33 粋音矛

 矛と聞いても、現在日本では馴染みが薄いだろうが、ゲームなどでは大昔に猛者が使っていた武器って感じで出てくることがある。


 日本の神話でも、割と序盤に天沼矛あめのぬぼこが出てくる。

 混沌とした地上をかき混ぜて島を作り出すといったもので、武器と言うにはあまりにスケールが違い過ぎるけど、日本の始まりにはなくてはならないイベントだ。


「へぇ、これが矛なのか。資料でしか見たことはなかったが、強そうだな」


 斬ると言うよりは遠心力で矛先を叩きつけるって感じを想像していたが、矛となったネボコ──先人にあやかって、粋音矛いきのねぼこと名付けよう──は、鋭く切れ味も良さそうに見える。それになんだかカッコイイ。


 簡単に言えば、長柄の先に両刃の剣を取り付けたのが矛で、刀を付ければ薙刀に、突き刺すことに特化した穂先を付ければ槍となる。

 ウォーハンマーやハルバード、それに刺股さすまた辺りも長得物の範疇に入るだろうけど……

 矛と言えばいにしえのという言葉が似合うほど、大昔の武器ってイメージがある。俺の勝手な見解だが。


「むろん最強だ……と、言いたいところだが、それは使用者の力量次第といったところかの。どうだ、試しに握ってみるか?」

「いいのか? 先に言っておくが、俺は扱い方なんて全く知らないからな」

「全くってことはなかろう。少なくともという存在は知っておったのだろ?」

「いやまあ、ゲームやアニメでチラッと見たことはあるが……」


 それに、資料として調べたことがあるが、所詮その程度だ。

 とはいえ、興味がないわけではない。いや、むしろ今後の創作のために、手に取って様々なポーズを研究したい。


「そう堅苦しく考える必要はあるまい。相性が良ければだが、武器を手に取ればその扱いも自ずと理解できるものだ」

「相性ねぇ……」


 たとえ扱えたとしても、矛で戦う機会なんてあるとは思えないが……

 そんなことを思いながら、手を伸ばして粋音矛いきのねぼこを握る。


「ヤバイ……」

「ん? どうかしたか?」

「いや、ヤバイのは俺か……」


 なんだ、この高揚感は。

 例えれば、映画の主人公が困難な場面を乗り越えたのを見た時、自分にもできそうな気がするような、俺もやってみたいと思ってしまうような、そんな気持ちが湧き上がる。

 試しに両手でしっかりと握り、軽く袈裟斬りしてみる。


「なんだこりゃ。全然重くない……いや、自分の身体の一部のような……」

「ほほう、興味深い。どうやら我らの相性は、相当に良いようだな」

「かもな! ……っと」


 調子に乗って、横薙ぎからのバックステップ、そして上段からの斬り下ろし。長得物を手にしたら、どうしてもやりたくなる技、プロペラのようにグルグルと回して、柄を右脇に挟みつつ左手を前に伸ばして構え、ピタリとポーズをキメる。


