26 嵐の前兆

 ともかく、名前を付けるにしても相手の事が分からなければ始まらない。なので、出来得る限りの情報を、女神ユカヤから教えてもらった。だが……


「……えっ? 性別が分からない?」

「たぶん……話し方や素振りから男性のように感じましたけど、改めて性別を問われると難しいですね。見た目は二つの頭を持った蛇でしたから」

「蛇?」

「はい。川の守り神で、治水や雨乞い、それに山から栄養豊富な土を運んでくる豊穣の神様とも呼ばれているそうです」


 不在の蛇神……

 ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。

 祠の形や場所まで明確に思い出せるのに、たしかにあの場所で誰かに教えてもらったのに、そのが思い出せない……


 ともかく、二柱に分かれたってことは、特徴も分けたほうがいいだろう。

 具体的には、降雨や治水を司る神と、栄養豊富な土を運ぶ豊穣の神、だろうか。

 性別が分からないのなら、いっそのこと男女一対の双子神にしてみるか……

 いやだが、もし姫と名付けて男神だったら、目も当てられない。


「兄さま。まずは、頭の中で姿を思い描いてみてはどうでしょうか……」


 そうなのだ。いつもは本人の姿を見てからイメージを膨らませるのに、その姿がない。だから難しいのだと気付く。

 それならばと、頭の中で簡単なイラストを描いていく。


 元の名前が水諸科等神ミモロカラノカミだから、水諸ミモロをそのまま継承するとして……

 豊穣の女神にするか、水の女神にするか……難しいな。

 やはり、どっちかって言えば、男神は大地の神って感じかな。女神はどっちでもアリだけど。

 やはり農耕の神なら日焼けした筋骨隆々の神だろうか。などと考えていると……


「新しい神様ですので、できれは年若いほうがいいと思いますよ」


 思わずドキッとする。

 なんだか俺の心が読まれてるような、タイミングと内容だった。

 まあ、神様なら、そういうこともあるのだろう。それよりも……

 双子の神なら女神も同じ年齢ってことになる。完全に似せる必要はないだろうけど、年若くて美しいほうがいいだろう。

 いや別に、俺の趣味とか好みとかではなく、一般的に信仰を集めやすい姿のほうがいいだろう……って意味だ。そうなると……


 あまり蛇要素が強すぎると嫌がる人もいるから、その辺りは見た目でなく能力で表現するとして、まずは方向性を確認してもらうことにする。


「……って感じがいいと思うけど、ユカヤさんはどう思う?」

「そうですね……。双子ならではの能力とかあれば面白いかもしれません。えっと……そちらの、ネボコ様……で、よろしいでしょうか?」


 なんだか女神が親しげに接してくるので、完全に忘れていた。

 

