第19話,幻

目が開いた。ここは、少なくとも聖櫃の中ではなさそうだ。


「どういうこと?」


自問する。図書館が解答することはなく、体が自由に動かせるまで待つ。

しばらく寝た姿勢のままでいると足音が一つこちらに寄ってきているのが分かった。能力を使用としようかと思ったが、敵意の無い、若しくは無邪気に来た印象を持ち、そのままの姿勢を維持した。

ペタペタとその足音は私の隣で止み、こちらを覗き込んだ。


「君は...」


あの時の夢の中、一瞬だけ見えた顔だ。まだ忘れてはいなかった。夢の中だけの存在だと思っていたら、どうやら正夢を見ていたのかもしれない。目を擦り、パッチリと開け、立ち上がる。

そこは、夢の中で見たような場所ではなかった。




見渡す限り、黒い建材、形だけ取り繕ったような変な色の壁も時折混じった、現代アート作家の夢のような街だった。空は色が張り付いているように見え、気味が悪いばかりだった。

しばし呆然としていたところに、この女の子が服を引っ張ったので、正気に戻る。その子の方を向いて名を尋ねたが、答えることはされなかった。


「どう?死んでみた気持ちって」


後ろから声がした。一度だけ聞いた、ただ印象に残る声。この人も忘れなどしない。肩越しに答える。


「テルルさん...どうしてこんなところにいるんですか?」


その問いには笑顔のみが返ってきた。テルルさんは私の近くにいた女子の頭を撫でると、サッと向き直る。


「私は今何もすることがなくて暇なんだ。だから顔だけ出しておこうと思ってね」


どこから見ても何かしらが外れている彼女を知れば知るほど、笑みが漏れるのは間違いだろうか。この人らしからぬ言動と、人に出来ない行動、全てが特殊だ。


「最初に質問に答えるとするならば、まぁ、特に何も変わらないものなんですね」

「そうか」


苦笑混じりに両者は発言する。


「君でなく、君でないリバに聞きたいのだが」


テルルさんは唐突に聞いた。


「私の存在をどう思っている?」


その瞬間、沢山の言葉が私の頭に湧き出て、勝手に能力が発動する。

浮かび上がった能力の賜物は自動的に彼女めがけて飛ぶが、なんとか意識を保ちそれを地面に埋没させる。


「荒いねぇ。そっちが禁忌を教えてくれた時私がいればこんなことにならずに済んだのかなぁ?」


言葉の湧き出るたび意識のふらつく感覚を覚え、能力は勝手に発動する。今すぐにでも飛びかかりそうだが、そんなことはさせない。したくない。


「声は何と言っている?」


こんだけ人が頑張っている中、テルルさんは心配そうに身を寄せるあの少女を宥め、更にこっちに要求をしてきた。そのまま言葉にしてはそれこそ、乗っ取られそうな気分だ。


「奴を殺せ」


一番に、誰かが口走る。


「人間の異端者」

「裁かれろ!!この極悪人が!!」


口々とリバが話す。その一つ一つに禁忌は納得したように頷いていた。


「まぁそうだよねぇ...禁忌を常世に伝え続ける預言者たるあなた様方が、私のような最大の罪を犯した罪人を裁くなんて...ふふっ」


不敵な笑み、全てが怖気付くような罪な笑みを浮かべ、最初の禁忌は言った。


「面白くも何ともないね」


その瞬間、湧き出る声は黙った。揺れる頭を押さえながら、近くに何か身を預けられるものがないかを探していると、一つの手がこちらを抱き寄せた。この状況でそんなことをできるのはテルルさんだけだった。




「生きてる?あぁ、死んでるか」


笑えない冗談を言い、彼女は私をそのまま座らせた。


「伝言は聞いたかもしれないが、君...いや、君達は一種の呪いにかかっていた。不死の呪いと禁忌を伝え続ける呪い。神からの嫌がらせ兼口実作りだろう。実際、リバは私に禁忌を伝えなかった。この時点で役目としては破綻しているはずなのにな」


黙って話を聞く。少女はいつの間にか遠くにおり、テルルさんは手を振ってその人を見送った。


「その役目を終わらせたのは君の先代。よくやったってハイタッチしたいぐらいだよ」


そう聞くと、右手が勝手に持ち上がる。驚いたような顔をしたが、彼女はハイタッチをした。


「...それで、まぁ。聖櫃による無期限の役割の凍結。これによって君はようやく死ねる。遺書を残したのは不味かったが、知識を取り込ませたのは良い判断だ。禁忌に誉められて良い気持ちになるのも変な話だけどな」


自虐的にテルルさんは話す。


「君をある程度不安定にしたのは君の暴走をシェーレの判断に入れることと、ただただ見てみたかったという好奇心だ。今になって何だけど謝罪するよ」


形だけ謝った後、しばらくの沈黙があったがふと気になったことを尋ねた。


「ここって、どこなんですか?地獄でも天国でもないですよね」

「会社の最高秘匿設備の場所みたいだね。なぜかはわからないけど」


テルルさんは気楽にそう言った。なぜ会社の職員でもない人がそこまで知っているのか意味がわからない。


「本当は熱いバトルとか熾烈な情報戦とか、裏切りとかあったはずなのに、よくその2,3日前に目覚めてここまで事通りに進んだよね。自分の知らないところで話が進んでいたり、自分の望んだ結末でなかったとしても、君はこの結果は満足かい?」


テルルさんは立ち上がり、そう言った。その言葉は"私"に向けられたものだ。


「...はい。今では私だけでなく、総意です」


彼女がどうやって帰るのかわからなかったが、軽く見送った。息を大きく吐く。




段々と周囲が白く見えてくる。これが本来あるべき色なのかもしれない。


「君はこの結果に満足かい?」


この言葉がずっと反響して流れては、頭の中で議論を巻き起こしている。ただ、乗っ取られはしなかった。

箱には禁忌の預言者が入っている。プレゼントでもなく、おもちゃでもない。それが普通だ。

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