29 秘密の悪魔集会

 規制線が引かれ、参拝が禁止された秋月神社の前で、巫女さんが頭を下げる。

 何があったのかと問いかける客に対し、石垣に緩んでいるところが見つかり、念のために調査をしていると答えていた。


 その少し前、連絡用隔離世では、栄太が無事に隠世に戻り、コマネが確認したという連絡を受けて、ひとしきり喜んだ後……

 陰鬱の魔女フェイトノーディアが、狂乱の魔女フェイトノーラとユカヤを別の隔離世に呼び出した。

 そして……


「……め、迷惑を、……その、かけてしまって、ごめん!」


 おもむろに土下座をした。

 何の事が分からずキョトンとする、ノーラとユカヤ。


「なんだ、てめぇ。一体に何をやらかした?」

「それって、今回の元凶はノッティー、あなたということですか?」


 別に威圧しているわけではないが、迫られたノッティーはしどろもどろになりながら弁明を始めた。




 そもそもの発端は、隠世でノーラが魔物であるデイルバイパーを保護し、天界から追放されたことにあった。


 悪魔──隠世では禍神まがかみと呼ばれていたノッティーは、奇特な奴もいるもんだと注視していたが、すぐにデイルバイパーが魔素を集め始めたことに気付く。

 ノッティーは、その原因にも気付いていた。

 悪魔堕ちしたノーラに対して向けられた、神々の悪意……

 悪魔堕ちしても明るく振る舞い続ける、ノーラの鬱屈した思い……

 悪魔堕ちさせてしまったのは自分のせいだと悔やむ、デイルバイパーの後悔……

 そんな負の感情が魔素となり、それを魔物であるデイルバイパーが本能のままに吸収していったのだ。

 悪意は悪意に惹かれる。同様に魔素も濃い場所へと集まって来る。いつしか周囲の魔素を引き寄せるようになったデイルバイパーは、暴走を始めた。


 ノッティーは一計を案じ、豊矛神と接触した。

 なにせ古の付喪神は、妖怪などと呼ばれて忌避されたりしていたから、禍神に対する嫌悪感も薄い。それどころか、神や悪魔の区別さえも曖昧だったりする。

 豊矛神の考え方はシンプルで「害あれば討つ」ただそれだけだった。

 当然、領域を侵すデイルバイパーも一刀両断にするつもりだったのだが、ノッティーはデイルバイパーを封印し、魔素を取り除く方法を提案した。

 この魔物は知り合いの友達なので討つには忍びない。魔素によって暴走したものなので、その魔素を取り除いてしまえばいい……と。

 ある意味、ノーラのためでもあったが、高濃度の魔素は悪魔にとってご馳走だ。これなら誰も損はしないという、悪魔的発想だった。

 

 無事にデイルバイパーは封印され、ノッティーは濃縮された魔素を手に入れた。

 とはいえ、引きこもってのんびり過ごすことが好きなだけに、大量の魔素が必要になることもなく、いざという時の非常食といった感じで備蓄に回されることになる。

 豊矛神との約束で、その後も時々、封印石に集まる魔素を抜きに行っていたのだが、何度も豊矛神に挑んでは撃退されるノーラを見て、つい声を掛けてしまった。

 それが、ノーラとの関係の始まりだった。

 その後、封印石は水霊石となって魔素を集めなくなり、お役御免となった。

 操心の悪魔パルメリーザと出会うのは、更にその後のことだった。


「……つまり、ノッティーは、以前からデイルバイパーのことを知っていた……ってことですね?」

「ま、まあ……まあね」

「でも、これでは、ノッティーが謝る理由が分からないですよね……」

「……だな。むしろ、アタイは感謝しなきゃなんねぇぐれぇだ。あいつを生かそうとしてくれたんだからな。でもまあ……それもアタイが斬っちまったんだけどよ」


 それには答えず、ノッティーは小さな小瓶を取り出して、ノーラに見せた。


「おお、それは」

「……? なんですか、それは?」

「これか? 疲れた時にグイッと一本飲むと、元気が出てくんだよ。何度か世話になってて、最近もちょっとな……」


 小瓶を受け取ったノーラは、ほれほれとユカヤに見せつつ説明を始める。

 辺境の土地神の要請で、崖が危険な状態になってるから、人に被害が出ないタイミングを狙って崩して欲しいという依頼があったらしい。

 他にもよく似た依頼が重なったらしく……


「あんま、サボってっと(管理者を)クビになっちまうからな。ここいらでいっちょ、まとめて点数稼ぎしとこうかって張り切ったんだけどよぉ……。これがまた結構な難物ばっかで、ちょくちょく小瓶コレの世話になってるってわけよ」

