第3話

 「そういえば、あのおかしい二人の男の人って、誰だったの?」

 チロチロとしたルビーのような火が、洞窟どうくつの石の壁に踊っている。

 むしゃむしゃとシンガが釣ってきてくれたアユの焼き魚を食べながら、なんとなしに聞いてみる。

 「それ、重要なことだろ。早く言えよ」

 『ゆかりちゃんはマイペースだからね〜』

 呆れたような、シンガと若葉の声。

 ここはあの広場から二時間馬で走ったところにある崖に空いた洞窟。そこで私たち二人と一個は、座って食事をとっていた。

 弥生時代というより縄文時代っぽかったが、シンガによると、洞窟で暮らしている人はけっこういるそうだ。

 洞窟は最低限のわらに土器、まき火打石ひうちいし、そして謎の棒が置いてあるサバイバル的な場所だった。

 火打石を使わなくても神通力で火を起こせるんじゃないかと言ったら、神通力の使いすぎは神々を怒らせるとシンガに真面目な顔をさせてしまった。

 そんなやりとりをしていたら、自分がお腹を空かせていたことを思い出し、慌ててシンガが洞窟の近くにある川にあらかじめ仕掛けてあった罠の中から、アユを取ってきてくれたのだ。ありがたい。

 あ、シンガのことは、シンガの希望により呼び捨てにしている。若葉以外で呼び捨てにしたのは、初めてだった。

 火がたかれると、暗闇に長く居たから、安心することができた。

 そして、気になることが多すぎて頭の片隅に追いやられていた疑問を思い出したのだった。

 「背の低い男はスイバといい、池を持つムラの長だ。自分が偉くなることしか考えていない、自分勝手なやつだ。背の高い男はトルヤといい、スイバと張り合う隣のムラの長だ。二つのムラは池をめぐって争っていてな、それに勝ったのがスイバのムラだ。それがトルヤは気に食わないらしく、神通力を持つものを利用して権力を高めようとしている、自分勝手な奴だ」

 「つまり、二人とも自分勝手なのね」

 『ほんと、ゆるせない!ゆかりにあんなことするなんて!』

 若葉の怒りが再熱していた。

 「じゃあシンガも神通力狙われてたから、あの人たちの事知っていて、助けてくれたの?」

 「あ、ああ、まぁ、そういうことだな」

 ん?シンガにしては、歯切れが悪いなぁ。

 まあ、自分が誰かに利用されそうになってるなんて、気分良くなくて話したくないよなぁ。

 「あのさ、ずっと思ってたんだけど。綺麗だよね」

 「は?」

 あれ、なんかシンガの顔を赤くない?

 「黒曜石」

 「………ああ、そうだな?」

 ん?今の間はなんだろ?

 「見てもいい?」

  シンガに聞くと、無言で首から外して手渡してくれた。

 キラリと輝く、鋭い黒曜石。吸い込まれそうなほど真っ黒で、艶があってすっごく綺麗。

 (初めまして、シンガの黒曜石さん。私はゆかりです。宝石の声が聞こえる神通力を持ってるみたいです) 

 にぎりしめて語りかけてみるけど、反応がない。なんでだろ。

 「おい、何してるんだ?」

 怪訝そうなシンガの声が飛んでくる。

「あ、私は宝石を握りしめていると、口に出さなくても会話することができるの」

 「そうなのか?すごいな……でも、あまりその力はよく思われていなかったんだろ?なんで俺の前で堂々と会話し始めたんだ?」

 「……あの時は気が動転してて……」

 「……確かに、いきなり走ったりしてたもんな」

 「うう……」

 気を慰めるために黒曜石を見るも、相変わらず黒い宝石は黙ったままだった。

 なんで喋ってくれないんだろ?

 「この子、どういう石なの?」

 「母の形見だ。産地は東北の方だと聞いている」

 「……そっか、じゃあ私と同じだね」

 「え?」

 「若葉もね、死んじゃった両親から誕生日プレゼントにもらったの」

 「ぷれぜんと?はよく分からないが、若葉も親の形見なんだな……」

 なんだか空気がしんみりしていた。なんとなく沈黙がおり、私は居た堪れなくなる。

 「ねえ、この黒曜石に名前ってつけてる?」

 「……つけてないぞ」

 まぁ、当たり前だよね。

 「この宝石、話してくれないの。何か、心当たりない?」

 「……あるにはある、けど……」

 シンガは迷うように下を向いたあと、決意した顔で言った。


 「俺は、盗賊なんだ」


 盗賊、……って、泥棒?

 理解した瞬間、ひゅっと喉が鳴った。

 私と同じくらいの歳の男の子が……盗賊?

