第15話,禁忌かタブーか
「...ふぃぃぃ」
角張ったコンピューターにはプラグが幾重にもなり繋がっている。タイピングの終わった開発者は白衣の汚れることを気にせずそれを中に押し込んだ。
「完成かい?」
冗談めかして猫が聞く。わざとらしく汗を拭いた彼女は言った。
「今やっとプログラムの1部分が終わったところさ」
場所が場所な者だから会う人なんて全員初見だ。その対応にはもうカメリアは慣れていた。
「それは良かった。少し話があるんだが、来てくれないか」
それに対し忙しなく働いていたのに水をさされたくないと否定した。
「嫌だよ。完成させなきゃ終わらない仕事だ」
「まぁ...ここで話してもいいけどさ」
梯子を登り機械の上底に移動する彼女に先取りして、テルルは待っていた。ハシゴから顔を覗かれるとすぐに話し始める。
「この機械、作りたくて作っているわけではないんだろ?どうして協力なんてしているんだ」
「私がここに連れてこられた経緯絶対知ってるよね?まぁ作りたくないかと言われればそれはそれで否定はするけど」
カメリアはテルルの差し出したブルーベリーサンドを何の疑問もなく受け取り、次なるコンピューターに手を伸ばす。タイピングをしている中途、徐に話し始めた。
「私は今までこんな設計に携わったことはなかったよ。異常性を弱める異常性なんてそんな技術なかったし、タブーに触れそうな気もしていた」
タブーという言葉にテルルの耳が動く。丁度、似たような話をする時かと思っていたからだ。
「タブー、禁忌は君にとって何だ?異常性の侵犯か?」
カメリアは一瞬タイピングを無意識にやめていたが、すぐに再開した。
「そう。何でも知ってるのね君。異常性を異常性でかき消したり恒久的に影響を及ぼすこと。それは均衡を狂わせかねない」
「それが誰であってもか?」
恐らく、カメリアはこれに何を入れるか、そもそも人間を入れるという発想に至っていないだろう。聖櫃以外でも、という質問に切り替えた。
「設計者は不明だから責めようもないし、異常性や能力自体を完全に封じる異常性は未だ見つかっていない。不思議なことだけどね」
それはあり得ないからだ。テルルは心の中で答えた。異常な世界に異常性を用いて平静を保っているこんな世界じゃ異常性を掻き消す行為は一時的とはいえ絶対にできないように対策されている。
「タブーに触れるのは嫌だから、責任は設計者に付与することにした。その代わり、私は責任持ってこの機械を完成させなきゃだけどね」
あぐらをかいて頂点間近に座っていた彼女は、特に意味もなく立って、周りを見渡した。
作業員は研究者も含めていて、ホワイトボードには見えないほど黒い板が壁に貼り付けられている。機械からは大小様々なケーブルや歯車、物質が飛び出ているが、多分最後には箱に収まるだろう。プログラムには何が書かれているのかは正直見当はつかないが、これが無事に完遂するよう祈るしかない。まぁ、私が祈ったところでか。
不安要素は山ほどある。暴徒の侵略や会社の約束違いによる報復、聖櫃の正常動作、リバの感情、そして新たなる禁忌。
禁忌は生まれる前に死んでいれば天国に行けないことと地獄での生活がちょっと辛くなるぐらいだが、問題は...いや、禁忌の発生を抑える方向で考えよう。
よく考えよう。聖櫃を使用し、異常性が少しでも失われたら禁忌の監査対象になる。どこまで追うだろうか?もしかしたら聖櫃自体を禁忌として認定するかもしれない。それであれば一番都合が良い。もし設計者、開発者、リバが含まれるとするならば...最悪だ。こればっかりは神の野郎が頭の悪いことを祈ろう。
バタン、と何かを閉じる音で我に帰る。後ろを向くとカメリアがまた一つプログラムを完成させたらしい。
「何を終えたんだ?」
「永久動力機構だよ。これは私のオリジナルだけどArkが正常に動かなかったとしても電力を供給し続けられる」
カメリアを狙う人が多いのも納得だな。これほどの技術力があったらどこまで成長できるか。
「なぁカメリア。君の言うタブーと私の言う禁忌とは随分似通っているみたいだな」
「そう?異常性や能力に触れていくと大体やってはいけないことの分別は持てると思うんだけど」
昔の自分の研究を考えるとその言葉は効くものがある。まぁ今更どうしようもできないことだが。
「失礼なことを言うかもしれないが、君はこの聖櫃やこの組織の思想に惹かれたんじゃないか?」
カメリアはわざとらしく大きくため息をついた。
「そんなわけないでしょ?私の居場所はあの開発所だもの。あれこそ私の求めていた安寧なのに。君こそどうなのさ。こんな場所にいるのだって何か理由があるんでしょ?」
彼女のその少々怒ったような口調に笑みを零す、ついでとしてその質問に答える。
「私は雇われただけさ。そう言うとどうせ疑うのだろうから言ってしまうが、危ういんだ」
「危ういって...The Arkがでしょ?だったら別に...」
「いや、違う」と言って、彼女に近づく。タイピングの手は完全に止まった。
「組織がだ。ここのボスは隠し事をしているし、私の求めるものがそこにあった。ここの監視と知識欲を満たす為だ」
カメリアは息の止まったようにそのまま静止している。自分の行っていることに対し急に危機感を覚えたような、そんな印象を受ける。
「カメリア、この言葉は忘れないようにしてほしいんだが」
そう前置きして最後の言葉を言う。
「『自らを犠牲にしたところで他方は必ず助かるのか?』」
「じゃぁね」と手を振り、私は飛び降りた。
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