第4話

 「盗賊め、また邪魔したなぁ!」

 トルヤの叫び声が近くから聞こえた。嘘、この人まだ倒れてない?

 しかし、シンガは慌てることなく弓をおくと、洞窟にあった謎の棒を取り出した。

 そして、割った。いや、抜いた。艶やかな刃が、月明かりて光る。

 そう、あの棒は、剣だったのだ。え、どうするの?と思う間も無く、シンガはトルヤの手前で剣を降った。剣から出た光がトルヤを直撃し、トルヤは「ふぐつ」と言って倒れた。

 「え、死んじゃった?」

 「死んでない。眠ってるだけだ」

 慌てる私を諌めるように、シンガが冷静な声を飛ばしてきた。

 「……その、ご」

 「ごめんなさい!」

 気まずそうに口を開いたシンガを遮るように、私は頭を下げて謝った。

 「シンガのこと頭越しに否定しちゃってごめんなさい!二回もいや三回も助けてくれたのに、冷たくしちゃって、ごめんなさい!また、助けてくれてありがとう!黒曜石勝手に持ってちゃってごめんなさい!」

 息をつく間も無く言葉を連ね、頭を下げたまま黒曜石を差し出した。

 『シンガ、本当のことを言ったらどうじゃ?』

 いきなり、しわがれた声が耳に飛び込んできた。

 「え?」

 驚いて頭を跳ね上げると、黒曜石が目に入った。いつの間にかシンガの首にかかっていた。

 『わ、こくようせきしゃべった!』

 (え、ほんとだ?なんで?)

 私はさりげなーく黒曜石に語りかけた。

 『そりゃあ、シンガがわしの名前を呼んでくれたからじゃよ』

 「え、黒曜石には名前つけてなかったんじゃないの?」

 『まあ、なかなか微妙な名前じゃからな』

 あ、そういえば私が逃げちゃった時、シンガが何か言ってたっけ。

 黙ってやりとりを聞いていたシンガは、やがて決心したようにふいっと明後日の方向を見ていった。

 「……くじら、と言うんだ」

 『「……くじら」』

 なんと言うか、コメントに困る名前だね……。確かに、鯨っぽい色だけど……。

 「だから、言いたくなかったのに……」

『何を言ってるのだ、真が。さっさともう一つの話をせい』

「もう一つ?」

 鯨……さんの言葉に、首を傾げる私。

 「ええっと、あのコメは、お前が食べたいかと思って、盗んだんだ。ごめん。当然だよな……。ごめん、なさい」

 そう言って、シンガはまた背負っていた袋を、トルヤの元に置いた。

 「えっ……。シンガは、あの時から、私と、一緒に暮らそうと、思ってたの……?」

 「……ああ、俺も、ゆかりが突然現れたところを見ていたからな。何か事情があるのかと思って……お前のことを考えずに行動して、本当にごめん」

 「も、もういいよ、謝らなくて……。でも、これからは、なるべく盗まないでね。私、頑張るから。自分で食料とったりしてみる。できるのは宝石と話すことだけだけど、神通力持ってるみたいだし。若葉もいるし。だから……」

 「だから?」

 「シンガに、ついって言ってもいい……?」

 シンガが、大きく目を見開いた。やっぱり、図々しかったかな……?


 「……もちろんだよ」


 そう言って、シンガは初めて笑顔を見せた。

 月が照らす中、穏やかに微笑む彼に、私は思わず見惚れた。

 そして、私も微笑みを返した。本当に、久しぶりに笑った。

 それを見たシンガが、ピシッと固まった。

 沈黙が降りる。心地よい、沈黙が。

 『あの……ちょっとごめん……」

 『こやつら、起きそうだぞ?』

 若葉と鯨さんの言葉に、私たちは我に帰る。

 「は、早く移動するぞ、ゆかり!向こうに馬止めてあるから!」

「う、うん!」

 森の中をかけるシンガを、慌てて追いかける。その首元で、黒曜石がゆれる。

 『ほほえましいなぁ』

 私の手の中で、翡翠がささやいた。


 <一章 完>

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弥生の宝石姫 市野花音 @yuuzirou

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