第5話

「……まぁ、こうなったものはしかたがない。外部に助けを求めようにもできないというのならば、やるしかないだろう」

「やるって……化け物を全滅させるんですか?」

「ああ、そうするしか生き残れないならしかたがないだろう。相手がまだ人間だったのなら多少の抵抗はあったが……化け物なら殺しても罪には問われないだろう」


 成大の問いに飯島は迷いなく頷く。

 切り替えが早くて頼りになりそうだ。成大もあまりうじうじしているのは好きではない。ここはさっさと気持ちを切り替えていくしかないだろう。


「無理だよ……あんなのに勝てるわけない!」


 おとなしく話を聞いていた男性が悲鳴にも似た声をあげる。

 たしかに化け物は人間を一握りしただけでぐちゃりと潰してしまえるほど力が強い。しかし、どんな生き物にも弱点はあるはずだと成大は考えた。


「そ、そうだ! あんたは拳銃を持ってたんだよな。実際、化け物を一匹殺してた! だからあんたが化け物を殺していけばいい! 飛び道具なら安全な場所から撃てるだろ?」

「悪いが弾は残り三発分しか残っていない。もう二発撃ってしまったからな」

「替えの薬莢は⁉︎」

「そんなもの、持ち歩いているはずがないだろう」


 飯島の言葉に男性は項垂れた。

 たしかに日本では警察が発砲することは少ない。暴力のない平和的解決を意識しているのかは知らないが、威嚇程度にしか使われない拳銃の替えの弾を常備していないのは素直に納得できた。


「どうすればいいんだよ……」

「まずはあの化け物とやらの弱点を探す方がいいだろう。生き物である以上はどこかしら弱点はあるはずだ。やはり頭や血管の通っている首あたりだと思うが……」

「あの化け物に血管なんてあるの?」

「あると思いますよ」


 飯島の言葉に首を傾げた女性に成大は頷いた。

 デスゲームのスタート位置の会場の扉を抜けるときに成大は化け物に捕まれそうになった。しかし飯島が化け物の手を撃ち抜いたことで難を逃れたのだ。

 そして成大はそのとき、化け物の手から少量ではあるが血が噴き出るのを目視した。つまりは化け物に血が通っているということだ。


「血に似た色の体液、ということもありえるかもしれませんけど」


 成大が見た血らしきものは赤色をしていたが、映画で見るエイリアンの血が緑色のように、虫を潰したら変な液体が出てくるように、もしかしたら成大が血だと思ったものは本当は血ではないかもしれない。だが、化け物の体から吹き出してきた以上は赤い体液を持った生き物であることは間違いないだろう。


「に、逃げた方がいいんじゃないかしら……」


 化け物が死ぬところを見た以上、化け物は不死という最悪の可能性は払拭された。成大と飯島がどうやって化け物を殺すかと考えていたところ、隅で怯えていた女性が声を震わせながら発言する。


「だ、だって、あんなのと戦うなんて私にはできない……それならこの島を出て……」

「少年が潮の流れが速いと言っていただろう。体力のない者は溺れてしまうだけだと思うが」

「船……筏を作ればきっと」

「よほどしっかりとした作りの筏でなければ海に出たところで途中で崩壊するだろう。あまり現実的ではないな」

「う、ううぅ」


 飯島に淡々と事実を告げられ女性は丸くしていた体をもっと丸めてしまった。


「わるい、俺も意地悪を言いたいわけではないんだ。そうだ、こんな密室にこもっているから息が詰まってしまうのだろう。ベランダに出て少し外の空気でも吸ってみてはどうだろうか」

「そ、そう、します」


 提案された案に素直に乗った女性はベランダに出るとひとつ大きく息を吸った。

 開かれた窓から微かに潮の香りが成大の鼻腔を刺激した。


「……」


 大きく深呼吸をした女性だったが、急に顔色を変えて室内に戻ってきた。

 成大が腕のスマートウォッチを見るとまた生存者が減っている。もしかしたらベランダから誰かの死にゆく様を見てしまったのかもしれない。女性は口をきゅっと結んで顔を青ざめさせながら肩を震わせていた。


