第14話,複雑多岐
「禁忌っていうのは知っているか?」
テルルが言った。誰に諭すわけでもなく問うている。
すでに日は落ちかけているというのに彼女はその話をやめない。すでに4人目とかそこらへんだ。そして同じような返答もこれで4回目だ。
「禁忌?」
テルルは待ってましたと言わんばかりに続ける。
「人間や天使、悪魔、全ての存在に対し平等にかけられた制限だ。通常それを超える事はないし、知らなくてもいいことだ。例えば人を複製しない。聖遺物に触れてはならない等々...どうでもいい事だろ?」
自虐的に語る。テルルはこの話を忠告やただの暇つぶしなど用途は様々に用いる。今回は警告だ。
「それを侵犯する事は即ちこの世界や、天地に背き自らが暗闇を歩くことを選択することを意味する。禁忌が作られた頃神はこの世界に禁忌を伝えようとしたが宗教同士の対立が激化する中、己を晒すわけにもいかずに数名の適性のある人物を預言者として遣わせ、禁忌を伝えた。しかし、いつかそれらは廃れサイバーワールドに残りすらしなかった」
「...私に何の用ですか」
シェーレは鬱陶しくなったのか雄弁家の口を閉じさせようとするがそれは敵わなかった。
「ただ、人間も人間で独自の禁忌を定めた。それによって完全に律せる事はできないがそれらは非常によく似ている。お前はそれをすでに破っているが、今、禁忌に手を伸ばしている。それは意図せずとも望んでいることか?」
毅然とボスは言った。
「私は彼女のためならどのような犠牲も厭わなければ、ましてや自分の魂や肉体が永遠に彷徨う結果となっても守をするつもりでここに居ます。エゴである事は承知していますが」
結局、そういう彼女もこの猫が何を結局伝えたいのかははっきり理解できているわけではなかった。禁忌という今や忘却の彼方へと追放されたそれを知っているということは一度侵犯したのだろうか?
「何の異常性も持っていないお前が羨ましいよ全く」
テルルは大きくため息を吐いた。苦笑を浮かべながら尋ねる。
「カメリアとその助手の誘拐と強制労働。何らかの禁忌に抵触しかねない機械の作成開始、異常オブジェクトの流入...会社との約束を早速破ったわけだがそれは危険だと判断できなかったのか?」
「デメリットよりもメリットの方が勝っていますのでその案を採用したのです。研究は滞りなく次の奏者に五線譜の引かれた譜面を渡しました。その渡った先がたとえこれから敵になるスパイであったとしても綺麗な音色が出れば曲は完成されるのです。幕はすでに上がっているのですよ」
罰の悪そうな顔をテルルはした。元から思考回路、行動原理、ここまでに至った経緯が謎である故にこれからの自分の行動プランというのが見事に粉砕されていく。
「慎ましく、私は彼女の遺志を受け継ぎました」
小さく、呟くようにシェーレは言った。一定の不気味さを保っている。
「...そうかい。では、誰が指揮をするんだ?まさかお前ではないよな」
一呼吸置いてから答えは帰ってきた。
「私は曲を聞く裏方で結構。指揮はすべてをまとめ上げる人間が最適でしょうね」
「その指揮者も与えられた譜面通りに遂行するだけなのだが、結局その譜面はお前が渡したものだろう」
テルルは言った。彼女はこの少しの間にかなりのことを把握し、都度衝撃を受けていた。新たな禁忌の誕生はどうにかして防がなくてはならない。既に決意はあったものの実行する隙というのは案外生まれるものではなく、今やこの組織の脳によって踊らされ、流されるままだ。
「譜面は今や完成し、指揮者、演奏者、譜面のスタンド、ライト、椅子、楽器、全てが適切な職員に適切な量配布してあります」
そう吐き捨てるように言うとシェーレは俯いた。親指に付けられた指輪を見てから、彼女は近衛団からの情報とカメリアの研究所から閲覧可能なデータを総合して考えられる脅威をどう観客に仕立て上げようか悩んでいた。
「"聖徒"。この組織はジェントリー第一課に存在する全てに対する反乱軍であり、この組織の打倒計画を立てていたようです」
すでにテルルは眼中にないのか、ボスは人に聞かす気のないような小声で話し続ける。
「この組織と会社が提携を結んだことによりその組織の親玉は怯み、一時的な計画の中止をしたものの、その組織の中でも過激な一部の構成員は計画を半ば強引に推し進めているそうです。カメリアさんの誘致はもう少し後にするつもりだったのですが、流石にこのような状況で。しかもあの組織もカメリアさんを必要としていました」
テルルは静かに聞いている。意外そうな目で、それでいて落胆の目も携えている。
「当日、我々の後に続くように空っぽの研究所を聖徒が襲撃したそうです。待ち伏せしていた近衛団により鎮圧はされましたが、これによって完全に我々は敵と見做されました」
萎びたリンゴを手に取り、潰すように食べる。壁は東京の夜景のタイムラプスを写していた。
「相手は半端な装備ではありますが数はここより圧倒的に多く、最大限秘匿されている聖櫃の建設地に到達しかねません。なので、私は近衛団の他に戦力を可能な限り駆り出さなくてはなりません」
テルルはこの組織の出した結論を半ば確信していた。
「私とリバか」
それはシェーレの核心を突いたようで、小さく笑った。
「あなたのおかげというよりか、所為で面会後、リバの精神状態は少し不安定です。なので、防護壁の3段階目が突破された瞬間、暴走状態にさせます。あなたは研究者ですから死んだふりでもしたり、好きに動いてもらっても構いません」
「暴走というと、あの写真か?」
テルルの言うそれとは、白黒のモザイクがかった写真から曖昧さを取り除いたもの。
「そうだ、それについて聞きたかったんだ」
何かを思い出したかのようにテルルは尋ねた。
「お前の知っている"リバ"とは、どんな人物だ」
第一発見者は静かに答えた。
「極めて不可解かつ、誰よりも謎に対する探究心が旺盛な私の旧友です。常に部屋は本で埋まっており、埃舞う部屋で一睡もとらず本に齧り付くことのできるような知識欲に飢えた人間です」
テルルは自分の記憶の中で今までのリバの特徴を照会し、似たような異常性を持ったものがないかと思考を巡らせるが一致するどころか似たようなものはなかった。
「...それだけ、私はあの人を大事にしていたいのですよ。あの写真にある一枚の紙は彼女が深く眠ってしまった時回収されたものです」
シェーレは思い出を振り返っているうちに彼女、リバから何気なく言われた言葉を思い出した。
『平和な世界を見ると安心するらしいよ、シェーレ。この研究が誰のためであっても私たちは戦争の空隙を引き伸ばさなきゃならない』
「お前はまだそれをリバだと思っているのか?」
最後の質問をテルルはした。
「姿形、性格がどうであれ、リバはリバです」
シェーレは迷うことなく答えた。
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