第二章 騒乱

第12話

 襲いくる化け物を薙ぎ倒し、息も絶え絶えに商業施設の中に滑り込む。

 いくつかある商業施設の入り口はどこもシャッターが降りきってしまっていていたので、無理矢理シャッターを少し上げて隙間から滑るように入った。


 建物の中には長年の雨風の影響を受けたであろう色褪せた喫茶店の看板が転がっていた。他にもゴミなどが散乱している。

 まだ成大たちの後ろには数体の化け物がそのあとを追いかけてきているようだ。残念ながらこれ以上戦闘を続けるには体力が保たないと判断した成大たちは錆びついたシャッターを思いっきり降ろして化け物の侵入を防ごうとした。

 数回化け物がシャッターに体当たりをする。その度にシャッターは揺れて錆を落とし、今にも壊れんばかりに悲鳴を上げた。


「ちょっとどけ」


 低く冷静な声が響き、どすんと大きな音を立ててシャッターの前に棚が置かれる。どうやら近くの本屋の棚を持ってきたようだ。

 化け物はそれでも突進をやめなかったが、しばらくすると諦めたのか他の獲物を見つけたのか静かになった。


「わるい、助かった」

「たまにはサツに恩を売るものを悪くはねぇな」


 飯島が向き合って礼を言ったのは先程本棚を置いてシャッターの耐久度を上げてくれた図体のいかつい男性だ。

 左目の近くに傷跡がある男性は飯島の礼に鼻で笑って顎をくいっと動かした。どうやらついてこい、という意味らしい。


「俺は服部はっとり孝ノ介こうのすけ。コウさんって呼べ。さもないと殺す」


 自身の名を名乗った服部は呼び方を強要するとギロリと睨みを効かせてきた。


「は? まぁ、べつにいいけどよ……俺は福田数博」

「飯島憲だ」

「光川成大」

「カズとケンとミツだな」

「なんか俺だけ変なあだ名……」


 成大たちの自己紹介を聞いた服部はさっそく成大たちにあだ名をつけた。

 福田や飯島は良いとして、ミツというなんとも言い難い珍妙なあだ名に、少し不服そうな反応をした成大を他所に服部は満足そうに頷いた。


「……あれ? 冨山さんは?」

「え?」


 成大の言葉で飯島たちは周囲をきょろきょろと見回した。そこにはずっとビクビクと肩を震わせていた冨山の姿はなく、商業施設の店の奥に数人が固まって身を潜めている姿しか見当たらない。


「冨山? 他に人がいたのか?」

「あ、ああ。先程まで俺たちと一緒にもう一人、女性がいたはずなんだが」


 首を傾げる服部に冨山のことを説明すると、服部は再度口を開いた。


「ここにきたのはおまえら三人だけだったぞ」


 服部の告げた言葉に成大たちは顔を見合わせた。商業施設にやってきたのが三人だけだということは、成大たちはどうやらアパートかどこかに冨山を置いてきてしまったらしい。


「……わりぃとは思うけど、俺はわざわざ探しに行かないからな」

「俺もだ。こんなことを言うのは失礼だが……俺たちでも自分を守るのに手一杯だったんだ。彼女があの状況で生き残っているとは考えにくい」

「そうですね。冨山さんが生きてるにしろ死んでいるにしろ、今外に出るのは危険です」

「わかってんじゃねぇか」


 成大たちの言葉に服部はにたりと口角を上げるとまた足を進めた。

 成大たちは先程まで絶え間なく化け物に襲われながら移動していた。全員が全員自分の身を守るために最善を尽くしたつもりだ。

 それでも冨山がはぐれてしまったというのならば、残念ながら冨山が生き残っている可能性は低い。男とか女とか関係なく、あの状況で一人取り残されてしまえば、生き残れるはずがない。


 もし、ここに正義のヒーローというものがいようものなら自身の身を危険に晒してでも生きているかわからない冨山を助けに行くだろうが、あいにくと成大は正義のヒーローになるつもりなど微塵もなかった。

