32 待ちに待ったお客様

 秋月神社では、神楽を奉じて強力な浄化の儀式が行われている。


 現世では土砂降りの雨が降り雷鳴が轟いているが、隠世では代わりに邪気が濃く立ち込めていた。

 四方を守るモノたちに緊張が走る。

 漂う邪気は集めて囲炉裏の炎で浄化しているが、一向に薄まる気配がない。


「いよいよ、お出ましだぜ! ……って、小鬼かよ」


 ニヤリと笑って警告を発した狂乱の魔女フェイトノーラだが、その正体に気付いて落胆する。

 それでも気を取り直し、魔素(邪気)の塊に飛び掛かると、手のひらでつかんでそのまま握り潰した。


「なんだ、他愛ねぇ」


 纏っていた魔素は異常だったが、所詮は小鬼だった。

 拡散した魔素を吸収しようとするノーラに気付き、ユカヤが慌てて止める。


「ノーラ、やめておきなさい。また操られたいのですか?」


 ギョッとした表情で手を引っ込めたノーラは、魔素を操作して集め始める。


「んじゃあ、コレ、どうすんだ?」

「浄化するのですよ。そのための炎です」

「お、おう。わーったけどよぉ……、ちょっとコレ、ヤバくねぇか?」


 遠隔操作で魔素の塊を炎の中へと放り込んだノーラは、徐々に増えていく小鬼を見ながら顔を引きつらせる。

 それはなにもノーラのほうだけではなかった。異様な魔素をまとった小鬼たちが四方八方から姿を現わし、どんどん数を増やしながら迫ってきた。


「まさか、これほどの数を操っているのですか? ですが、どれほどの数を集めたところで、所詮は小鬼です。私たちの敵ではありませんよ」

「……まあ、そうだなっ! アタイらの二つ名が伊達じゃねぇって、しっかり示さねぇとな! リーザ、ノッティー、抜かるなよ!」

「ええ、もちろん」

「……い、いや……アタシ、戦うのは、嫌なんだけど……」


 気弱なことを言っていた陰鬱の魔女フェイトノーディアだったが、先頭の小鬼を短刀で斬り散らすと、その後ろの集団に向かって何かの薬品を散布しつつ、脇を抜けようとする小鬼たちを銀線で絡め取る。