「ああ、そういや、バタバタしていて自己紹介がまだだったな。今のうちに済ませておこうか」


 そう言って、俺は自己紹介を始めた。




 建物の裏には、入院患者のための裏庭があった。

 ここで散歩をしたり、日向ぼっこをしたり、気分転換に使われるのだ。


 空の七割ほどを覆う白い雲が陽光を遮り、気温も程良く散歩日和だからなのか、ちらほらと入院患者らしき人たちが出てきている。

 キャリーバッグを抱えた美晴は、そんな人たちから少し離れた場所でベンチに座ると、鈴音をバッグから出してひざの上に乗せた。


「この辺でええかな?」

「うん。ミハ姉、ありがとね」

「ええよ、ええよ。それよか、どないしたん? いきなり、ひと気のないとこで話がしたいやなんて……」


 ぐぐっと伸びをした鈴音は、不思議そうに見つめている美晴の顔を見上げた。


「ちょっとね。あの場所で騒いだら大変なことになるからね」

「騒ぐ? いや、病室で騒ぐやなんて、そんなことせーへんって……」


 ……と言いつつも、美晴の表情が曇る。

 流れる風に耳や尻尾をなびかせながら、真剣な眼差しで空を見つめる鈴音。


「なんや、……悪い知らせなん?」

「ううん、違うよ」


 笑うように目を細める鈴音を見て、美晴はホッと胸を撫で下ろす。

 この状況で、我を忘れて病室で騒ぎ立てるような話と言われれば、不安になるなというほうが無理だろう。だけど、そうではないらしいと安心する。


「はぁ……。もう、鈴音ちゃん、ビビらさんといてぇな。なに言われるんか思て、覚悟してもうたやん」

「あっ、ごめん。エイ兄は、たぶんもう大丈夫だよ」

「そうなん? ありがとう、鈴音ちゃん、頑張ってくれはって……」

「ううん。頑張ったのは、シズ姉とユカ姉だよ」


 再び美晴は、不思議そうな表情が浮かべる。


「へぇ~、なんや鈴音ちゃんの知り合いの人? せやったら、ちゃんとお礼せなあかんな」

「……そうだね」

「あっ、せやったら、兄さん目覚ますんちゃうの? はよ戻らんと……」


 その瞬間、雷鳴が轟いた。

 どんどん風が強くなり、空にも厚くて黒い雲が流れ込んで来ている。

 外に出ていた人たちが、なんで急にといぶかしみながら、いそいそと建物内へと戻り始めた。


「あちゃ……、こないな時間に夕立かいな。ほら、鈴音ちゃん。雨に降られんうちに、はよ中へ入ろ」


 何か気になることがあるのか、鈴音はバッグに入れられファスナーが閉じられてもなお、格子状になった窓から急変した空を見つめ続けた……




 自己紹介って言っても、どこまで話してもいいのか迷うところだが、もし本当に心が読まれているのなら、包み隠さず正直に話したほうが好感を得られるだろう。


「俺は繰形栄太。一応これでも人間だ。秋津狛音姫アキツコマネヒメ……から祝福を受けた……」


 心にチクッと痛みが走る。

 まただ。また、何かが抜け落ちているような気がする……


「……神使ってことになってる。本職は会社員だが、時々、静熊神社を手伝ってる。で、こっちが……」


 ネボコに続きを任せる。

 それにしても、この妙な喪失感は何なのだろう……


「ワシは……そうだな。まだ生まれたばかりだが、栄太より秋津粋音矛神アキツイキネボコノカミという名を贈られた現世の神だ。純粋な音色を奏でる武人だと、ワシを見て思ったらしい。故あって、栄太が現世に戻るまでの護衛を請け負っておる。……まあワシは、栄太のことを父親だと思い、慕っておるのだがな」

「やめてくれ。まだ独り身の俺が、神様の父親とか……」


 思わずツッコミを入れると、そう嫌がるなとネボコは楽しそうに笑う。

 俺は苦笑しつつ補足説明を加える。


「気付けば一緒に魔界で監禁されていて、生まれたばかりで名前もないっていうから俺が名付けた。そしたら懐かれた」

「おう、懐いておるぞ」


 懐かれたっていうのは、ちょっとした冗談だったのだが、なぜか嬉しそうにネボコが笑う。


「魔界から抜け出せたのはネボコのおかげだからな。現世に戻ったら秋津粋音矛神アキツイキネボコノカミも静熊神社で祀ってもらうつもりだ」

「うむ、それは楽しみだ」


 とっさの思い付きだったが、命の……魂の(?)恩人には、それぐらいのことをしてもいいだろう。たぶん、鈴音も分かってくれるはずだ。


「……へぇ、そうなんですね。では、私の番ですね」


 改まった感じで姿勢を正すと、女神は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「私は秋津結茅姫アキツユカヤヒメ。静熊神社に祀られている土地神です」

「……えっ? 静熊神社って……他にもあるのか?」


 女神ユカヤがゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。あの、静熊神社ですよ。姉である秋津静奈姫アキツシズナヒメと、妹である秋津狛音姫アキツコマネヒメの三姉妹で、土地神として神軒町を守護しています」

「そうなのか? ……いや、この言い方は失礼ですね。そうとは知らずに失礼いたしました。数々のご無礼、どうかお許しください」

「ちょっと、やめて下さい、兄さま。今まで通りでお願いします!」


 敬ったら思いっきり拒否られてしまった。


「それと、水諸科等神ミモロカラノカミは静熊神社の摂末社せつまつしゃとして御神体が祀られておりましたが、何者かに砕かれました。この辺りの詳しい話は、鈴音が詳しく知っています」

「おう、わかった。……いろいろと不思議だったが、ユカヤはあの神社に所縁のある神様だから、俺のことを迎えに来てくれたんだな」

「ええ……そうなりますね。それと、私は天界から追放された悪魔でもあります」

「えっ? 悪魔? あー、そういや、最初に現れた時、悪魔の姿をしてたな……」

「悪魔の管理官も、普通にいますから。もし興味があるのでしたら、それも鈴音に聞くといいでしょう」

「……ああ、分かった」


 なんだか突拍子のないことばかりなので、どこまで信じていいのかわからないけど、後で鈴音にでも聞けばいいかと思い、聞き流すことにした。

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