 どちらかというと成大の性格はヒーローよりもヴィランに近い。わざわざ平和を壊そうなどとは思わないが、暴力を振るわれたときは暴力で返す。殺されそうなときは殺し返す。むしろ、それ以外の解決策を知らなかった。


「どこに行くんですか?」


 おとなしく服部のあとを追いかけていた成大だったが、少し疑問に思って目の前を歩く服部に尋ねる。


「この商業施設はボウリング場やカラオケ、それと多くの店……の廃墟で成り立っている。俺たちはそこのボウリング場を根城にしようって巣作りをしててな」

「俺?」

「あいつらの紹介は着いてからのお楽しみだ」


 成大が首を傾げると服部はまたもやにたりと笑った。

 服部がどういう基準で仲間を集めているのかはわからないが、やはり飯島が警察官で拳銃を所持しているからか、飯島含む成大たちを仲間に引き入れようとしているのを感じた。

 おそらく店の奥で隠れるようにしてこちらの様子を窺っているプレイヤーたちは服部の仲間になれなかった者か、服部の厳つさに怯えて近づけない者たちだろう。


 うっすらと向けられる視線を無視して服部のあとをおとなしく着いていけば、ショッピングモールになっていた先程の建物との間に重厚な扉が現れた。

 その扉を服部はなんの躊躇もなく開くと、扉の先には大きな空間が広がっていた。


「うわ」


 隣にいた福田が小声でそう漏らす。

 広さに感激して出た感嘆の声ではない。天井の一部が崩壊して中の鉄筋が顔を覗かせたり、そこら中にゴミや土埃が転がっている光景に思わず漏れた冷めた声だった。


「あっ、コウちゃんおかえりー」


 本来なら店員が客とやり取りをするカウンターの所から顔を見せて服部に声をかけたのは高校生くらいの女の子だった。


「なにぃ? なんかいっぱい連れてきてんね」


 成大たちの存在に気がついた女性はじろじろと品定めするような目つきで成大たちを見ながらカウンターから出てきた。

 服装から見てやはり高校生のようだ。白いブラウスは着崩されていて、その上に大きめのカーディガンを羽織っている。スカートの丈は膝よりも高く、きらきらと装飾された爪やこんな状況であるにもかかわらず綺麗に整えられたメイクを見るにいわゆるギャルというイメージを抱かせる見た目だった。


「最初に拳銃ぶっ放したやつがいたろ。そいつが商業施設ここに逃げ込んできたから保護してやったんだよ」

「さっすがコウちゃん、やっさしー」


 ギャルは甘ったるい声で言葉を吐くと服部の腕に自身の腕を絡ませた。腕を絡まれた服部も満更ではない顔をしている。


「俺たちは保護されたつもりはないんだが……まぁいい、俺は飯島憲だ。こちらの彼は福田数博くん、それでこちらの彼は光川成大くんだ」

「ふぅん、あたしは石里いしざと真里亜まりあ。よろ〜。ほら、根暗くんも隠れてないで挨拶くらいすれば?」

「ひぃっ」


 飯島が成大たちの分も含めてまとめて名乗ると、ギャル――石里も名乗った。そしてカウンターの奥に野次を飛ばすように鋭い声をあげると奥から小さな悲鳴とともに黒髪の青年が姿を現した。


「あっ、え、っと……ひ、平井ひらい那央なお、です。高校二年生……です」


 自信なさ気にオドオドとした様子の平井は石里とは違い、制服を着崩すことなくきっちりと着用していた。

 出会ってからたった数分しか経っていないが、平井は真面目だが気の弱い性格の持ち主だということが一瞬でわかる。そして石里たちの尻に敷かれていることも簡単に察せられた。


「はっ……コウさんがさっき言ってた俺たちって言うのはこのお二人のことだったんですね」


 成大が服部のことを服部さんと呼ぼうとしたときキッと睨まれてしまい、おとなしく希望通りのコウさん呼びに訂正すると服部は満足そうに頷いた。そんなにコウさんと呼ばれるのが好きなのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る