「とりあえずは武器になるものをさが」


 女性が部屋に戻ってきたのを見て落ち着いたと勘違いしたのか飯島が新たに言葉を発した途端、誰かの発狂が響いた。


「あああああああああああああ!」


 ソファーで項垂れていた男性が大声をあげてソファーの素材の一部らしき金属製の棒を振りかざした。


「うっ!」


 それがソファーの隣に座っていた男性の頭に当たる。


「お、落ち着け! 錯乱するな!」

「いやだいやだいやだ! 死にたくねぇよぉ!」


 飯島が男性を諌めようとするが、男性は広くない部屋で必死に棒を振り回している。

 頭を殴られた男性はその場でうずくまり窓付近にいた女性一人と成大、飯島は窓辺から移動できなくなってリビングにいる残りのプレイヤーたちは錯乱した男性から離れようと扉の方まで後ずさった。

 男性が落ち着けと声をかけ続ける飯島の方、つまり成大のいる窓の方向へと少しずつ足を進める。

 背後はベランダだ。ここは三階なのでベランダに追い詰められたが最後、三階から飛び降りるしかなくなってしまう。


「ふ、ふざけんなよ! 発狂したいのはこっちだって同じだっ」


 錯乱した男性の向こう側の別の男性が言葉を発する。しかしそれは最後まで言いきられることはなく、代わりに大きな物音が響いた。


「あ」


 絶望。それ以外の言葉が見つからない希望の消えた声が漏れた。

 大きな音を立てて玄関のバリケードを突き破ってきたのは身長三メートルくらいの大柄な化け物だった。

 大きく口を開けて一口、ぱくんと男性の頭を丸呑みにする。

 隣にいた女性が悲鳴をあげる。しかしその悲鳴もすぐに止んだ。スマートウォッチの数字がまた減った。

 発狂していた男性は化け物の姿を見て一瞬動きを止めて、


「は、ははははは!」


 声高らかに笑って先程まで振り回していた棒で自身の喉を突き刺した。数字が、また減っていく。


「あ、ああ……私はもう死ぬの?」


 成大の後ろにいた女性がそう言葉をこぼした。恐怖の下にいすぎて感覚が麻痺したのかもはや状況を理解することすらできていない様子だった。


「チッ」


 飯島が拳銃を化け物に向ける。そして発砲。

 男性の頭を丸呑みにした化け物は脳天を貫かれて死んだ。しかし――


「クソッ!」


 倒れ込んだ化け物の後ろから別の化け物が顔を覗かせる。その数は五体以上。ただでさえ一体の図体がでかいのに、こんなにたくさん集まってくると部屋はみちみちになってしまう。


「おい! こっちこいや!」


 新しくきた化け物に男性が引きちぎられる。せめて隠れようとテーブルの下に身を隠した女性がテーブルごと押し潰される。

 徐々に減りゆく行動を共にしていたプレイヤーの人数と、化け物との距離。

 さすがにこの数を相手にするのは難しいと判断したのか拳銃をしまった飯島は現状を打破する策を必死で思案しているようだ。

 成大も無事にこの場を切り抜ける方法を模索していた。そんなときに背後から小声で声をかけられた。

 振り返るとベランダに金髪の青年がいた。


「なぜきみが……そうか、仕切りを壊したのか!」


 飯島と女性は一目散にベランダへと出た。

 ベランダの、隣のベランダとの仕切りとして置かれていた黄ばんだ板が破壊されて隣の部屋のベランダへと繋がっている。


「きみもはやく!」


 先に女性を隣のベランダへと逃した飯島が振り返って成大に声をかける。


「……はい!」


 成大は部屋の中から向けられる、蹲ってこちらに助けを求める男性の眼差しを無視して隣のベランダへ転がり込んだ。

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