立ってる美形はもれなく使え
「……顔が赤いですね。もしかして熱があるんでしょうか」
「だ、だいじょ、ぶ!」
「そう、ですか? 無理はしないでくださいね」
などとひとまず鈍感系になってはみたものの、俺の顔を見上げる彼女の表情を見れば、原因は明らかだった。
すっかり美少年(R)が持ちネタになりかけていたが、そう、今の俺は美少年だ。
たとえエルフ内での顔面レアリティがRであろうと、人間の目から見れば俺も十分にSSRなのである。
里暮らしからの牢屋暮らしで正直ちょっと実感が薄くなりかけていた己のツラの良さを、俺は大層ひさしぶりに理解し直していた。
そして同時に思う。
“これ”は使えるのではないか、と。
村人たちが求めているものはなんだ。生活必需品、だけではない。
穏やかだが変化の少ない村の停滞を忘れさせる、つかの間の特別感と開放感。
要するに二か月に一度開かれるこの“市場”は、村人にとっては小さな祭りのようなものなのだ。
そして祭りの日というのは、多少値段が高くても、少し質が悪くとも、冷静に考えれば後で何の役にも立たないものでも、その日を楽しむためとあれば多少財布の紐も緩むものである。
「……お嬢さん、こちらはお返しします」
女の子の両手をすくい上げ、彼女が落とした銅貨を小さな手のひらにそっと握らせた。
「あ、あああ、ありがっ」
「どういたしまして。こちらこそ、僕に思い出させてくれてありがとうございました」
「え、はぇ……?」
「今度は転ばないように、気をつけてくださいね」
俺の言葉に疑問を浮かべかけた女の子の思考すら消し飛ばす勢いで、俺は畳みかけるようにエルフ顔面に輝くような笑みを乗せた。
ぴ、と謎の鳴き声ひとつ上げて丸い耳の先まで真っ赤に染めた彼女は、こくこくとひたすらに何度も頷いてから、ぜんまい仕掛けのオモチャみたいな動きで身を返し、広場の奥へと歩いていった。
その小さな背中が人混みに消えるまで見送ったところで、俺はゆっくりと立ち上がってヴェスに向き直る。
「ヴェス……やっぱり僕って美少年ですよね?」
「頭部造形の善し悪しには興味がない」
「じゃあ興味あるのは?」
「強さ」
「うーん潔く蛮族。……ってそんな話じゃなくて、ちょっとやってみたいことが出来たんですけど」
おそらくその切り出しからすでに嫌な予感がしたのだろう、眉間のしわを深めつつも、しかし手伝う気があると言った手前か「…………なんだ」と渋々聞く姿勢を取ったヴェスを見上げ、俺はにやりと笑みを浮かべた。
新しいものを生み出す知識や技術も、巧みな話術で客を引きつける商才も、質だけで人を呼び込める素晴らしい商品もない。
ないない尽くしの俺たちが、今この場で、手っ取り早く使える武器はなんだ。
そう。俺たちの初期装備。
それは。
「いらっしゃいませー! ぜひお手に取ってご覧くださーい!」
「あっ、あの、そのストールと同じものを……」
「はい! ありがとうございますお姉さん! きっとお似合いですよ!」
「ひえ、こここ、こちらこそ、ありがとうございます……」
──顔面(SSR/※人間基準)である。
美少年をフル活用した笑顔とともに商品を手渡しすると、客の女性は大変眩しそうに目を細めながら、震える手で品を受け取った。
エルフのツラって無駄に眩しいよな分かる、と生まれ変わったばかりのころに感じた視覚情報を思い出して内心で頷く。
生粋のエルフは基本的に表情変化に乏しいのだが、その途方もない顔面力の高さが、眉根を寄せるとか、目をすがめるとか、そんな些細な動きにすら輝度を付与してくるのだ。
そんな、ただでさえレフ板みたいなツラで、惜しげもなく満面の笑みを浮かべればどうなるか。
「あのっ! 私も同じものを!」
「わたしはそのシャツを!」
「そっちの帽子を……!」
こうなる。
ちなみに今俺が身につけているのは今までの商人風の服と黒ローブではなく、頭から足下まで、店に並んでいた売れ残りによる全身コーデである。
事前にヴェスに聞いたところ金髪翠目の組み合わせ自体はエルフだけの特徴というわけではなく、多くはないが人間にも見られる風貌だというので、耳当て付きの帽子でエルフ耳を隠した上で顔面フルオープンとなっている。
「そちらと同じ髪飾りを頂けるかしら?」
「…………銅貨二枚」
そして俺の隣に並び立つヴェスもまた全身売れ残りコーデで決めている。というか決めさせた。
名付けてイケメンマネキン大作戦。
わけわからん服でもツラの良いやつが着ればなんとなく良い感じに見える、という身も蓋もない現象を力の限り利用したものだ。
商品に足りないあと一歩の“何か”を、着用モデルの顔面力で補うのである。それで買って帰って実際に自分が着てみるとなんか違う……となるところまで含めてまぁご愛敬。
そうして俺たちのツラが話題になると、やがてそちらをメインにやってくる客も増える。
商品そのものには興味がなくとも、俺たちを間近で見て会話するためのチケット感覚で買い物をしにくる層が現れるわけだ。
そしてそこまでくれば後は勢いで、商品にも俺たちにもさほど興味はないがみんなが盛り上がっているので自分も乗っかる、というお祭り感覚の客もついでに釣れるという寸法である。
「あの、えっと、これください!」
「はい、銅貨一枚です。お買い上げありがとうございます!」
余談だがマナの塊ことエルフ、顔だけでなく声も良い。
