27 別離

 双子の神様のイメージは、生まれたてのネボコよりも少し年上で、コマネと同じぐらいにしようと考えている。

 神様に友達って概念があるのか分からないけど、できればコマネと仲良くなってもらえたら嬉しいし……、互いに協力し合える関係になればと願ったのだ。

 まあ、神様の見た目年齢なんて、あんまり意味がないのかもしれないけど、やはり同年代同士で仲良くする姿のほうが、蛇や蜘蛛と戯れられるよりも、俺としては……なんというか、安心できる。

 現実世界の鈴音は犬だし、人型は十歳ぐらいだけど、精神世界では十四歳ぐらいだったはずだ。だから、それに合わせようと思う。

 ちなみにネボコは、高く見積もって十二歳ってところだろうか。


 鎖に巻かれたままの、片割れのうち少し大きく見えるほうへと近付く。


「じゃあ、まずは男神おがみから……。農耕と豊穣を司る神ってことだから、水諸生豊神ミモロイクトヨノカミで。生物を育み豊かに実らせるって意味で」


 そう言いながら、空中に指で文字をを描く。

 続いて、もう一つの片割れへ。


「こっちは水の女神だな。降雨や治水の女神だから、水諸白立神ミモロシラタチノカミだ。多くの酸素や栄養が含まれた水って泡立つらしいし、白く立ち昇る霧をイメージすれば幻想的な感じがするだろ?」


 同じように空中に文字を描く。

 これで何も起こらなかったら、かなり気まずいことになるところだったけど、幸いなことに二つの存在に名前を献上し終わると、二つ同時に光が放たれた。

 今度の変化は早かった。みるみるうちに人型となり、想定通りに十四歳ぐらいの男女が現れた。


「えっと……その……、名を与えて下さり、ありがとうございます。これより僕は、水諸生豊神ミモロイクトヨノカミと名乗らせていただきます。名に恥じぬ働きができるように、が、がんばります」

「アハハ♪ 私が水諸白立神ミモロシラタチノカミね。カッコイイ名前をつけてくれて、ありがと♪ 邪気なんて私が消し飛ばしてやるわよ!」


 まさか、そんな性格になるとは、想定外もいいところだ。とはいえ、これはまあ、俺がしっかりと詳しい性格まで考えていなかったからだろう。


 豊穣の神は、日焼け肌で穏やかそうな雰囲気を持つ少年だが、少し気弱で優しい性格になっていた。それはまだいいのだが……

 水の女神のほうは、透き通るような白い肌の愛らしさと美しさを併せ持った美少女なのだが、無駄に元気で男勝りな性格になってしまった。

 無事に女神となったようだから、水諸生豊姫ミモロイクトヨヒメでもいいと伝えたが、せっかく付けてもらった名前だし、こっちのほうがカッコイイからと、そのままにしておくらしい。


 これでたぶん、隠世ここで、やり残したことはないはずだ。


「……さあ、名残惜しいけど、そろそろ戻るとするか」


 俺が現実世界に戻るには、視界へ行く必要があるらしい。そこまで行けは、いつもの手順で現実世界に戻れる。

 俺の視界には、祝福してもらった秋津狛音姫アキツコマネヒメしか入れないので、みんなとはここでお別れだ。


「ネボコ、世話になったな。ちゃんと神社で祀ってもらえるよう頼んでやるからな」

「おう、楽しみにしておるぞ」


 なんだろ。ネボコが何やらニヤニヤしている気がするし、別れの挨拶もやけにあっさりしている気がする。


「ユカヤも心配してくれてありがとう。双子の名前で少しは恩返しになってたらいいんだけど……」

「兄さまが無事に戻ってくれれば、それだけで十分ですよ」

「そっか。……でだ。その、なんで俺のことをって呼ぶのかは……やっぱ教えてくれないのか?」

「ん~、そうですね……」


 考え込む仕草も、どこか色っぽい。


「内緒にしておきますね。親愛の証……とでも、思っておいてください」


 にぱっと笑顔を浮かべて、そんなことを言ってくる。

 小悪魔っぽい仕草にドキッとするが、そういえばこいつは悪魔だった。


「分かった。そうしておくよ。……じゃあ、ミズトヨとミズタチも元気でな。よかったら、秋津狛音姫アキツコマネヒメっていう、ちょっと犬っぽい神様と仲良くしてやって欲しい」

「犬っぽいって、どんな奴かな?」

「……いいですけど、怖くないですか?」


 やはり、二人の見た目と言動のギャップがすごい。ついつい笑みが零れてしまう。


「心配しなくても平気だぞ。ちょっと落ち着きがないが、気遣いのできる、すっごくいい子だからな。それに勇敢だ。……そうだ、ユカヤに紹介を頼んでいいか?」

「はい、わかりました。言われなくてもそのつもりでしたよ、兄さま」


 姉妹なら、俺が頼むより確実だろう。

 そして、とうとう話すことが無くなってしまった……


「……じゃあ、行くか。ネボコ、頼む」

此度こたびは界をまたくわけではないからな。ワシに頼まずとも、今のおぬしなら簡単だろうて。こう……意識を研ぎ澄ませれば、己を強く感じる部分モノが見えてくるだろ? その中心へ意識を集中させればよい」

