28 まるで神にでもなったかのような……

 ブン……という、意識の揺らぎを感じ、ゆっくりと目を開ける。

 場所は……さっきの公園のままだけど、人の姿が透けて見え、代わりに魂の形と善悪の数字カルマカウンターが復活していた。


「……どうやら、視界に入れたようだな」


 だけど、なんだか感覚が変だ。

 不思議に思いながら、とりあえず公園をぶらついて、ここがどこなのかを探ることにする。

 ……やはり、見覚えのない公園だった。どこかの町の児童公園のようだが。


 それよりも、なんというか動きが滑らかで、自分でも驚くほど思い通りに動けるような気がする。

 いわば、パソコンを最新機種に買い替えたかのような……

 以前は、移動ですら苦戦していたのに、身体も景色もヌルヌル動く。それこそ、現実世界ではあり得ない動きも可能だ。

 それならばと、外灯の上に飛び乗るイメージでジャンプしてみる。


 ……完璧だった。

 俺は寸分違わぬ精度で、狭くて不安定な外灯の上に片足で降り立った。

 せっかく高い所へ──といっても、せいぜい二メートルほどだが──登ったついでに、何か場所の目印になるものはないかと見回すが、そんな動きをしても、ぐらつくことはない。驚きの体幹だ。

 多少は公園の外が見えるが、地名らしきものは見当たらない。

 公園の横を車が通り過ぎた。そのナンバープレートは山門やまのと市のもの。……ってことは、神軒町も近いと思っていいだろう。


 そこで重要なことに気が付いた。

 ここは視界なのに、音が聞こえている。

 今の車が通り過ぎる音だけではない。風で木の葉が擦れる音や、鳥の声、自転車の音。それに、人の話し声までも……

 そういえば、ネボコにコツを教えてもらってから、隠世や魔界でも音が聞こえるようになっていた。だから気にしていなかったが、視界で音が聞こえると、なんだか新鮮な気がする。