「それなのに、わざわざ神社を襲ったのですか?」

「しゃーねぇだろ。長年心に引っかかってた、封印されたデイルバイパーを討滅する、絶好の機会だったんだ」

「それも、あの魔剣に誘導されたのですね?」

「……まあ、たぶん、そうなんだろうな」

「その魔剣はどうやって手に入れたのですか?」

「それが、わっかんねぇんだって!」


 心底困ったように、ノーラが言葉を吐き捨てる。

 それを聞いたユカヤは、ノッティーの顔を覗き込むように見つめた。


「ノッティー、ちょっとした確認ですけど……」


 その言葉に、陰鬱の魔女が震える。

 こういう時のリーザは危険だと本能で知っているのだ。


「……なっ、なによ」

十畦とうねの鬼神に言われて、そのドリンクをノーラに飲ませたとか、そんなことはないですよね?」

「……へっ? 鬼神……? いいえ、アタシはただ、ノーラが大変そうだなって……そう思っただけで……」

「それを聞いて安心しました。これもすべて鬼神が仕組んだことだったら……」


 ガス抜きをするように一瞬だけ狂気を漏らして、平静に戻るユカヤ。


「どちらにしても、あの魔剣の正体は、そのドリンクってわけですね。ノッティー?」

「……たぶん。そうとしか、考えられない……かな」


 頭を上げていたノッティーが、再び平伏する。

 参ったって感じで小さく頭を振ったユカヤは、ノーラを見る。


「そのドリンク、見せてもらえますか?」

「ほらよ。でも、これ……危ねぇもんなんだろ?」


 それをガブガブ飲んでいた悪魔が何を言うのかって感じだけど、ユカヤは何も言わずに受け取ると、キャップを見つめる。


「特別な封印が施されてますね。中身は……」


 キャップを開け、舌を出して舐めようとするが、すぐに引っ込める。

 さすがに味見をするにも勇気がいる。

 だから、ちょんちょんと小指で触り、それを手の甲へと少しだけ塗る。


「除念処理を怠りましたね? 魔素は濃いようですが……。この封印は鮮度を保つため? ということは……」


 なにやらブツブツと呟き始めたユカヤを、不安そうに見つめるノーラ。


「おいっ、ノッティー! アタイに何を飲ませたんだ?」

「……魔素ドリンクだってば……。その……効果を高めた、特製の……」


 そこまで言われても気付かないノーラに、少し呆れつつユカヤが説明する。


「ノッティーは、自分で作った特性ドリンクをノーラに飲ませたのですよ。できるだけ効果があるように、新鮮で濃厚な魔素が封入されたものを」

「ん? ありがてぇ話じゃねぇか?」


 ユカヤは特大のため息を吐く。


「そう。ノッティーはノーラのために、効果を高めようとしたのでしょう。そのために鮮度と濃度を保とうとした結果、除念処理が不完全だった……」


 ここまで言っても、まだノーラの頭の上ではハテナマークが乱舞している。


「手を抜いたわけではないでしょうけど、それだけデイルバイパーの念が強かったと言えます。この場合の念とは、つまり負の感情、怨念や執念のようなもの。それは呪いとも言います。つまり、結果的にこのドリンクは呪いのアイテムになっていたのですよ」


 呪いと言われて、さすがにノーラも気付いたようだ。

 ……というか、呪いなら仕方がねぇか……って感じで、なぜか納得してしまった。


「ここからは、私の推測ですけど……」


 ノーラが取り込んだ魔素は、想定通り高い効果を発揮したと思われる。だけど、そこに込められていた呪いは、ノーラの中に蓄積されていった。

 結果、ノーラの中でデイルバイパーの負の感情……ブラックバイパーが目覚めたのだろう。

 ブラックバイパーはノーラを利用して、最後は魔剣ディフレイザーとなって、神格を得た水諸神ミモロノカミ……いわば自身の本体を討ったってわけだ。

 それでブラックバイパーの執念が晴れれば良かったのだが……


「まだ、こうして呪いが残っているということは、消えたわけではないようですね。となると……ブラックバイパーは、次に何を狙うのでしょうか……」


 ブラックバイパーの狙いが何か。それが分からないことには、守るにせよ攻めるにせよ、対策の打ちようがない。


「だったら、アタイが……」

「却下です。これ以上、状況をややこしくしないでください」


 ノーラが何か言う前に、ユカヤが遮った。


「どうせ、もう一度ドリンクを飲みまくって……とか、言うつもりですよね?」

「お……おう」

「どこに潜んでいるか分からないブラックバイパーだけでも厄介なのに、それをもう一体増やすだなんて論外ですよ。完全に除念処理を行えば、戦力アップに使えますけど……いえ、そうね……」


 ノーラとノッティーが見守る中、少し考え込んだユカヤは、ニヤリと笑って見つめ返す。


「いい方法があります。みんなの協力が得られれば……ですけどね」

「おお、なんだ? 何でも言ってくれ」

「……し、しょうがないわね……アタシも手伝って、あげるわよ」

「だったら、すぐに戻ってみんなと相談しなくちゃね。頼りにしてるわよ、ノーラ、ノッティー」


 なんだか昔に戻ったようで、高揚感に包まれた悪魔たちはニヤリと笑って、即席で作られた秘密の隔離世を閉じた。

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