「分かった。やってみる」


 最後にもう一度、みんなの姿を脳裏に焼き付けてから、俺は目を閉じてネボコのアドバイス通りに意識を集中させた。




 連絡用の隔離世で、ユカヤが悲しそうに目を伏せた。だけど、すぐに伸びをして気分を変えると、明るい表情を浮かべる。


水諸ミモロ様の魂は、二柱の神に生まれ変わったようです。豊穣の神である水諸生豊神ミモロイクトヨノカミと、水の女神である水諸白立神ミモロシラタチノカミです。それと、兄さまが視界へと戻られました」


 おお~というどよめきと、歓声が上がる。


「じゃあ、ボクが迎えに行くね」

「はい、お願いします。ですけど、兄さまに詳しい話をするのは、現世うつしよに戻られて落ち着いてからでお願いします。疲れもあるでしょうし、それに、たぶん、私と姉さまとの思い出が消えたことで、記憶の混乱が起きているようです。なので、しばらくは、そっと見守ってあげてください」

「……ごめん」


 そうなのだ。ボクが……ではなく、もう、ボクしか迎えに行けないのだ。


「謝る必要はありませんよ。私たちが決めたことですから。それよりも、私たちの分までしっかりと兄さまを守ってあげてくださいね」

「うん、わかった」


 シュンとしているコマネの頭を、ぽんぽんと優しく撫でると、ユカヤは台所へと向かった。

 相変わらず、シズナは台所に籠って料理を作り続けているのだ。


「…………」


 思わずユカヤは絶句する。

 どこの高級料亭かと思うような豪華な膳が並んでおり、さらに鍋やお造り、寿司なども用意されている。それとは別に、ひと際存在感を放つ異様な物体が……


「もしかして、これは……ウェディングケーキですか?」


 そうとしか思えない巨大なケーキが鎮座していた。

 ただし、ユカヤから見れば、形はいびつだし、クリームの塗りも甘い。それに温度管理ができていないのか、ムラができているし、フルーツの配分も……


「そんなつもりはなかったんだけどね。できるだけ豪華にしようと思ったら……」


 ユカヤは大きなため息を吐く仕草をする。


「姉さま。最後に兄さまと会わなくて、本当に良かったのですか?」

「いいわよ。だって……、いま会ったら、栄太も困るでしょ?」

「別に、私と会ったからといって、困った様子はなかったですよ?」

「それに、栄太が私のことを思い出してくれたら、またいくらでも……」


 ユカヤは首を大きく横に振ると、今度は特大のため息を漏らし……


「まったく、お子ちゃまですわね……」


 わざと口調を操心の悪魔パルメリーザに戻して、呆れた声を上げる。


「そりゃまあ、私も以前のように戻りたいと思っているわ。その為に、いろいろと仕掛けたり、コマネに頼んだりもしたけど……」


 身振り手振りが加わって、言葉に熱が込められる。


「これってぐらいアピールして、泣き落としまでつかってこのザマよ。やっぱりコマネの祝福を残したぐらいじゃ、私たちの記憶は残せなかったわ。なのに、どうやって思い出させるつもりなのよ」

「神社に、静熊神社に戻ればきっと……」

「ええ、そうね。私たちは、静熊神社で祀られている土地神だわ。でも、コマネと三姉妹だって伝えても全く覚えてなかったわよ? それどころか、なぜ俺のことをって呼ぶのか……なんて、言われたわ」


 狂気の片鱗が見え始めたが、荒れ狂う寸前でピタリと激情が消え失せる。

 近くの椅子に座ったユカヤは、気怠そうに背もたれに体重を預ける。


「人間の命なんて、百年にも満たない儚いモノよ? 失われた記憶を取り戻そうと、あれこれ考えている間に過ぎてしまうわ。だったら、新しいえにしを結んで前よりもっと楽しく過ごすほうが、お得だとは思わない?」


 ユカヤだって、今までの生活を捨てたいわけじゃない。

 秋月優佳として過ごした刺激的で退屈な時間は、宝物だと思っている。だけど、それを取り戻すことができないのなら……

 栄太から自分たちの記憶が消えたとしても、みんなが無事なら……、そして、また再び栄太とえにしを結べたら、これまでとは違った形になるだろうけど、あの刺激的で退屈な時間が始まると信じていた。


「私はまだ諦めない」


 あくまで過去にこだわるシズナを見て、激情のまま罵声を浴びせて立ち去ろうとしたユカヤだったが、その表情を見て思いとどまる。

 過去にこだわって頑なになっている者の瞳とは、とても思えなかった。言うなれば、難攻不落の扉を前に、どこかに隙が無いかと神経を研ぎ澄ませ、強引にでもこじ開けようとするような、そんな強い輝きを放っていた。


「わかったわよ。私も協力してあげる」


 何もどちらかを選ぶ必要はない。

 新しい関係を築きつつ、過去を取り戻せばいいだけのことだとユカヤは考えを改め、シズナと握手を交わした。

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