 『……ゆかり、このこゆかりがめをつふってるあいだに、くらのほうにはいってた。そのときに、ぬすんだの?』

 若葉が声を荒げて聞いた。

 「……ああ」

 シンガは、背負っていた袋を取ってきて、中身を開けた。その中に、たくさんの稲穂が詰まっていた。

 弥生時代は、お米作りが始まって、お米をめぐって争いが始まった時代。

 シンガみたいな人も、いる。

  「シンガは、なんで、盗賊をやってるの?」

 「親が死んで、家がなくなったから。生きていくために……」

 「それに怒って、黒曜石が怒って話してくれないと思ってるの?」

 「……ああ」

 私は、ぎゅっと拳を握った。冷たい石の感覚が伝わってきた。

 「……私が生贄になりそうになってた時に、あの広場にシンガがいたのは、お米取ろうとしてたから?」

 「……ああ」

 「お米盗むために、神通力使ったの?」

 「……」

 「ちゃんと答えてよ、シンガ!」

 私が怒鳴っても、シンガは唇をかんで黙ったままだった。

 私は床においたままだった若葉を手に取り、すくっと立ち上がり、シンガを見下ろした。

 「ねえ、人のものを盗むのは悪いことなんだよ?あのおかしい人たちがやったこととおんなじで、悪いことなんだよ?」

 そして、後ろの出口の方を向く。

 「私、悪いことしてる人と一緒にはいたくない。でてく!」

 暗い森の方に向かって駆け出す。

 後ろでシンガが何か叫んでいたけれど、無視して木々の間を全速力でかけていく。私、これでも運動神経いい方なんだからね!

 走って走って走って息が苦しくなった頃、木の根につまづいて木の幹に手をついた時に、気がついた。

 『ゆかり、だいじょうぶ?おちついて』

 両手がふさがっていることに。

 左手に若葉。右手に……黒曜石。

 「あっ、シンガの宝石持ってきちゃった!」

 『いまきがついたの?なんかいもいったのに!もう、おちつきがないんだから』

 え、嘘……。ああ、私の馬鹿……。

 思わずずるずると木の根元に座り込んだ。

 すーはーすーはーと、深呼吸を繰り返すと、だんだん頭が冷えてきた。

 ……言い過ぎた。

 シンガにも理由があって盗賊をやっていたのに、それを全て否定してしまった。ここは、現代じゃなくて弥生時代で、盗賊がどんな存在かも知らないのに。

 どんな事情があれ、私を助けてくれたのは、シンガだったのに。

 「……シンガに、謝りに行かなきゃ」

 立ち上がって膝をさする。

 『それはいいとおもうけど、ちゃんといける?』

 「あ」

 若葉の言葉で我に帰った。

 ……ここ、どこだろ?

 「えーっと、誰かいませんか?」

 声は返ってこない。虚しい言葉が森に吸い込まれていく。

 まぁ、いませんよね、こんな夜に黒い森に、人はいませんよね。ここに馬鹿な人がいますけどね、お月様は見守ってくれてますけどね!

 絶望で謎の思考をしていると、がさり、と後ろから音が聞こえた。

 ばっ、と振り返ると、少し先の方に人影が見えた。

 「シンガ?」

 慌てて駆け寄ろうとして、止めた。代わりに、後ずさるも木の根に阻まれた。

 「これはこれはみ使い様。あの盗賊ではなくてすみませんね」

 月に照らされて見えたのは、私を利用しようとしている背の高い男の人ートルヤだった。

 少しも悪いとは思ってなさそうに言うトルヤの瞳は、相変わらずギラついていて、怖い。

 「さあ、私のムラにいらして下さい。歓迎しますよ、御使様」

 「嫌だ……」

 慌てて後ろを振り向いて逃げようとしたら、向こうからも人がやってきた。みんな、目が怖い。怖い。怖い!

 「早くこちらにきて下さい、大丈夫です。手荒なことはしませんから」

 『ゆかりになにいってるんだこのやろう!』

 「嫌だ!」

 さっきより大きな声で言い放つと、トルヤの顔が不快そうに歪んだ。

 ……怖い。逃げたい。受け入れて、諦めてしまいたい。けど、しない。

 だって。

 「私は、シンガに謝らなきゃいけないの!」

 そう言い放った直後。

 風を切る、ヒュ、と言う音。

 木の幹に突き刺さる、一本のや。

 矢が纏う光が広がっていき、目を瞑る。

 さっきよりも、早く目を開ける。

 倒れている、周りの人たち。

 その人たちの、向こう側。木の影で、弓を下ろした男の子。

 『『「……シンガ!」』』

 私と若葉の声、そして知らない人の声が、重なった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る