エルフの道も一歩から
夕暮れにさしかかる山中の沢沿いで、ファンタジーの豊かな自然に似つかわしくない破裂音が響きわたる。
ひとつ。ややしばらく間をおいて、もうひとつ。
びりびりと空気を震わせる銃声に、周囲にいた鳥が一斉に羽ばたいて空へと逃げていく。
それを視界の端におさめながら、ふう、と息をついて構えていた銃を下ろした。
撃ち出した銃弾は狙った箇所にぴたりとはいかなかったものの、
猫型ロボットと一緒にいる小学生のようなガンマンの才能こそなかったが、少なくとも体術や魔法よりはよっぽど希望が持てそうだ。それは朗報と言っていいだろう。
「中々、うまいもんだな」
少し離れたところで様子を見ていたムシダの褒め言葉に、ありがとうございます、と笑顔を返した。
ちなみにヴェスは赤ん坊を雑めに片腕で抱きつつ、近場の岩に腰を下ろしている。赤子といえども奴の大嫌いな人間という種族を持たされているためか、響く銃声がうるさいのか、その両方か、眉間のしわは大変に深い。
そして赤ん坊はそれほどの銃声が響く中ですら安らかに爆睡していた。スラファトが施設をトマト祭りにしている間も彼女の小脇に抱えられながら、おそらく包みの中ですやすや寝ていたであろう赤子だ。面構えが違う。
「もう一発撃ったら終わりにしますね」
火薬も銃弾も貴重らしいのであまり無駄遣いしないように、とりあえずこの辺にしておこう。
監視役としてついてきてもらった
「しかし……鉄砲の撃ち方を教わりたい、と言ってたわりには動きにさほど迷いがねえが、初めて扱うわけじゃないのか?」
俺が火薬と弾を銃身に詰め直していると、詮索というよりもただ疑問に思ったのだろう、ムシダが不思議そうな声でそう尋ねてくる。
実はハワイで親父に習った……なんてことは一切なく、前世で触った銃なんてゲーセンのガンシューティング用コントローラー程度のものだ。
もちろん映画やドラマなんかで銃の出てくるシーンは何度も見たが、それも大抵はリボルバーかオートマチックの銃で、フリントロック式の弾の詰め方など前世の俺は知る由もなかった。
そんな俺がこうして弾を込めて撃つところまでは教わらずともどうにかこなせているのは、ひとえに今世での経験ゆえである。
「自分で撃ったのは今回が初めてです。でも、里の仲間が撃たれているところはたくさん見ましたから」
見よう見まねです、と笑ってみせると、ムシダは少しだけ言葉に詰まった。
「……そうか」
そして俺の言葉から何を察してくれたのか、やがてぽつりと返された相づちには、ほのかな憐憫が滲んでいるようだった。
何一つ盛らずに事実を伝えるだけで同情が買えるシステム、非常にコスパがよい。
視界の端でヴェスが人間達の所業への苛立ちと、同情を買うことに余念がない俺に対するようやるわ的な呆れが入り交じったなんともいえない表情を浮かべていたが、そんな複雑な感情を滲ませる様もまたムシダ視点では良いエッセンスになっていることであろう。一石二鳥ならぬ、一エルフ二同情。お得である。
そうこうしているうちに再装填を完了したところで、火皿に火薬を置いて、同じ木の幹に向けて銃を構えながら、改めて考える。
確かに撃てはする。撃てはした。しかし、それだけでは足りないのだ。
ここはファンタジーな世界であるが、フィクションではない。さらにこの銃はマガジンを入れ替えてサクッと撃てるお手軽オートマチックではなく、一発一発、火薬と弾を銃身に詰めて火薬を火皿に置いてようやく撃てるフリントロック式。なんとなくスタイリッシュにばんばん撃って万々歳でミッションコンプリート、というわけにはいかないのだ。
風向きやら着火してから弾が出るまでのラグやら、外したときに二発目を詰め直す時間やらをしっかり考えてから撃たなければ、ただでかい音が出るだけのオモチャに成り下がってしまう。
畑の害獣の追い払うならそれでもいいが、切り札にするのであればせめてもう少し精度を向上させなければ話にならない。まぁそのへんは俺の腕の問題なので、要練習といったところだ。
それにメンテだってちゃんとしないと、こいつもすぐ使い物にならなくなってしまうだろう。
確か前世で見た映画なんかでは殺し屋が銃を分解して手入れしていたけれど、俺に銃を分解してもう一度組み立てられるだけの知識はない。施設の兵士たちもさすがに目の前でメンテまではしていなかった。
