第20話,約束の行使権
ジェントリーの新入社員。Projectは戦争の下火となったある事件の残骸にいた。彼以外人はいない。スーツそのまま、最低限の護身用装備と連絡手段だけ持って会社の定めた立入禁止区域に侵入したのだ。きっと彼はもう会社への侵入を察知されていて最低限の隊員を向かわされているのだろう。
「...なんだこれ」
そんなことは気にしていない風な、新人だからと免罪符を持った彼が瓦礫で埋もれた地下に青い何かを纏った本を手にする。適当に開いたページを彼は音読した。
「ーーー彼は優秀な医者でした。しかし、医者という人を救う職業をしているのに死刑執行人という別の顔を持っていたのです...なんと数奇な出会いか、彼は彼自身で最も尊敬している人物を自らの手で処刑したのです。彼の人生は壮絶そのものでした。えぇ、何も、その処刑こそが彼の全てというわけではなかったのですから。彼は相反する二つの社会的立場を弁え、他人にとって一番良い選択となるよう熱心に励んでいたのです。」
頭の中でこの既視感を弄ると、案外合点の行く答えはすぐに出てきた。
「シャルル=アンリ・サンソンか」
医者であるのに処刑人。当時は非科学的な療法の中で科学的な独自のを確立し、痛みが少ないか損害の少ない場所を選んで処刑を遂行した死刑否定派のムッシュ・ド・パリ。でもどうして彼の本が?
そう思っていると、地上から微かに声が聞こえる。
「この中にいる...わかるか?」
「いや...見えない」
Projectはしまったと思いつつ、あまり恐怖を感じてはいなかった。例えるならしょうもないイタズラのバレた小学生のような気楽さだった。
とりあえずその本を傍に抱え、さらに地下を目指す。立体データはアーカイブから復元した。今のこの会社とジェントリーの険悪さから思うにこんな些細な問題相手にすらされないだろう。
聖徒と呼ばれた団体が嘗て存在していた。それは一部の過激派を吸収してしまったせいで今まで統率の取れたものだったのが乖離し、ジャンキー集団と化した。そんな中、事件は起こった。ジェントリー第一課が会社提携組織を壊滅に追いやったというニュースが入った瞬間、会社とジェントリー間での仲も悪くなっていった。
ジェントリー第一課はどんどん肥大化し、会社は腫瘍を切り取るために戦闘部門である響部を拡大させた。膠着状態と一部なったが、課の中で特に力をつけていた組織が攻撃をしようとした瞬間、この戦争の記録は終わった。
ただ、会社とジェントリーの仲は完全に切り裂かれた。会社の相手する組織も烏合の衆でなく、ジェントリー第一課の腫瘍切除のためのものになってきてすらいる。そこには嘗ての仲間もいるかもしれないのに。ただの好奇心でやってきた彼は、もちろん戦争の根源を辿りたいというかなりご立派な思想を掲げて許可を得ている。ジェントリー第二課、第一課の事実上統制役として最近律されたものらしい。
通路を歩いていると散見されるが、徹底的に捜索がなされていたような痕がある。組織図から長さを測り怪しいスペースがないかをチェックしたチョークの後や、階段の踊り場には瓦礫が山積みになって風化したものになっているとか、ただ、特に目ぼしいものはなかったとあった。
「ここか」
ただ、彼の目は違った。完全に空間から秘匿された場所があると確信していたのだ。実際、用途のわからない階段が存在しているが、そこには用具置きが兼用されており、怪しまれることはなかった。
Projectは壁だと思われる場所を近くにあったバールで破壊した。何やら脈動する黒色が壁に張り付いていたようで、それが崩れ落ちた先にあったのは図にはなかった空間だった。
...即席地雷が起動する音が聞こえた。迷わずその空間に侵入し、瓦礫の山で封印した。
大きな黒い箱。最初の印象はこれだった。機械だとしてもそれの音とは思えない唸るような音に本能的恐怖を抱く。これはなんだ?
彼は地上に崩落したボードを裏返す。文字は既にこびりついて実際何が書いてあったのかわからない。
梯子を登るが、既に錆び付いていて手の至る所に刺さる。そこから見た景色も景色でだだっ広く、機材や建材が散乱している。こんな場所は報告にないので、カルコゲンが秘密裏に行っていた実験、としてみても良いのかもしれない。
「よっと...」
機械に登り切った瞬間、右手に持ち替えていた本が無くなったことに気づいた。急にふっと重さが解消され、まだ異常オブジェクトに慣れ切っていない彼は困惑を示した。これから先もこんなことがずっとあるんだろうなと考えると長年この組織に勤めている人はもはや人として何かが欠落しているのだろうと無礼ながら考える。
コンビニのサンドイッチかの空の袋を見つけた。埃を払って見るとどうやらブルーベリーサンドのようで、何者かがこの箱を作ったのか、発見し、解析して利用したのか。機械からはみ出そうなケーブルやらを見ると前者の方が可能性としては高い。
彼は機械に両手をつけると、能力を発動させる。瞬間、彼の体は宙に浮いている状態となり、元々機械があった場所には不幸にも能力範囲外にあった機材がProjectと共に落ちる。
この空間にはゴミと瓦礫しかない。そう形容する他なかった。彼の手には一つの小さな箱が握られていて、それをポケットにしまった。
「いたぞ!奴だ!」
社員証を懐にしまってから、彼は最低限の護身として焼夷弾を能力の呪縛から解き、着弾させる。そして走り出した。
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