽霊となって二つに分かたれた。

 水霊石は砕かれたと聞いたが、実際には綺麗に真っ二つに割れていた。それを時末さんが、石用の接着剤なるもので補修した。

 その影響かどうかは定かではないものの、二つに割れた水霊石のそれぞれが、水諸生豊神ミモロイクトヨノカミ水諸白立神ミモロシラタチノカミの御神体になっているらしい。


 秋津粋音矛神アキツイキネボコノカミの御神体は、倒壊した御神木の、残された根元のほうに生まれた若芽だった。

 今は、町の御神木再生プロジェクトとして、どこかの大学やら研究室やらで大切に育てられているらしい。

 それはつまり、豊矛神の御神体だった御神木より生まれた新たな芽が、ネボコの御神体ってわけで……

 俺の心情的には、ネボコは豊矛様の子供であり、鈴音の弟って位置付けだと勝手に思っている。それに、少なからず豊矛様の霊力を引き継いでいるはずだ。


 そう考えて勝手に親近感を持っているが、疑問なのは、なぜ地獄送りになった俺と一緒にいたのか……ということだ。

 そのことは、ネボコ自身も分からないらしい。


「無事でなければ、ワシはこうして存在しておらんよ。それよりも栄太よ、全く集中できておらぬではないか」

「いや、まあ。なんか、いろいろと頭の中に浮かんできて、どうも……な」

「うーむ。であれば、訓練がてら、秋月様のところへ相談に出向くというのはどうだ? むろん、ここより浮かず飛ばず、地を這って向かうことになるが」

「……まあ、そうだな。やってみるか」


 このままぐだぐだしていても訓練にならない。

 だったら、不便さを感じて、足が戻ることを強く願う状況に陥れば、あるいは……と思ったが、この試みは失敗に終わる。

 ここは視界、俺の意思が反映された世界。

 もちろん片足では歩くのは無理だが、杖の扱いは現世よりも簡単だ。

 なんせ、俺がと思えばできてしまうのだから、それこそ松葉杖だけで、右足を使わなくても全力疾走ができてしまうし、川だって飛び越えられる。

 最初こそ少し戸惑ったものの、その後は苦労することなく秋月神社に到着した。


「ふむ、栄太は変な所で器用だな。もし杖も使わずと言えば、どうしておった?」

「ひざ立ちか……いや、逆立ちだな。さすがに周りに見られてたら、目立って仕方がないけど、ここじゃ誰も見てないからな」

「なるほどな。目論見とは違ったが、栄太は霊体を使いこなしておることがわかった。にも関わらず、未だに足が戻せないのは解せぬがな」


 それはまあ、俺自身も不思議に思っていることだが、できないものは仕方がない。いや、出来ないと思い込んでいることが問題なのだろう。

 思ったよりも俺は常識人だったということだ。


「まあ、できぬのなら仕方がない。それを相談するために、ここへ来たのだからな」

「ああ、そうだな」


 俺は杖を使って、いつものベンチへと向かう。

 現世ではチラホラと人影があるが、こちらの姿に気付く者はいない。霊感が強い者ならば気付くことがあるらしいが、今は大丈夫そうだ。

 魂に触れても吸い込まれないかを確かめてみたい気持ちがあるが、そこはグッと我慢する。それで万が一のことがあったら大変だ。


「もう知ってるとは思うけど、あれが豊矛様の御神体、この町の御神木だ。よくは知らんが聞いた話だと、ネボコの御神体は、あそこで生まれたってことになる」

「うむ、その様だな。それでは行くとするか」

「ん? どこへだ?」

「どこもなにも、秋月様の待つ隔離世だよ」


 てっきり、ここでこうやって待っていれば、いつものようにフラリと現れると思っていたのだが……

 よくよく考えてみれば、それは現世での話だった。


 ここは俺の視界なので、入れる者は俺に祝福を与えたモノに限られる。つまり、秋月様は入れない。だから、俺たちと秋月様が入れる隔離世へと向かう。

 その為には、一度、隠世へと降りることになる……という説明を受け、さっそくそこへ向かうことにした。

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