第13話

「真里亜とはこの商業施設の中で出会ってな。こんなか弱い女じゃ、あの化け物どもに簡単に殺されちまうだろ。だから守ってやってるんだよ」


 そう言って服部はいやらしい目付きで自身の腕に押し付けられた石里の豊満に膨らんだ胸元を見た。石里もそのいやらしい目線に気がついているようだが、気にしている様子はない。


「んでそっちのもやしはこのボウリング場に隠れてたのを見つけたんだ。俺たちも広めの隠れ場が欲しかったから、守ってやる代わりにこの場を譲ってもらったんだよ」


 顎をくいっと平井の方に動かして服部はそう言葉を続けた。平井は自身の腕をぎゅっと握りしめて視線をずらした。


 つまり服部は商業施設の中で石里と出会い、下心を持って行動を共にしている。そしてこのボウリング場にやってきたときにいた先客の平井を脅す形でボウリング場を占拠したというところだろう。


「そうか。一人で行動するよりは大勢で行動した方が化け物と戦闘になった際の勝ち目が上がるから、徒党を組むのはいい判断だと思うぞ。それより、俺たちは水分がとれる場所を探しているんだが……知らないか?」


 服部たちは成大たちより先にこの商業施設にたどり着いている。成大たちよりはこの建物内に詳しいはずだ。飯島は服部に問いかけた。


「そうだな、水の出る場所ならもちろん知ってるぞ。この商業施設の中にある映画館だ。あこにあるスタッフルームやトイレは普通に水が出てきたから、ガキが言ってた水道が通っている場所ってのはあそこだろうな」

「映画館?」

「あっ、あのこれ、よかったら……」


 成大が疑問に思って首を傾げると平井がなにかを渡してきた。

 折られたそれを開くと、館内マップの書かれたパンフレットだった。この商業施設は三階建てで、三階は全面駐車場になっている。成大たちが今いるボウリング場は一階のショッピングモールを抜けた端で、ちょうどその真上の階にあるのが映画館という構造のようだ。


「エスカレーターは全部止まってるけど、普通に階段みたいに登ることはできるので……ただ、ここのエスカレーターは崩れてきた天井が障害になって通れません」


 パンフレット上の西側のエスカレーターをとんと叩いて平井は説明してくれた。

 しかし成大が疑問に思ったのはこの建物内の構造のことではない。


「なんでコウさんたちは映画館を根城にしていないんですか?」


 服部の情報によると水道が出るのは映画館内だけだ。それなら一つ階下のボウリング場ではなく水分を確保しやすい映画館内を根城にした方がどう考えてもいいだろう。


「そうしたいのは山々なんだがなぁ……なにぶんここに集まってるのは人殺し集団。俺を含めて犯罪者ばっかりじゃねぇか。そんなやつらが集まるとどうなると思う?」

「……安全な場所を巡って争いが起きる?」


 服部の問いにしばらく考え込んで答えた言葉はどうやら当たっていたらしい。服部は静かに頷いた。


「人が喧嘩する。それに呼び寄せられるように化け物が集まる。今じゃ映画館が一番危険な場所だ。それに映画館の三番シアターはあそこ……ほら、天井が崩れかけてるあの場所の真上だからよ。普通に崩壊する危険もあって危ない」

「だからぁ、取れるだけ水をぶん取ってここにこもってるってわけ」


 ベタベタと見ているこちらが不愉快なほど距離が近い服部と石里の奥、平井が姿を隠していたカウンターの奥には山積みにされたペットボトルが転がっている。しかしその大半は空になっており、水が入っているペットボトルは残り十本程度だ。


「ま、おまえらも喉乾いてんだろうし飲めよ。と言っても水を入れてるこのペットボトルはここで拾ったやつだから若干汚いのは我慢してくれよ?」


 そう言って服部は成大たちに一本ずつ水の入ったペットボトルを渡してきた。


「随分と気前がいいですね」

「はは、まぁな」


 にたりと笑った服部を見てこれはあとでなにかを要求されるなと思いながらも成大はペットボトルに口をつけた。

 同じく喉が乾いていたであろう飯島たちもごくごくと水を飲み干していく。


「いい飲みっぷりだ」

「それはどうも」


 服部の言葉に適当に相槌を打った。

 平井は気が弱い。服部はただで誰かに優しくしない。出会ってからそう時間は経っていないがそれくらいは簡単に理解できた。

 服部は成大たちに水を渡した。次は成大たちになにかを要求してくる時間だろう。


「見ての通り、あと少ししか水が残ってねぇ。しかもその大事な水を一度に三本も他のやつにやっちまった」

「御託はいい。どうせ俺らに水を持ってこいとか言うんだろ」


 空になったペットボトルを不機嫌そうにぐしゃりと潰した福田はにたにたとゆっくり言葉を紡ぐ服部に結論を急かした。


「まぁ、そうだな。ここに籠城するにも水分は大事だからそれを回収するのをおまえらは手伝ってくれればいい。ああ、安心しろ。べつに一人で行けなんて鬼みてぇなことは言わねぇよ。俺も行く。人手が多い方が一度に運べるペットボトルの数が増えるってもんだ」

「なるほど、理解した。協力しよう」

「快い返事に感謝する……ククッ」


 服部の提案に飯島が頷くと、服部は愉快そうに笑みをこぼした。それを見て飯島は不思議そうに首を傾げる。


「なにがおかしい?」

「あ? いや、わるいわるい。サツが俺の言うことを素直に聞いてくれるもんだから愉快な気持ちになっちまってな」

「ヤクザかよ」

「ヤクザだよ」


 福田のつっこみに服部は頷いた。

 見た目の厳つさ。顔の傷跡に目付きの悪さ。服の隙間から垣間見える刺青からそちら方面の職業の人間かと疑ってはいたが、どうやら本当にそうだったらしい。


「そうか」

「そうか……って、そんだけかよ。他にもっとなんかこう、言うこととかないのかよ。ヤクザの手は借りねぇくらいは言うもんじゃないのか、普通?」

「今は普通ではないからな。人の命、ましてや自分の命がかかっているんだ。手錠を持っているわけでもないんだから逮捕もなにもできなし、する気もない」

「おいおい、こいつ本当に警察かぁ?」


 自身を裏社会の人間だと認めた服部だったが、飯島がそのことを気にしている様子はない。

 淡々とした飯島の反応を見て服部は眉を顰めた。自分が思っていたより飯島の正義感が薄いと感じて少し不服そうだ。


「今は俺たちが争っていても無駄だ。だからたとえ相手が本来であれば逮捕するべき相手でも、争うつもりも身柄を拘束するつもりもない」

「ほー、そうかよ」


 飯島の言っていることはそこまで間違っていないと成大は思う。少しでも生き残る可能性を高めるためにはヤクザだろうがなんだろうが利用した方がいい。身柄の拘束なんてすれば化け物を誘き寄せる餌くらいにしかできないだろう。


「じゃあ、俺はこいつらと一緒に水を取ってくる。おまえらはここで留守番しとけ。誰も入れるなよ?」

「わかってるって、まかせてよコウちゃん」


 石里が甘い声で服部に声をかける。

 服部はスクールバッグに入る分だけの空のペットボトルをねじ込み、床に転がっていたレジ袋や紙袋にもペットボトルを詰め込んで成大たちに手渡した。


「ちゃんとバリケード張っとけよ」

「は、はいっ」


 服部に軽く睨みを効かされ、平井は怯えた声をあげてコクコクと頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る