 何だか楽しくなって、宙に浮いてみることにした。


 以前は視界を眺めるモードに戻してから動かしたり、壁を駆け上がったりしていたが、ほんの少し意識を動かすだけで、スッと霊体が浮き上がった。

 これもネボコとの訓練の成果だろう。たぶん、霊体だと常に意識することで、現実世界の常識から解き放たれたのだ。

 一気に上空へと昇って地上を見下ろす。

 変な言い方になるが、万能感とでも言おうか、この世界を掌握したかのような感覚がする。まるで神にでもなったかのような……

 何もない空中にでも意識をすれば精霊が現れ、手を振ると振り返してくれる。


「そういや、最初は川に落ちそうになったんだったな……」


 自分にもできるかもって思ったのに、飛ぶどころか宙に浮くことも出来ず、川に落ちそうになった。ギリギリのところで助けてもらったが……


「ん? 助けてもらった? ……誰にだ?」


 頭にモヤがかかっているようで、上手く思い出せない。

 ん~と考えながら、自由に宙を舞う。


「まあ、何にせよ、これもネボコのおかげだな……」

「ん? 呼んだか?」

「……っ!!!?」


 思わぬ声にビクッと身体を強張らせ、恐る恐る振り返る。


「なんだ、そんなに驚くことはなかろう」

「いやいや、ここって俺の視界だろ? なんで、ネボコが……?」


 振り返ると、さっき別れたばかりの秋津粋音矛神アキツイキネボコノカミが宙に浮いていた。……すっごく、いい笑顔で。


「なんでもなにも、忘れたか? ワシから祝福を受けただろ? ちなみに、ここは栄太の視界で間違いないぞ」


 そうだった……

 右手の中指にはめられたリングを見つめ、俺はガックリと脱力する。

 これは、名付けの礼にとネボコから渡された祝福の指輪で、すでに俺の霊力を蓄える神器になっている。

 下手をしたらもう二度と会えないと覚悟していたのに、こんなにあっさりと目の前に現れるとは思わなかった。


「ってことは、俺が視界に入れば、またこうやって会えるってことだな」

「まあそういうことになるの。……先ほどは、なにやら深刻そうにしておったから、ワシだけが会えるなどと、あの場で話すのも気が引けてな。言いそびれてしまったわ」

「……まあ、そうだな」


 ふと、あの女神ユカヤのことが脳裏に浮かぶ。


「それで、おぬしはここで何をやっておるのだ? 戻らんのか?」

「そのつもりだったんだけど、視界で自由に動けるのが楽しくて、つい……」

「まあ、そうだな。魔界とは違えど、隠世も様々な負荷がかかっておるからな。その点ここは栄太の世界だから、負荷も何もあるまい」


 ネボコの様子は、理解が半分、呆れが半分ってところだろうか。


「……して、これよりどうするつもりだ?」

「まあ、ちょっと俺の住んでる部屋を見て、それから戻ろうかと。瞬間移動も試してみたいからな」

「今さら言うの何だが、おぬし本当に人間か?」

「そのつもりだけど……」


 人間離れしてきたなと自覚しているが、神様に言われると苦笑するしかない。

 もう少し高度を上げて、現在の位置を確認する。

 さっきまでいた公園は、駅で二つほど離れた場所だった。

 離れた場所に空き地を見つける。悪霊と戦った昔の郡上家があった場所だ。

 空から見るとアパートから近いように見えるが、霊体で移動するのに、相当苦労した。さらに、肉体を操って移動したことも思い出して苦笑する。あの程度の距離、今なら一瞬で行けるだろう。


「ふむ。別に位置を確認せずとも、頭の中で目的地を思い描けば飛べるぞ」

「そうなのか? まあ、ちょっと試してみるか……」


 言われた通り、アパートの部屋を思い浮かべて、そこへ意識を集中させる。

 ブン……という意識の揺らぎを感じて、ゆっくり目を開けた。


「うおっ、できた……けど、なんじゃこりゃ?」


 なぜか部屋が荒らされていた。

 隣に現れたネボコも、呆れた声を上げる。


「のう、栄太よ。片付けは大事だぞ?」

「まてまて、いつもはちゃんと片付けてるんだが……泥棒にでも入られたか?」


 散らかされている割には、パソコンやら家電やらがそのまま残されており、特にクローゼットや押し入れ辺りが荒らされている感じだった。


「……ん? メモ?」


 机の上に、殴り書きのような……、震えた手で書いたような女性っぽい文字のメモが置かれてあった。


「なるほど、どうやら俺が入院したから、美晴……俺の従妹が慌てて必要なものを病院に運んでくれたらしい。後で片付ける、とは書いてあるが……」


 完全に時間感覚を失っているが、まだそれほど日数は経っていないようだ。

 日付を確認しようとして、この部屋にその手段がないことに気付く。

 パソコンを立ち上げたり、ケータイを見れば一発で分かるが、視界からでは操作が出来ない。それにケータイは、この部屋にないようだ。

 ……と、そこにもう一つの気配が生まれる。


「よう、コマ……おふっ」


 部屋の中央に現れた、十四歳ぐらいのへそ出しルックでショートパンツの男の子っぽい少女は、コマネ──秋津狛音姫アキツコマネヒメだ。

 その正体は、豊矛様の娘である豊上鈴矛音比売命とよかみすずほこねひめのみことなのだが……。ちなみにこれも、俺が考えた名前だ。


 ……ちょっと意識が飛んだ。

 コマネは、現れるなり俺の腹へと飛び込んできて、支えきれなかった……というか、不意を打たれた俺は、そのまま尻もちをついてしまった。


「エイ兄! エイ兄! 本当に戻ってきた!」


 実際にはないが、バタバタと尻尾を振っている様子が見えてきそうだ。

 そういや、現実世界で、最後に一緒にいたのが鈴音だった。

 美晴のメモから推測すると、俺の魂が魔界送りになった時に倒れて、そのまま入院したってことになる。


「ただいま。コマネ。心配をかけたな」

「ううん。ボクが悪魔の動きに気付いてたら……、もっとちゃんと守れてたら、エイ兄を奪われなかったのに……」


 そんな風に思っていたのか……

 だったらなおさら、戻って来れて良かったと思う。

 

「そうだ。ユカヤにも頼んでおいたんだが……」

「エイ兄、ユカ姉のこと、覚えてるの!?」

「何をそんなに驚いてるのか知らんが、わざわざ魔界まで迎えに来てくれた女神だからな。ついさっき別れたばっかだから、さすがに忘れたりしないって。たしか、静熊神社で祀られてる、コマネの姉なんだろ?」


 あれ? 明らかにシュンとしょげ返ってしまった。

 なんだか重い空気の中、俺はネボコのことを紹介した。

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