となれば一度バラしたら二度と元に戻せなさそうで、うかつにいじれないのが現状だ。
なるべく早めにどうにかしたい問題ではあるが、他に銃を持っていそうなのはエルフネギしそうな相手ばかり。
教えを請える相手がいないため、ひとまず撃てるだけよし、として今のところ保留にするしかない。
まったく、要練習、要改善、要検討。そんなのばかりだ。
三回目に撃った銃弾は、狙いよりも少し下に着弾した。
そうしてその日は山の中で野営をし、翌日陽が昇るころに出発。
余談だがヴェスは非常に真剣かつ必死に短期間で三つ編みのやり方を習得したため、それ以降は毎朝自分で髪を編んでいる。閑話休題。
途中で目を覚ました赤ん坊の世話をしたり、馬車の揺れにきゃっきゃとはしゃぐ赤ん坊の相手をしたり、他の団員と世間話をしたりしながら、昼前には目的の村へと無事にたどり着くことが出来た。
その村の規模は取り立てて大きくも小さくもなく、ファンタジーで村っていったらこんな感じ、というお手本のような村だった。旅立ちの村とか名付けたい。
昼食の準備でもしているのか、家々の煙突からは白い煙がやわく立ち上り、何かしらの食べ物の匂いが風に乗って鼻先をくすぐる。
タリタが世間知らずエルフの練習先に選んだだけあり、至ってふつうで穏やかな空気が漂う村だった。
「村長に挨拶に行ってくる。おまえらは、いつも通りに準備を進めとけ」
「ハイお頭!」
先に馬車を降りたムシダが、のしのしと村のどこかへ歩いていった。
絵面は完全に、恐怖!平穏な村に突如現れたヒグマ!といった感じだが、道行く村人たちは驚くどころか、慣れた様子で「どうも団長さん」と自然に挨拶を交わしていた。
「皆さん、こちらの村にはよく来るんですか?」
「団員の顔ぶれはその時々だけど、商人ギルド直属の自警団としては二ヶ月にいっぺん、定期的にな。そういう契約なんだ」
俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりとした歩みで村の中を進んでいく。
そして中心の広場らしきところにたどり着くと馬車は止まり、御者をしていた団員が「到着!」と軽快な声を上げた。
「さ、ご両人。ここからはしっかり手伝ってもらうぜ」
「あんたらは姐さんやお頭のお客人だが、今ここでは二人そろって“商人見習い”。おれらの後輩だ。そのつもりでよろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
「………………」
ち、と小さな舌打ちが隣のヴェスから聞こえたが、ここは事前の打ち合わせで了承済みの部分であったため特に否定の声は返らなかった。不本意そうな顔ではあるが。
他の団員達に続いて馬車を降りると、広場を通りがかった子供がこちらを指さして「おみせやさんだ!」と弾んだ声を上げる。
団員たちは慣れた調子で軽く手を上げて答えてから、積み荷が山のように乗ったもう一台の馬車に向かい、てきぱきと荷物を降ろし始めた。
俺はタリタが用意してくれた赤子を背負うための帯みたいな布で背中に赤ん坊を固定してから、降ろされた荷を解くのを手伝っていく。
嫌そうだったヴェスはといえば、あれでいて一度引き受けると決めた仕事はきっちりこなすやつなので、今はもう黙々と積み荷を降ろし続けていた。
それどころかどう考えても一人で持つサイズじゃない重そうな荷物まで片手で軽々と移動させている。なんだあれ。
「え、ヴェスってなんか、力持ちですね」
「何を言っているんだお前は。私はダークエルフだぞ」
「ダークエルフって筋力もすごい種族なんですか?」
ヴェスはそれなりに引き締まった体つきをしているとは思うが、見た目はそんなでかい荷物を片手でひょいひょい出来るほどのムキムキナイスバルクには見えない。
いやでもファンタジーだし外見にそぐわぬパワータイプであってもおかしくはないか、と己の中で勝手に納得しかけていると、ヴェスが“ウソだろこいつ”みたいな顔で何事かを言い掛けた。
だがちょうどそこで他の団員に呼ばれてしまい、かのダークエルフはひとつ溜息を吐くと「また後で」と言って身を翻した。
確かに、今はせっせとお手伝いする健気なエルフを見せつけるターンであったと俺も作業に戻る。
