25 心の空白

 穴に飛び込んだ瞬間は浮遊感があったものの、中に入ってしまえば特にこれといった感覚がなくなり、いつの間にか出口が近付いてきていた。


「ん? あれは何だ?」


 出口と言っても、漆黒のトンネルの先に明るい場所が現れて近付いてきたって感じだが。それに、なぜか自分の姿や、ネボコ、それに女神ユカヤの姿がハッキリと分かる。

 その出口のほうから、何か白いモヤっとしたものが飛んできた。


「イカン。何か、巻き込んでしもうたか。このままでは魔界送りになってしまう」

「お任せください」


 魔界送りとは物騒な言葉だけど、考えてみたら俺も魔界送りにされたってことになるのだろう。

 焦るネボコの言葉に反応し、女神ユカヤが自信満々に請け負うと、すれ違いざまに鎖のようなものを伸ばして絡め取った。

 二つあったが、両方とも無事に回収できたようだ。

 そのまま出口にたどり着いたと思ったら、どこか別の場所に立っていた。

 穴に飛び込んだ時のまま……俺がネボコを抱きかかえ、女神ユカヤが俺に抱き付いている、そんな格好のままで。


 どうやらここは、小さな公園のようだ。見覚えはない。

 やはり、視界というモノとは違うのだろう。ベンチに腰を掛けている人は、ちゃんと人の姿に見えている。それに、こっちには気付いていないようだ。

 まあ、ここが神様の世界で、人間の姿で生活してるっていう可能性もあるが。


「えっ? この気配……?」


 鎖で巻き取って捕獲した何かを見つめて、ユカヤは不思議そうに首を傾げる。

 白いモヤをまとった球体は魂のように見えるが、善悪の数字カルマカウンターは表示されていない。


「ん? どうした、女神よ」

「あっ、えっと……たぶん、ですけど……。うん、間違いない。これは水諸ミモロ様の気配です」

「ふむ、知り合いか? ……幽霊のようだが、神力が宿っておるな」

「御神体を失った付喪神なのですけど……」


 この魂っぽいものの中に、この女神ユカヤの知り合いがいるらしい。水諸ミモロ様という名の、御神体を失った付喪神が。

 付喪神も元々は魂や精霊なので、天界や魔界からやってきた管理者とは違って、現世の器を失えば霧散して世界樹システムに還る……らしい。豊矛様のように……

 その付喪神が、器を失ったにもかかわらず魂を維持し、幽霊のような状態になっているってことだった。


「では、もう一つのほうは?」

「ん~、それが、不思議なんですけど、どちらからも水諸ミモロ様の気配がするのですよね……」

「二つに分かたれた……と?」

「よく分かりませんけど、やっぱり、そういうことになるのでしょうか……」


 正直、二人(二柱?)が何に疑問を持っていて、何を議論しているのかは分からないが、そろそろ俺の精神……というか、羞恥心がヤバい。

 ここは精神世界で、この光景は現実世界の人たちには見えていないとはいえ、公共の場で子供を抱きかかえて……ってのはまだいいとして、ナイスバディーのお姉さんに抱き付かれて子供のようにあやされるってのは、恥ずかし過ぎる。

 話に割って入るのは悪いと思って我慢していたが、さすがにもう限界だ。


「あー、こほん! えっと、ユカヤさん。そろそろ離れてもらってもいいか?」

「え~、ダメなんですか?」

「こんな誰が見てるかも分からない場所で……あっ、いや、他人が居ない場所でも、これは問題あるだろ?」

「え~、そんなこと、ないですよぉ」


 可愛らしく口を尖らせて不満そうにしつつも、仕方がないと解放してくれた。


「ネボコも下ろすぞ」

「ああ、済まなかったな」

「いや、こっちこそ助かった。……って、これって助かったんだよな?」


 俺には、ここがどこかなんてサッパリわからない。

 隠世に向かうと言われていたから、ここがそうなのだろうと思うしかない。


「……そのはずだが」

「まだ分からない……ってことか?」

「うむ。なにぶん借りてきた知識しか持ち合わせておらぬからな」

「……そうだったな。そういや、これでもまだ、生まれたばっかだったな」


 未だに まだ信じられないが……

 もし俺が現実世界に戻ったら、どうなるのだろうか。

 ネボコと……この幼き守護神と二度と会えなくなるのなら、かなり寂しい。


「おお、そうだ。栄太よ、ひとつ試してみぬか?」

「試す? 何をだ?」

「御神体を失ってもなお存在し続けようとするこのモノたちに、名を授けてやって欲しい」


 俺は首を傾げ、怪訝そうな表情でネボコと、二つの幽霊(?)を見つめる。


「おぬしには前にも教えたが、名とは本来、その行動によって自然と決まるものだ。だが、ワシのように先に名付けをすることで、武に長けた姿へと変貌した。であれば、不安定な状態のこやつらも名を与えれば、他者から認識され、新たな神として定着するやもしれぬ。そうは思わぬか?」


 俺がネボコに名を与えたことで、姿が変わったのは間違いない。それだけに、そんなバカな……と、否定することはできない。


「別に名前を考えるぐらいは構わないが、たしか……ミモロ様だっけ? 立派な名前があるんだろ?」

「それはそうなんだが、水諸ミモロという存在は御神体を失ったことで滅びたわけだが、二つに分かたれて新たなる神に生まれ変わった……とも考えられる。ならば名を与えて、存在を確定させてやれば、あるいは……とな?」


 それを聞いて女神ユカヤが顔を輝かせて小躍りしながら賛同する。


「それはいい考えです。私たちの時のように、是非、素敵な名前を考えてあげてください。兄さま」


 私たちの時……?

 ネボコの名前は俺が考えたけど……

 その時、あまり抵抗が無かったのは、以前に鈴音の名前を考えたことがあったからだが。

 そういえば、たった一度っきりなのに、なぜ神様の名前を考えるのには慣れてる、とか思ったのだろうか。どうしてあれほど自信満々だったのか……全くもって不可解だ。

 それに、なぜ俺は精神世界や視界のことを知っていたのだろう。ネボコから幽世やその構造について教えてもらったが、それ以前から分かっていたような……


「……兄さま、兄さま、大丈夫ですか? やっぱり早く戻られたほうが……」


 どうやら、考えに没頭してしまっていたようだ。

 何かがすっぽりと抜け落ちているような……、そんな不思議な感覚だった。


「いや、大丈夫。身体が無事なら、だけど」

「身体のほうは、今のところ大丈夫のようです。兄さまが隠世に戻られたので、魂との繋がりも元に戻ったようです。だからといって、何か月も放置したら、どうなるか分かりませんけどね」


 そりゃそうだ。

 でもまあ、今すぐどうこうなるってわけじゃないなら……


「だったら、こっちの用事をやっておかないとな。もう二度と会えなくなるかも分からないし」

「……そう、ですね」


 なんとなく女神ユカヤの表情が曇ったような気がしたが、俺が見ていることに気付くとニッコリ微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る