第11話

 とんでもないことをしてしまったと毎日のように自分に嫌悪感を抱きながら眠り、裁判の日を待った。


 結果は執行猶予付きの有罪判決だった。死者の出た事故であったが、和沙が事故を起こしたことを素直に認め、自身の行動の非を認め反省した姿が刑を少し軽くさせた。

 遺族の家族は傍聴席で涙を流し、和沙はぴくりとも笑うことなくひたすら謝罪の言葉を繰り返して裁判場を後にした。


 それから数日後、諸々の手続きを終えて出所した和沙は世話になった警察に深々と頭を下げ、タクシーを拾って家に帰った。


 久方ぶりの家。玄関の扉を開けても夫の声が聞こえない。

 仕事に行っているのだろうかと思いながらリビングに入ると、そこには夫が首を吊って死んでいた。

 足元には遺書があり、なんでも職場で人を轢き殺した和沙の夫、犯罪者の夫だと責められ、会社のイメージダウンに繋がるという理由で解雇されていたそうだ。

 それでも和沙のため、息子のためにと貯金を切り崩しながら頑張って生きてきた。しかし、犯罪者の夫という烙印を押され、近所の人に後ろ指を指されながら生きていくのに疲れたと、遺書の最後にごめんという謝罪の言葉と涙の痕を残して死んでしまった。


 夫の遺体と遺書の前に、力なく座り込んだ和沙の袖が後ろから引っ張られる。

 振り返るとそこにはおもちゃを抱えたまだ三歳の息子がいた。

 夫は、和沙とこの子を置いて先に逝ってしまった。


 あとを、追わないと。そう考える和沙の思考を知ってか知らずか、息子は楽しそうに笑っておもちゃで遊ぼうと誘ってきた。

 パパは寝てるのか一緒に遊んでくれないから。そう言った息子は人の死というものを理解していなかった。

 久しぶりに帰ってきた母親とお気に入りのおもちゃで遊びたい。そんな無邪気な息子の瞳を見て、和沙は息子を抱き寄せると声を上げながら大粒の涙を流すことしかできなかった。


「ああ、きっとこれは報いなのね」


 和沙は目の前の光景に、眉を下げることしかできなかった。

 戦闘時において頼りになる飯島たちは足が速く、足の遅い和沙はアパートに取り残されてしまった。待って、と呼び止めた声も化け物たちの悲鳴でかき消されたのだろう。誰も和沙がいなくなったことに気が付かずにアパートを飛び出していった。


 一人きりになった以上、生き残るには自分でなんとかするしかない。しかしこんな非力な腕では、化け物たちは殺せない。そんなことは考える必要がないほどわかりきったことだった。


 べちょっと音がして背後を振り向く。そこにはもう一体化け物がいた。いや、眼前と背後どころか、周囲は化け物に包囲されていた。


「まっまっ!」


 このアパートの二階の部屋で襲ってきた蛙型の化け物が叫びながら和沙に向かって飛んでくる。

 和沙は無意味だとわかりながらもパイプを振りかざす――空振り。


「ああ、そういえば私って体育は苦手だったわね」


 背後から胴体を鷲掴みにされる感覚。

 目の前の化け物が和沙の頭に手をかけた。ギチギチと音を立てながら和沙の頭が押しつぶされる。

 車に押しつぶされるのは痛かっただろうか。いや、絶対に痛かっただろう。これはきっと当然の報いなのだと人生を諦めた和沙は、最後に唯一の気がかりだった息子の未来を案じて。


 ――ぐちゃり。


 人体の潰れた音が、誰もいないアパートの中にこだました。


 ◇◇◇

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