第6話

「とりあえずこの要領で何個か隣の部屋まで逃げるぞ!」

「ああ、ありがとう」

「はっ、べつに!」


 金髪の青年は飯島に礼を言われて満更でもない顔をして、器用にいつのまにか手にしていた鉄パイプでベランダの仕切り板を破壊していく。

 そして化け物が入ってきた、成大たちが元々いた部屋から離れた位置の部屋に逃げ込むとそっと玄関の扉を開いて外の様子を観察する。


「おっし、あいつらまだあの部屋の前にいやがる。俺らを追跡してる様子はないし、しばらくはここは安全だろ」


 成大たちが逃げ込んだ三階の角部屋はあまり家具がない部屋だった。

 あるのはテーブルと椅子が二つだけ。そのうちの一つに腰掛けた青年はほっと息をはいた。


「よく俺たちがあの部屋で化け物に襲われているのに気がついたな」

「ちげぇよ、元々隣の部屋に俺が身を潜めてたんだよ。そしたら悲鳴だのなんだのが聞こえてきたからちょっと恩を売ってやっただけだ。飛び道具持ちの人間は仲間にいると力強いからな」

「残り二発という制限付きだが……まぁ、理由はなんにしろ、きみが助けてくれて助かった……残念ながら俺は二人だけしか救えなかったが」


 飯島は成大と女性を見て眉を顰めた。警察としてはやはり被害は少しでも減らしたかったのだろう。


「一人でも生きてるだけマシだと思えよ。見てみろよ、笑っちまうほど簡単に数字が減ってるぜ」


 青年の言葉に成大はスマートウォッチを見た。表示された数字は百二。


「まだ百人は生きてると言うべきか、もう百人と言うべきか」

「細かいことなんて気にしてたら死ぬぞ」


 下唇を噛む飯島に青年は鉄パイプをぶらぶらと揺らしながらつぶやいた。

 しかし青年の言う通りだと成大も思った。もし先程変な正義感を出して部屋に取り残された男性を助けようとしていたら成大も一緒に死ぬところだったのだ。

 自分が助かりたければ他人を見捨てる覚悟を持たねければならない。そして成大はその覚悟を簡単に持てる人間だった。


「まずは自己紹介とでもいくか? 俺は福田ふくた数博かずひろ。高校生だ」

「わ、私は冨山とみやま和沙かずさ。普段は専業主婦をしています」

「俺は飯島憲だ。警察署の捜査一課に所属している」

「俺は光川成大。大学生」

「へぇ、本当に年齢も職業もなにもかもバラバラなんだな」


 金髪の青年――もとい福田の提案で軽く自己紹介を済ますと福田は感心したように頷いた。


「それがどうかしたのか?」


 飯島が首を傾げる。すると福田は少し口を尖らせて頭を掻いた。


「いんや、ここに――このデスゲームとやらに参加させられた人間の共通点はなんだろうなって思ったんだよ」

「とくに……ないわよね? 私はあなたたちほど若くないし……社交的というわけでもないし」


 福田の言葉に冨山は首を傾げた。化け物が襲ってくる心配をする必要がなくなったと判断したのかカーペットが敷かれていない床に座り込む。


「共通点ならいちおうあるだろ。だってガキがそう言ってたし」

「そう、って?」


 おそらくプレイヤーの中では冷静な方に入るであろう福田は冨山の問いに言葉を続ける。


「ほら、最初に言ってただろ。『おはよう、の諸君』って」

「っ!」


 福田の言葉に飯島の眉がピクリと動く。冨山も体を強張らせた。


「人殺し……つまりこのゲスゲームに参加させられてるプレイヤーはみんな人を殺した経験があるってこと?」

「そういうことなんじゃねーの? おまえらはどうなの? 俺は喧嘩してたら相手をボッコボコにし過ぎて殺したことあるけど」


 成大の問いに福田は頷いた。


「わ、わた、わたし、は……ちがう、殺したかったわけじゃない」


 福田に視線を向けられて、冨山は肩を震わせて頭を抱えた。どうやら心当たりがあるようだ。


「俺は……たしかに一年前、犯人を撃ち殺した経験がある」

「おまえは?」

「俺は」


 福田に視線を向けられ成大は過去を振り返る。

 成大は人を殺したことがある。

 十五歳のとき、虐待してくる両親に耐えきれずに二人の首を刃物で切り裂いた。


「二人殺した」

「やっぱここにいんの全員人殺しじゃねーか! ははっ!」


 福田は想定の範囲内だったのか、周囲にいる人間が誰かを殺害した経験があるとわかっても怯えることなく軽やかに笑った。


「ちっ、違う! 私はそんなつもりは」


 福田の悪意のない言葉が冨山の心を蝕んでいるようだ。両手で耳を塞いでガタガタと震えている。


「あんま大声出すなよ。あいつら音に反応するみたいだし」

「そうなのか?」


 冨山の怯え具合にため息をついた福田が漏らした言葉に、飯島が食いつく。


「あ、ああ。たぶんな。俺が観察した感じ、人の悲鳴とかに集まってきているようだったぞ」

「そうか……」


 化け物の生態をひとつ知ることができて飯島は頷いた。

 しかし化け物が悲鳴に寄ってくるのだとすると、先程成大たちが襲われたのは男性が発狂して大声をあげたから、という可能性が濃厚だ。とんだとばっちりを受けたな、と成大は苦笑した。


「とりあえずは悲鳴あげたりしなければいいと俺は思ってっけど。でもずっと隠れててもだめだよなぁ。人間、生きてりゃ腹減るし喉も乾くし」

「たしか少年はどこかに水が出る場所があると言っていたな」

「このアパートの部屋はどこもハズレみたいだけどな」


 先にこのアパートを散策し終えたらしい福田の言葉に飯島は落胆した様子だった。


「そうか……」


 飯島と福田が話を終えると静寂が流れる。冨山はいまだに震えていて、どこか上の空のようだ。

 もし、このデスゲームは長期の間続いたとしたら、水分や食料の確保は必須だろう。安全な寝床を見つけられればなおさらいい。

 しかし今の成大たちにはこの島の構造も、ゲームマスターが言っていた水道が通っている場所もなにもわからない。

 わかっていることはこのデスゲームに参加させられているプレイヤーはかつて人を殺した経験があり、無事に生きてここから出るには化け物を全滅させないといけないということ。しかしながらプレイヤーの人数はスマートウォッチで確認できるものの、敵である化け物の数はわからない。プレイヤーと同じように何百体もいるのか数十体なのかさえ不明だ。


「やはり武器を揃えた方がいいな」

「そりゃあそうした方がいいだろうな。俺はここに来るまでの道中で拾った鉄パイプを振り回してっけど、これじゃあ化け物をよろめかせることはできても殺しきれなかったな。まぁ、あと数回殴ればいけたかもしんねぇけど……数が不利だったからしかたがなく逃げ出す羽目になった」


 逃げるのはプライド的にいやだったのか、福田はため息をついた。


「いや、賢明な判断だろう。無鉄砲に見えて意外と現実的なんだな」

「意外はしつれーだろ」


 たしかに飯島の言う通りだ。福田は血気盛んな不良青年に見えるが、意外と現実を見据えられている。今こうして取り乱すことなく成大たちと話ができているのがなによりの証拠だ。

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