自分の声については正確には分からないが統計(対象:里のエルフ)からして、俺もただ喋るだけで木漏れ日の射し込む穏やかな森のごとき、清涼感溢れる美少年ボイスが発せられているはずだ。
ただしエルフだらけの里では同格かそれ以上の声SSR勢しかいないので必然的に俺の声はレアリティR以下略。
「あっヴェス、こちらのお客さんのお会計もよろしくお願いします」
「お前……この装いで立っているだけで構わないなどと最初に言っておいて……」
「すみません、僕まだお金のやりとりに慣れてなくて。でもヴェスのお手本見ながら覚えますから。ね!」
「言動を一貫させろ……」
そう言いつつもお会計をやってくれる面倒見の良い人間不信ダークエルフである。
なおこの世界の通貨にまだ慣れていないのも事実だが、俺がこの場で堂々とあれこれ頼んでいる理由は、主にヴェスの近寄り難さ軽減のためだった。
黙って立っていると不機嫌そうで声をかけにくい美丈夫が、彼より年下(に見えるはず)の美少年に振り回されている姿を見れば、先ほどまでは遠巻きに見つめるしかなかった女性たちの心のハードルも下がるというもの。
雑に言えば、捨て犬に優しい不良の図をあえて演出しているということだ。
作戦の結果として、売り上げは上々。あれだけあった商品の山は順調に数を減らしている。
元々が処分品なのでひとつひとつの値段は高くないが、塵も積もればなんとやら。この調子ならそこそこの儲けになりそうだ。
「すいませ~ん、店員さん。このスカーフひとつくださいナ」
「あ、はーい! 銅貨一枚です!」
「ほいほい」
金と引き替えに品物を受け取った女性が、人波の奥に消えていくその直前、服のポケットから何かが落ちた。
地面で軽くバウンドした小さな塊はころころと転がって、俺の足下でぱたりと倒れる。
拾い上げてみると、それは円形で平べったい、銅貨とよく似た銀色の……。
「銀貨? えっヴェスこれ銀貨ですか?」
「銀貨だな」
「これって銅貨よりずっとお高いんですよね」
店で扱っているのは全て銅貨価格の品ばかりなので、銀貨にお目にかかる機会はない。
これ一枚が具体的にどれほどの価値なのかはまだ感覚的にぴんとこないが、先ほどヴェスのお金講座で聞いた雰囲気からして、落としたときにまぁいいかで済ませるには少々もったいない額であることは察しがついた。
「さっきのお客さん追いかけて届けてきます。お店のほうはよろしくお願いしますね!」
「は?」
もうピークは過ぎてるし在庫もあと少しだし、一人でも十分さばけるだろう。
まじかよみたいな顔をしたヴェスを置いて、俺は今まで脱いでいた黒いローブを羽織り、フードを深く被ってから人波の中に駆けだした。
「ぶあ?」
「うわ起きた。これ届け終わったらミルクあげますから、ちょっと大人しくしててくださいよ」
「あう~」
分かってるんだかないんだか、いや確実に理解出来ていなさそうな間の抜けた声が俺の背中とローブの合間から響いた。
そうこうしながらも、先ほどの客の特徴を思い起こしつつ人の間を進んでいく。
「えぇと確か……オレンジっぽい髪で、長さは肩くらい、」
「それにふわふわ三角のお耳と、するっとした尻尾の?」
「ありましたねぇ耳と尻尾。あれ猫獣人ってやつだったんでしょう、か……」
独り言に突如割り入ってきた声に反射的に答えてしまってから、はたと我に返って足を止めた。
声の聞こえた方向へ、そろりと顔を向ける。
「や! 美少年っ!」
すると満面の笑みを浮かべた女性が、さっとフードの端をつまんで中の俺を覗き込んできた。ほとんどゼロ距離といっていいその近さに驚いて後ずさる。
耳当て付きの帽子は被ったままだから、例えしっかり覗かれてもエルフ耳は見えないだろうが、そのへんを抜きにしても普通に驚く距離感だった。
「っど、どちらさま、ですか?」
「どちらさまとはご挨拶だナァ、探してたから声かけてあげたのに」
「探してたって……、あ」
肩くらいの長さのオレンジ髪に、赤茶色の毛並みをした三角形の猫耳と、同じく赤茶色の細くて長い猫の尻尾。
「さっきのお客さん!」
「さっきぶりだネェ、美少年な店員さん!!」
「銀貨落としましたよ」
「おっ。ありがと」
「それじゃ、お買い上げありがとうございましたー」
サクサクと用件のみを済ませて帰ろうとした俺の両肩を、猫獣人の彼女がすかさず掴んで止める。
さほど力がこもっているわけではないが、こちらを逃がすつもりのないことが分かる、がっちりとした掴み方だった。
「……何かご用でしょうか」
エルフ耳は見えていない、はずだ。
金の髪と翠の目の組み合わせは、エルフだけのものというわけじゃない。ツラが良すぎるのも、人間にだって多分それなりにいるだろ。
治癒魔法を使ったときだって一応注意は払っていたし、誰か見ていたなら俺より先にヴェスが気づいて使う前に止めてきそうなものだ。
そもそも俺はエルフ第二のトレードマークともいえる長髪もばっさり切っている。
立ち居振る舞いのエルフらしくなさは、里のエルフ全員の保証付き。となれば現状で第三者からエルフだと断定されるほどの要素はないだろう。
そう思いつつも、微かな緊張が体を包んだ。
目当ては俺か、それとも。
背中にいる赤ん坊の重みに少しだけ意識を向ける。
「ねぇ美少年、キミさ」
そっと体を寄せてきた猫獣人が、耳元で囁くように告げた。
「──火薬の匂いがするね」
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