第4話

 少年――デスゲームということなので彼をゲームマスターと呼称したとして、彼が成大たちに言ったルールはたった一つ。

 化け物と殺しあえ。

 成大たち人間プレイヤー側が化け物を全滅させたら生きて返すと言っていたのだから、効率を考えるとプレイヤー同士は争わずに協力しあって打倒化け物を目指した方がいいだろう。

 しかし化け物はプレイヤーより大きな体をしている。それに簡単に人間の四肢を引きちぎる腕力を持っている。捕まれば一貫の終わりだ。


「うぅん……」


 成大は左手を顎に当て、右手で左腕を握った。

 これは悩んでいるときや考え事をしているときにしてしまう、幼い頃からの癖なのだ。


「ん?」


 そのときになって初めて違和感に気がついた。

 成大は普段、腕時計の類いはしていない。なのに今の成大の左腕にはスマートウォッチらしきものがつけられていた。


「なんだ、これ?」


 スマートウォッチを買った記憶はない。なのでこれはゲームマスター側の人間が成大に取り付けたのだろう。

 飯島や他のプレイヤーの腕を見てみると、彼らにも成大と同じスマートウォッチが取り付けられていた。


「どうした?」


 成大が自身の腕につけられたスマートウォッチをまじまじと見つめていると飯島が声をかけてきた。

 成大は素直に腕に取り付けられたスマートウォッチのことを口にした。


「なんか知らないうちにつけられてたみたいで」

「スマートウォッチがか? これは……俺が普段つけているものとは違うな。というよりなんだ、この数字は」


 飯島の言った数字は成大も気になっていたところだ。

 この黒い液晶のスマートウォッチには百四十七という数字が表記されていた。

 飯島のスマートウォッチに表示された数字は成大と同じだ。


「本当だ、なにかしら、これ」


 他のプレイヤーたちも自身の腕につけられたスマートウォッチの存在に気がついたようで、自身の腕を見て首を傾げている。


「俺が元々つけてたやつとは別の機種だな……」


 ランニングを習慣と言っていた男性も首を傾げている。ここにいる全員、スマートウォッチとそれに表記されている数字に心当たりはないようだ。


「あ、減った」

「え?」


 女性の言葉にもう一度スマートウォッチに視線を向ける。すると百四十七と表記されていた数字は百四十三まで減っていた。


「この数字はなにをあらわしているんだろうか……」


 飯島は眉を顰めてスマートウォッチを睨みつける。

 成大も数字の意味を解読しようと液晶を見つめていると、また表記された数が減った。


『パンパカパーン! ご機嫌いかが? 僕はおやつがスコーンだったからちょっと機嫌がいいよ!』

「きゃ、なに⁉︎」


 急に響いた大声に女性が悲鳴をあげる。


「この声は……あの少年か」


 声の正体はゲームマスターで、声の出どころはこのスマートウォッチのようだ。

 全員のスマートウォッチからゲームマスターの声が響いていて少しうるさい。


『ちょっとさすがに説明が少なすぎ! って怒られちゃったから補足をしてあげるね。この島は僕のパパが所有してる無人島。昔は人が住んでたらしいんだけど……人が住まないようになってもう何十年も経っているみたい。だからそこらじゅう草はボーボーだし建物が古びているのは申し訳ないけど我慢してね! それで……なんだっけ? 僕はどこまで説明したんだっけな?』


 ゲームマスターは流暢に言葉を続けていたが、急に黙り込んでおとなしくなった。テレビ通話をしているわけではないので黙り込まれてしまうと通信が切れたのかただゲームマスターが黙っているだけなのか判断がつきにくい。


『……え? ああ、そう。そっか、化け物と殺し合いをしろってだけ言ったんだっけ。それで今みんなが気になっているであろう場所の説明をしたと。じゃあ次は……え、他に言うことあるかな、これ? 僕必要なことは全部言ったくない?』


 ゲームマスターの近くには人がいるのだろうか。誰かと会話をしているようだった。


『ああ、これね! このスマートウォッチの説明をすればいいのか。これは見ての通りスマートなウォッチだよ。きみたち全員の腕につけられてるね。それでこのスマートウォッチは僕からのこうしたお話が聞こえるように設定されてるんだけど、僕にはきみたちの声は聞こえてないからもし今僕になにか文句を言っていても聞こえてないからね。まぁ、島中に監視カメラがあるから姿は見えるんだけどね?』


 成大は周囲を見渡す。しかし部屋の中にはゲームマスターがいうような監視カメラは見当たらない。

 ボロボロに裂けたカーテンを少しずらし、外を見てみる。するとそこには化け物が堂々と歩いていて、物陰に隠れていたプレイヤーが見つかってペシャンコに叩き潰された。飛び散る血飛沫は倉庫らしき建物にこびりつく。そしてその倉庫に監視カメラが設置されているのが目に入った。

 どうやらカメラは部屋の一室一室に取り付けられているというよりは島中を見渡せるように散り散りに設置されているようだ。


『おっ、ちょうどいい。また一人死んだね。見える? 僕の声が聞こえるスマートウォッチの液晶部分の数字。これはゲスゲームに参加しているプレイヤーの人数をあらわしているんだ。今の数字は百三十四。つまり今百三十四人生存しているってこと!』

「そんな……」

「マジかよ……」


 最初に確認したときに比べるともう十以上が減っている。それが意味するのはもう十人以上が死んだということだ。

 女性は手で口元を覆い、男性は恐怖心が増したのか顔色を青くさせていた。


『あとついでに言っておくと、このスマートウォッチはGPSが付いているからきみたちがどこにいるのかは把握済み。さっそく徒党を組んで行動している人も多いみたいだね。ああ、でも安心してね。いちおう言っておくけど、きみたちの居場所がわかるからって僕はその場に化け物を仕向けたりしないから。というかできないから。きみたちも見てわかったでしょ? あいつらは言葉が通じないんだ。だから命令とか聞いてくれないんだよね。下手な人間より厄介でめんどう〜』


 スマートウォッチからゲームマスターのため息が聞こえてくる。


『と、いうことで説明はこれくらいでいいかな? この島は全方向を海に囲まれた無人島なわけだけど、べつに泳いで逃げようとしてもいいよ。まぁ、他の陸地は遠いしこの時期は潮の流れが速いから溺れて死ぬ可能性がすごく高いけど……まぁ、どの死に方を選ぶかはきみたち次第ってところかな。あー、あともう気付いているとは思うけど通信機器の類いは没収させてもらったからね。まぁ、持っててもここは他の陸地まで電波通じてないし意味ないけど。水道は通っている場所があるから水分補給がしたかったらそこに行ってね。場所は……教えなーい! じゃ、バイバイ!』


 ゲームマスターは揶揄うように笑って、どうやら本当に通信を切ったようだ。先程まで少年の声がこだましていた部屋が急に静かになる。


「……現在生き残っている人の数、か」


 飯島がそう呟いて見たスマートウォッチに表示された数字は百二十六。徐々にだが、確実に数を減らしている。


「終わりだ……俺たちはここで死ぬんだ……」


 ソファーに座っていた男性は両手で頭を抱えて動かなくなった。絶望的な状況に誰も慰めの言葉が出てこない。

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