 こうして動きが止まった敵を、シュバババっと短刀で切り刻んでいった。

 それを見て怯んだ小鬼たちにも薬品を散布して……といった感じで、全く危なげがない。


 ユカヤのほうも負けていない。

 十本の細い鎖が次々と小鬼を貫き、黒い霧へと変えていく。

 容赦のない一方的な蹂躙に、味方ですら恐怖を覚えるほどだ。


 ノーラは手足の爪を伸ばし、殴り、蹴り、引き裂き、握り潰していく。鬼神は刀で斬りまくっていた。

 守り手たちは、圧倒的な数の暴力に対して、武力で圧倒していく。

 その余波で、四つ目の壺の浄化が終わってからは、小鬼の魔素を浄化するために、次の壺の浄化を止めざるを得ないほどだった。


 これを仕掛けた相手──ブラックバイパーは、この様子をどこかで眺め、隙を窺っているのだろう。

 果たしてブラックバイパーは、効率の悪いノーラと、持久力に難があるノッティーの、どちらを襲うだろうか……

 小鬼を倒し続けながらも、ユカヤはそんなことを考えつつ、周囲の気配を注意深く探っていた。そして、強い反応を感じ取った。


「ノーラ、お客様ですよ」

「……チッ、メンドくせぇな!」


 異様な気配を感じたユカヤに警戒を促されたノーラは、蹴りを放って三体を同時に爪で切り裂くと、うんざりした様子で舌打ちした。




 濃厚な邪気を纏った黒い蛇男が現れ、ネボコ──秋津粋音矛神アキツイキネボコノカミは顔をしかめた。


「何とも禍々しいものよの……」


 待ちに待ったブラックバイパーのお出ましだ。

 もちろん、姿を見るのは初めてだが、その姿を見ればすぐ分かる。

 ただし、これは双頭の蛇ではなく、頭はひとつだけだった。手には悪意の塊のような禍々しい剣が握られている。


「こやつ、魔界にでも入って、邪気を集めよったか……」


 ネボコの声に触発されて……ってわけじゃないのだろうけど、居ても立っても居られないといった感じで、コマネ──秋津狛音姫アキツコマネヒメが飛び出そうとする。それを、俺は腕を引いてなだめる。


「コマネ、ちょっと落ち着けって。俺たちは合図があるまで待機だろ?」

「エイ兄、そうだけど……」


 俺たちは、コマネが「秋月様が危ない」と漏らしたのを耳にして、何が起こっているのか事情を聞かせてもらった。

 まさか、俺が魔界送りに遭っている間に、そんなことが起こっていたとは想像もしていなかった。

 しかも、神々だけでなく悪魔までもが、俺を助けるために動いていたとは驚きだ。


 魔界に穴を開けるとき、ユカヤと一緒に現れた二体の悪魔は協力者だったらしく、そうとも知らずに怯えまくってたことを反省した。

 その悪魔たちが、隠世でユカヤと一緒にいる土地神姿の神々(?)だったと聞かされ、コマネ経由で謝らせてもらった。

 今を逃せば謝る機会がなくなるかもしれない。だけど、そんなことで準備の邪魔をするのは気が引ける。そう考えての妥協案だった。

 ……まあ単純に、悪魔の前に立つのが恐ろしいってのもあるが。


「そうだぞ、コマネ。栄太の言う通りだ。本来、この作戦にワシらの出番なぞないのだからな。まあ、本当に危険なら助けにも入るが、まだ今はその時ではない」


 そうなのだ。

 俺は秋月様が危険だと聞き、手伝うことにした。だけど、俺に危ないことはさせられないと、キッパリ断られてしまった。だから、視界に籠って隠世の様子を眺めることしかできない。

 ネボコは俺が現世に戻るまでは守護神だからと、一緒にいてくれる。

 そしてコマネも、美晴に俺を助けると約束したらしく、俺が現世に戻るまでは離れるつもりはないらしい。

 ……その割には、今、俺をほっぽって隠世へ行こうとしていたが。


 秋月様からは、俺が視界で大人しくしているのなら、見学してもいいという許可を頂いた。それに、手助けが欲しくなった時は合図をする……とも。

 もちろん、俺に……ではなく、コマネとネボコに……だが。


 現れたブラックバイパーは、俺が想像していたものは子供のままごとかって思えるほど、遥かに恐ろしく危険な雰囲気を放っていた。

 こうして視界から眺めているだけでも、恐怖に身体が震え、正視できないほどだ。

 それに、狂乱の魔女フェイトノーラが立ち向かっていく。

 獣じみた動きで攻撃を繰り出し、しっかりと当たっているように見えるのに、ダメージを与えられている様子はない。


「「僕(私)たちを使って!」」


 双子の神がそう叫ぶと、ノーラの方へと走り出す。

 その途中で身体が光り始め、光の粒子となって宙を飛び、ノーラの目の前に集まって再び姿を現した。二振りの長剣となって……

 さすがに長剣で双剣は扱いづらいだろうと思ったが、手の爪を引っ込めたノーラは難なく操って近くの小鬼を一蹴すると、再びブラックバイパーへと挑む。

 相手も、その武器を脅威に思ったのだろう。魔剣を使って打ち返している。


「なんだあれ、すごいな……。神様って武器にもなれるのか?」

「そうとも限らぬよ。まあ、ワシは名の通り矛になれるがな」


 宣言通り、ネボコは光の粒子となり、俺の前に矛となって現れた。

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