17 家族襲来

 栄太が一時危険な状態となったという情報は、コマネを通じて連絡用隔離世のメンバーに伝えられた。

 こうなっては話し合う余地はない。もう一刻の猶予もないと判断したシズナは、用意していた計画を実行に移す決断を下した。




 周囲に危険な気配がないことを確認し、閉じた心を少しずつ解放していく。

 見える景色が真っ白なので、どうなっているのかと不安になったが、魂が変調をきたしたとか、そういうことではなさそうだった。

 その証拠に、自分の姿は見えている。


「ふむ、栄太よ、無事だったか。いつ消滅するかと思うて肝を冷やしたぞ」


 声のする方に視線を向けると、傍らに座り込んだネボコが、身を乗り出して横たわる俺の顔を覗き込んできた。

 整った顔に心配そうな表情が浮かんでいたが、小さく息を吐き出して穏やかな笑顔になると、うんうんとうなずいた。

 未だに管理者やら神様のことは分からないが、少なくともネボコが俺に好意的なのは間違いないだろう。俺を見捨てることなく、手助けしてくれているのだから。


「俺は、死んだ……のか?」


 さすがにこの状態なので、死というものがどういう状態なのかってところから考える必要がありそうだけど……

 少なくとも、まだ俺は、魂として存在している……ようだ。

 さっき感じた負荷は魂に対するものなのだから、こうしてまだ存在してるってことは助かったのだろう。

 だからまあ、半ば冗談だったのだが……


「馬鹿者が。まだ消滅しておらんと言っておるだろう」


 ……本気で怒られた。

 と思ったら、呆れたような表情を浮かべて、大きく嘆息されてしまった。


「名だけでなく役目や力まで与えてもろうたのだから、栄太はワシにとって親も同然。なのに、何ひとつ恩を返せぬうちに先立たれては敵わん」

「そっか……。で、ここは隠世か?」


 少し困ったように俺から視線を外したネボコは、大きく息を吸い込んで頭を下げた。


「済まぬ。ここはまだ魔界だ。あのままではおぬしの精神が持たぬと思うて、新たな隔離世に避難した」

「そうか。俺のせいで手間を取らせたな。魔界を通るのがダメなら、ここから隠世へ直接行く方法があればいいんだが……無理だよな?」

「うむ、さすがにな。ワシが方法を知らぬだけかもしれぬが、知識にはないようだ」


 いくら祝福を受けた魂でも、魔界の混沌に耐え続けるのは厳しい。

 それに、あの場所は悪意に満ちていて、それを好む悪魔が集まっているはずだ。そんな奴等にとっては、魔界に迷い込んだ幽霊や魂なんて、ご馳走でしかない。

 まあそれ以前に、見つかる前に限界を迎えてしまったわけだが……


「焦る気持ちも分かるが、今は休むことだ。その間に何か方法を考えるとしよう」


 不思議なことに霊力自体は八十七パーセントも残っている。

 だけど、悪意に晒された衝撃で動けそうにない。

 自分の不甲斐なさを嘆きながら、ネボコに言われた通り精神を休めるため、再び眠りに就いた。



 

 力無く横たわる栄太の手を握り、美晴は懸命に祈っていた。

 それを見つめる父親──郡上秋良は、心配そうな表情を浮かべる。

 もちろん栄太のことも心配だが、親としては娘のことを気にするのは当然だろう。

 まさか娘が、これほどまでに栄太のことを慕っていたとは、思ってもいなかった。それだけに、もし栄太に何かあれば、娘がどうなってしまうのか心配なのだ。


 郡上家にとって、栄太や静熊神社の人たちは恩人である。それも、一生を捧げても返せないほどの大恩人だ。

 だから秋良としても、できることなら何でもするつもりなのだが、こればかりはどうしようもない。なので、せめてもの気持ちを込めて、娘や犬と一緒に、栄太の回復を心の中で祈ることにした。

 そこへ、慌てたような足音が近付き、ノックされることもなく扉が開かれた。

 それを見て、秋良の目が大きく開かれた。


「ねえ……さん? なぜこんな所に?」


 現れたのは、女優かモデルかと思うほどの美貌を持つ、スタイル抜群の女性だった。長身かつボリューミーなので、その存在感は半端ない。


「はぁ? 何を言っているのかしら? 息子の危機に母親が駆け付けるのは当然のことだと思うのだけれど……」

「いや、だって……」


 なんせ、秋良の姉で、栄太の母親でもある繰形夏くりかたなつは、夜霧夏よぎりなつという名で、デザイナーズブランド「ジラソーレ」を筆頭に、様々な作品を手がけるマルチクリエイターとして活躍している人物だ。

 その行動は気まぐれで、無断で各地を飛び回り、誰も所在を知らないってことが多々ある。それだけに、秋良は姉がここに現れるとは思ってもいなかったのだ。


「夏、もういいか? 私にも愛息子の姿を見せてくれ……」


 夜霧夏の陰から姿を現したのは、栄太の父親である繰形道行くりかたみちゆきだ。

 こちらも身体は大きな方だが、夜霧夏とあまり変わらないので、並んでいると小さく見える。

 その道行は、様々な器具が取り付けられてベッドに横たわる栄太を見るなり駆け寄ると、美晴が握っている手を一緒になって握り……


「栄太よ、なぜこのようなことに……」


 ベッドに顔をうずめて号泣し始めた。

 その後を追うように入ってきた愛らしい女性が、みっともなく喚いている道行をなだめ始める。


「ちょっとお父さん。ここは病院なんだから、大声を出したら迷惑よ?」


 少し小柄ながらも、スタイルの良さは母親譲りなのだろう。

 整った容姿に愛嬌を備えた彼女は、栄太の姉の繰形風音くりかたかざねだった。

 風音という名義で女優としてデビューし、ドラマなどで活躍している。

 その後、夜霧夏の娘だと暴露されてからは、夜霧風音と名前を変えて活動し、ますます活躍の場を広げている。CMにも出ているので、知名度もそこそこある。

 有名人たちの突然の来院に、病院内が騒めいていたりするが、さすがにサインをねだったり写真を撮ったりするような無作法者はいなかった。

 もし道行が、大企業「大和ヴォルテックス」の重役だと知れたら、さらなる騒ぎが起きそうだけど、幸いにも誰も気付いていない。


「ごめんね、美晴ちゃんに辛い思いをさせて。栄太を見ててくれて、ありがとう」

「いやそんな。かざ姉さん、気にせんとって下さい。アタシが好きで勝手にやってるだけやから……むぐっ」


 憧れのお姉さんに抱き締められた美晴は、香りと温もりに包まれて、ふにゃ~と幸せそうに脱力した。

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