その合間合間に団員たちが今回の仕事について改めて説明してくれたところによると、この村は四方を山に囲まれていて、街道からもだいぶ離れている上に道中の山には魔獣が出ることもあるため、あまり行商人などが寄りつかず、村人のほうも若者や男連中以外はおいそれと街まで買い出しには出られない。
よって村長の依頼を受けた商人ギルド直属自警団である彼らが、二ヶ月に一度ほど直々に出張販売をしに来るという手間をかける代わりに、村で採れた作物や作った工芸品などをお手頃価格で仕入れさせてもらう、という契約になっているらしい。
ここの野菜は質が良いから他の街に持って行くとよく売れるんだ、と団員のひとりがしみじみと言っていた。
対価を払ってまで商品を売りに来てもらって物を買う、というのは村側の損が多いように見えるかもしれないが、ギルド側も農作物等々は多少まけてもらっているだけで不当に買い叩いているわけではないし、村人たちのことを考えてもやはり時にはこういった“楽しみ”が必要なのだという。
俺もエルフの里とかいう行商人どころか住民の入れ替わりすら皆無の、限界を通り越した極限集落に住んでたから気持ちはめちゃくちゃ分かる。人間は変化とか時々の楽しみがないとわりと軽率に死ぬ。心が。
そんなこんなで俺たちが運んできた荷の中身は、食料品、衣料品、医薬品から化粧品、娯楽の品まで多種多様だ。
簡易的な店として広場を円形に囲むように配置された敷き布の上へ、俺が言われたとおりに種類別で品々を配置していく傍らで、ヴェスは片手にでかい木箱、小脇にでかい巻いたカーペットみたいな布、もう片手にでかい袋と壺を抱えてそのへんをすたすた歩いていた。ナイスバルク。
赤ん坊は俺たちと行動を共にするようになってから初めての、森と屋敷以外での外出に興味津々である。
時折聞こえるはしゃいだ声と、興奮してうごうごと手足をばたつかせている感覚が背中から伝わってきていた。まぁどうせすぐ寝るだろ。
そうして一通りの準備が終わったのは、昼を少し回ったころ。
いつの間にか戻ってきていたムシダも加わり、馬車の周辺に集まって全員で軽い昼食を取り終えたところで、「さて」とムシダが注目を集めるために手を叩いた。大きな肉球同士がぶつかりあってポフッだかモッだかよくわからん音がする。
「客がお待ちかねだ。全員、しっかりやれよ」
ハイお頭、と団員たちのきれいに揃った野太い声が響き、各自が素早く持ち場に移動する。
ムシダの言葉通り、少し前から広場の周囲にはそわそわと浮き足だった様子の村人たちが集まり始め、今か今かと“開店”を待ちわびていた。
「ムシダさん、僕たちはこのあと何を手伝えばいいでしょうか」
「……そこの店だ」
と言ってムシダが指……爪?で示したのは、なにやら色んなものが雑多に置かれた小さなスペースだった。
店とは言うが、いらないものを全部まとめてとりあえずそこに置きました、みたいな物置っぽさがある。
「誰もいませんけど、どなたの担当のお店なんです?」
「お前たち二人だ」
「へぇ、そうなんで、……」
流れるように相づちを打ちかけて、止まる。
「お前たちって……えっと、僕らですか?」
「ああ。そこはお前たちの店だ。品物は今まで他で延々と売れ残りに売れ残った、まぁ、処分品だな。だからもし品が売れたら、その金は自分たちの儲けにしていい。どうせ近々廃棄予定だった品ばかりだから、別にひとつも売れなくてもいい。気負わず好きにやってみろ」
言うだけ言ってこちらの返事も聞かずに、それじゃあ、とムシダは去っていく。
取り残された俺は、その場で細く長い息をゆっくりと吐いてから、隣で興味なさげにたたずんでいるヴェスを見上げた。
「ヴェスは人里で生活してたことあるんですよね」
「ああ」
「買い物くらい当然したことありますよね」
「……まあ」
「じゃ、大変お手数ですが、お金の種類とか数え方から教えてもらっていいですか?」
金という概念のない極限集落エルフの里で生まれ育ち、途中からは牢屋暮らしで給料無しの暗黒治験をしていた、この世界の一般常識ゼロエルフ俺。
はじめてのおつかいをすっ飛ばして、初めての店を構えることになりました。
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