第17話,操り糸に縛られず
既に部屋の中には2人が座っていた。窓のない閉鎖的な空間に灰色の壁、まるでお手本かと言うようなマジックミラーが一面に貼られている。ガスの排気口は上につけられ、二人を挟む机にはスタンドが無機質に照らし、秒針の音さえしない。
内部の人間の1人は本人の意思でここにいるが、もう一人は「本件を知らないから客観視できる」と言った理由で連れてこられた不憫な仕事人である。片方が焦げたようで散り散り、もう片方は健在とアンバランスな翼を持つ悪魔だった。
「さて...」
そういって最低限の情報しか知らない悪魔は事前に置かれていた報告書を読み始める。対面の人物はそれをじっと観察し、その鏡の奥には誰がいるのだろうと、どうでもいいことととても大事なことを考えていた。
紙面を読んでいるうち、顔色をコロコロ変えてそれを前面に出すわけだからカメリアのように感受性が高いものだと想像できる。やがてそれを読み終わった時、顔は平常に戻っていた。
「カルコゲン...藤里がどうかこうか言っていたのは知っていたが...」
ロンリコは毅然としたままの顔と紙を交互に見て発言する。
「テルルからも聞いていた話と合致するな。そう言うことか」
ロンリコは1人で合点を行かせる。質問をされるまでは絶対に離さないしリアクションも取らない近衛団団長は正直彼女にとっては辛い相手だろう。
「近衛団団長、君はどうして会社との規約を破った?君達にとってかなり有利なものであったはずだが」
イオは口を開ける。
「確かに我々にとって有利だったのはそうだ。しかし、カメリア並びに助手は我々にとってとても大きな価値があった」
ロンリコは意地悪げに反論した。
「メリットとデメリットを比べた時会社との規約を破ってでもカメリア達が欲しかった...何をするつもりだったんだ?」
イオは嘘を突き通す事は既にやめている。しかし、そうであっても真実の口というわけではないが。
「"The Ark"、私の言葉で言えば"聖櫃"と呼称していた一つの巨大な機械の建設。元は設計図のみの存在でカメリアがこの機械自体の異常性を判明させた」
「その機械の異常性は?」
興味を示した悪魔がイオに尋ねる。
「異常性を弱める異常性。設計者は不明且つ、建設場所も不明だ」
ロンリコは言葉を失った。テルルとカメリアともに知り合いの間であれば、その異常性がどれだけ危険なものだったか理解しているからだ。
イオは言葉を続ける。
「テルルの言う禁忌、カメリアの言うタブーどちらにも抵触しかねないが、我々の目的のためにそれらを完成させ、組織に侵入してきたジェントリー第一課"聖徒"の手に落ちぬよう隠蔽したと報告を受けている」
ロンリコはまだ状況が整理しきれていない。まずは禁忌だと分かっていて機械を建設し、しかも稼働させたこと。そして、何よりもジェントリーの組織が会社との一応提携組織に侵攻したことだ。
「お前らがなぜ組織に来たのかもわからなければ、あろうことか我々が積極的に攻撃を仕掛けていたと誤解していた。お前の反応を見ればわかる。まさか、我々だって必死だったが攻撃していい相手を間違うほど落ちぶれた頭はしていない」
ロンリコは数時間前の記憶まで遡り、そのまま言葉にした。
「会社からの攻撃の動機はカメリアの開発所からの通報だ。カメリアが誘拐されたと男性の声で」
イオは捲し立てるように話す。
「近衛団の内2人が開発所に駐在していた。それに第二次作戦として聖徒がカメリア誘拐を画策し我々の組織と開発所を襲撃し、開発所にいた2人は却られ聖徒は我々に偽の音声を通達した。聖徒が侵入して数分後、お前らが来たんだ」
ロンリコは当惑し、一言一句はっきりと言った。
「会社への通報はこれだけじゃない。カルコゲンが攻撃されているからと援護を頼まれた」
今度はイオが混乱する番だった。
2人の立場や状況は確かに違う為情報の食い違いや勘違い、先入観が邪魔をしているのかもしれない。
イオに言わせてみれば本当に開発所を乗っ取られたとして会社へカルコゲンの防衛を頼むわけない。
ロンリコに言わせてみればカメリアの誘拐を通報する意味はなんだ?と言う話だ。
イオは怒気を含めた声で言った。
「なぜその指示が出ておきながら我々に通信の一つ取らなかった?」
その問いに完璧に答えることは現場にいなかった悪魔が知らない情報だが、作戦報告書を見た限りでの見解を話した。
「電波が妨害されていたとのことだった。復旧したのは我々が終了したという宣言を出した直後...」
「我々とお前ら特殊隊が接敵した時、何の躊躇もなく攻撃したのはどちらだと報告されている?聖徒への組織的報復はどうなった?カルコゲンのことを全て調べた上での攻撃なのか?発信元の具体的な座標は調べたのか?なんの罪もなく殺された研究員に対しての弔いの言葉は?責任の履行は?こんな理不尽に主を失った魂はどうしたら報われるか方法がわかっているのか?」
イオはカルコゲンの表向きのボスとして、1人の人間として会社という異常組織を責め立てている。ロンリコは、また困った表情をして沈黙した。
「今回の事案は相当骨が折れることになりそうだ。君達は私達からの攻撃を甘んじて受け入れていたわけではないだろう?」
その一言がイオの怒りを一層増させる結果となった。
「攻撃をされたからには敵だ」
ロンリコはため息をついた。作戦記録の映像に全て目を通さなければならないかもしれない。
「私達は君を誤解していたようだ」
ロンリコは可愛らしく描かれた悪魔の写されたマグカップの中に入ったコーヒーの粉が滞留する半液体を飲み干した。紙をまとめる。
「君を今から一般房に収容する。ここで逃げて仕舞えば君は殺されるだろう」
1人と悪魔が立ち上がり、部屋を出た。急な光で目が眩むが、周囲の観察は済んだ。
マジックミラーの先には1人と悪魔がいる。1人が呟いた。
「仲間の為に必死ッスね」
興味深そうなその視線はただ純粋に先の部屋を見ていた。もう1人が反応する。
「人間は元来そう言うものさ。今回の事件、もっとややこしくなるだろうね」
ドアノブに手をかけたところで、もう1人は一瞬静止しようとしたが、やめておいた。
「禁忌はどうなったんスか?」
「今の所わからない。ただ、確実に爪痕を残している」
そう言って出ていったのを見送り、また向き直る。
シェーレから話は聞いている。あれがその人の妹ということも知っている。ただそれが分かっている分傍観者にとっては別の憐れみがあった。
「私は間違っていたのでしょうか?か...」
力強く声を出し、疑問を口にしている彼女を見て、カミアはその言葉をふと思い出した。
人間らしいといえばそこまで。仲間思いといえばそれまで。彼女には負けられざる魂が未だ思慮として遺り続けている。今ある姿は幾人に支えられ、それが何を求めているかもっぱら不明だが、感動的な光景だ。しかしそれはそれで面倒なことになりそうだという事は把握している。
「いつか報われてほしいッスね。シェーレさん」
誰もいない方向に向かって励ました後、テルルの後を追うように、"伝書使"は飛び出した。
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