「エイ兄、すごい……。かっこいい!」


 つい夢中になりすぎた。

 気付けばコマネが、飛び上がって大喜びしていた。


「ハル兄、手合わせしよっ」


 なんだか恐ろしいことを、遊んでって感じの軽い口調で言ってきた。


「おい、ちょっと落ち着け、コマネ。これでも武器だからな。当たったら危ないだろ?」

「いや、構わぬよ。相手をしてやったらどうだ?」

「……って、おいっ、ネボコ、無茶を言うなよ。そりゃ、俺の攻撃が当たるとは思わんが……」

「そうではない。斬る相手ぐらいワシが選んでやる。心配せずとも、コマネには絶対にケガはさせぬよ」


 それを聞いたコマネは、早く早くと催促してくる。

 いくら俺たちは戦力外だとしても、隠世むこうでは深刻な戦いが繰り広げられてるのに、こんなことをしていてもいいのかって思いもある。

 だけど、現状ではすることが無いのも事実で、ならばコマネ相手にどれだけできるかを、試してみるのもいいかと思い直した。




 コマネの姿は少年っぽい女の子だが……

 その動きは変幻自在。まさに獣といった感じで、次に何を仕掛けてくるのか予想ができない。

 それに武器が爪や牙なので、タイプ的にはフェイトノーラとかいう悪魔に近いような気がする。

 鋭く速い動きだけど、なんとか目で追えている。いや、気配を感じ取って、俺とコマネの間に矛を挟み込む、それを延々と続けているような感じだ。

 いわば防戦一方なのだが、コマネもじゃれついているつもりなのか、今のところ俺は一撃も食らっていない。

 この動きにも慣れてきたので、ブンと粋音矛いきのねぼこを大きく振り、コマネを振り払う。


「エイ兄、すごい! ボクの動きについてきてる!」

「まだ本気じゃないんだろ?」

「むぅ……」


 ありゃ、なんだかヤバそうだ。

 明らかに雰囲気が変わった。

 そして「わっ!!」だか「ワンっ!!」だか分からなかったが、ともかく大音響……というか、地を揺るがすような振動が俺を襲う。

 だけどこれは……


「……えっ?」


 間近に迫ったコマネの顔に、驚愕の表情が浮かび……

 俺は矛の石突きで地面を押しつつ、身体を横へと移動させると、無防備になったコマネの脇腹に矛を叩き付ける……寸前で止めた。


「勝負あり! 栄太の勝ちだ」


 ネボコの宣言を受けて、コマネがガックリと地面に座り込む。

 俺も必死だったとはいえ、さすがに悪いことをしたなと思う。だけど……

 コマネは瞳を輝かせて顔を上げると、ガシッと俺に抱き付いてきた。


「すごいっ! エイ兄、強いっ!」


 そりゃまあ、俺だって、ここまでできるとは思わなかったけど、いくら何でも褒め過ぎだし、喜び過ぎだ。

 もしくは、普段から俺は何もできないと思われていて、その評価の裏返しなのだろうか。それなら、まあ、まだ分からんでもないが……

 人型に戻ったネボコも、何だか嬉しそうにしている。


「どうした、浮かない顔をしおって」

「そりゃまあ、手抜きで勝たせてもらって褒められてもなーって。そりゃ、思った以上に動けたから、そこはまあ嬉しいけど」

「いやいや、手抜きなどと言っては、コマネに失礼だぞ。なんなら今の戦い、もう一度じっくりと見てみるか?」


 ネボコはそう言うと、空間に画面を出して、さっきの戦いを見せてくれた。


「……これ、うそだろ?」


 たしかに、映っているのは俺とコマネだが……


「いや、早送りされても……」

「何を言っておる。早送りなぞしておらぬぞ。ありのままの、さっきの攻防だ」


 どうやら人は集中すると、周りの動きが止まって見えることがあるらしい。その実例を見せられたようだった。

 思っていた十倍ぐらいの速度で戦いが進み、あっという間に俺が勝利していた。


「ねぇ、ねぇ、エイ兄! さっきの縛、どうやって解いたの?」

「ばく……って、なんだ?」

「ボクが気合でエイ兄の動きを止めたのに、すぐに動けたよね?」

「ああ、あれか? 前によく似た技を食らったことがあって……」


 あの瞬間、ふと時末さんと戦った時のことを思い出した。

 陽の気をぶつけて……とかいう精神攻撃だ。

 本来ならば心の殻を固くして、振動が入ってこないようにすればいいのだが、それは難しいし一度入ってしまえばいくら守りを固めて効果がない。

 だったら、水面に浮かぶ木の葉のように、その振動を受け流せばいい。それと同時に、内に残った反響を打ち消せば最短で復帰できる。

 前々から考えていた対抗策だったが、まさかこんな形で実践することになるとは思わなかった。

 ……そういったことを話した。

 

「栄太よ。つくづく化け物じみておるの……」

「神様に言われてもな……」

「神だからこそだ。あの場面でとっさに思い付き、実践してみせるとは。現世うつしよでは肉体からだは心で動かすもの……とか言ったりするようだが、実際には物理法則には逆らえまい。だが、幽世かくりよでは、言葉通り霊体からだは心に従って動いておる。その真理を理解して実践して見せたおぬしは、人間離れした化け物だよ。だからこそ、ワシを扱うのに相応しいと言えるがな」


 たぶん、最高級の賛辞……なんだろうけど、全然褒められた気がしない。

 でもそれなら……


「ってことは、ネボコの力を借りれば、俺でも戦力になれるってことだよな?」

「まあ、そうなるのぅ。ただし……」


 ネボコは、唐突に真剣な表情となって、俺を見つめると……


「それは、強大な邪気を前にしてもなお、正気を保っておれば、の話だ」


 警告するように、そう言い放った。

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