第13話,トライポロジ

「工事は着手された。お前の言った通りに会社の開発者であるカメリアとその助手をここに連れ込んでそれに専念させている。あとはテルルはまぁ自由に動いているそうだ。現在の進捗は大体20%。奴らは独自のルートを持っていて、今のところ従順ではあるから平和に終わりそうだ」


映し出されて景色を見ながらそう言った。ボスは満足そうに頷いた。


「では、完成次第作動させましょう。私の夢はその時叶うのですから」


その言葉を素直に受け止めることは出来なかった。カメリアの言った"異常性を減衰させる"という異常性。それの設計を担当した者とシェーレが何故ここまでリバに執着するのか、意味がわからなかった。

分からないものがあるなら聞けばいい。そう思って質問を口にする。


「ボス...あの設計図は誰が書いたんだ?」


横目で顔を確認すると仄かに笑っているように見える。無表情の時が少ないのはあるがそれはそれで気味が悪い。


「さぁ、誰でしょうか。貴女に見せた資料は随分と前に貰っていたものでしたから」


もうすでに理論は完成していた?だとすれば研究者は何を研究していると言うんだ。それにボスにも設計者がわからないのであれば、もう誰も知らないのではないか?


「あと、カメリアが言っていた。"The Ark"、聖櫃は異常性を弱めるものなんだと。その異常性こそが奴の言うタブーに抵触しかねないことも。お前はそれを承知の上で決行していようとしているのか?」

「えぇ。言う通りですし、承知しています。イオ、私は自分がどうなろうともこの計画は完遂するべきだと思っています。例えこの組織が滅ぼうとも、魂が永遠にここに囚われようとしても。リバは私達にとってどのような存在かをよく考え、これを立案したのです。彼女の異常性はすでに解明されています。エカの能力は彼女の暴走と能力を封じ込めるのに特化していたのでドクターという肩書きの元管理してもらってい、この計画の幕が降りるのはリバから異常性が完全になくなることで完了するのです」


心に何かが刺さったような息苦しさを感じた。固唾を飲んだ。

私は、さらに質問を重ねる。


「いくら本人の了承あってのことだとしても、あいつはもう完全に死んでいる!今は新しい"奴"だ。記憶がない中で締結したものを強制的に履行する前に本人にもう一度問うべきではないのか?」

「...私の知っているリバはすでにいません。それをわかっているからこそ辛いのです。異常性により彼女の人生は大きく変わりました。彼女の遺した灯は微かながら火種を見つけ今も煌々としています。私たちはその灯りを脅かす風を無くさなくてはならず、それを遂行する機械はすぐに出来上がります。で、あれば。今計画を狂わす事は即ち理念の反駁を示さざるを得ず、それが例えリバの皮を被った新人だとしても贔屓するわけにはいきません」


景色が変わった。赤色のLEDが木に巻き付いている。その並木道の中央の交差には噴水があり、それはすでに止まっていた。


「お前の知っているリバとはどんな人物だ。今のリバとはどんな人物だ。暴走時のリバの、どれが本物なんだ?」

「分かりませんよ。そもそも彼女に決まった姿があるのでしょうか?もしかしたら、私たちの見ているリバは一人一人細部が異なっており、認識が違いになっているのかもしれません。人格だってそうです。死んだはずの人格が彼女の頭の中で彼女の物語を紡いでいたり、もしくは知識を溜め込んで分かりやすいように整頓しているかもしれない」


「んなバカな...」そう小声で言った。ただ、シェーレの言う事だし、あっているのかもしれない。リバを完全に把握できているのは誰もいないのではないだろうか?いや、いや。単純に考えよう。リバの前の人格は死んで、新しい人格と暴走する際の不安定な人格、今はその2つが混在している、と。


奴が死んだ日、死んだと言うより、動かなくなった日。何故か部屋を埋まらんとしていた本は全てなくて、一枚の紙を机に遺し、静かに寝ていた。悲しむ前に次の事は起きていて、リバの人格と記憶が洗われた。暴走から始まったが、その時感じた雰囲気というのは死んだ人格でなく、今の"リバ"から感じ取れる未曾有の暗昏のような得体の知れない本能的な危険な匂い。

シェーレはすでにその時から今のようであったからこの件に関しても無関心を貫くと思っていたが、表面上そうだっただけで実際は「辛い」と形容されるまでになった。どれだけリバが奴にとって印象が刻まれているのかは分からない。何というか、エゴに振り回されているような気さえする。


シェーレは大きく息を吐いた。その拍子に小さく咳込む。体に障りは無いはずだが、喋りすぎたのか?


「...『瞬間さえ脳は記憶し、残像を産み出しそれを引き伸ばし大事にしまう。どれだけ嫌なものでさえも』。貴女ならこの言葉は覚えているでしょう。私が求めるのはより良いもの。それは覚えておいてほしいです」

「それはボスとしてか?シェーレとしてか?」


意地悪な質問にも奴ははっきりと答えた。


「シェーレとしてです」

「そうか」


少し嬉しさが湧き上がるが、所以を知らない。軽く返事をした後、部屋を後にした。




『皆様へ


私は数日前から、変な夢を見ていました。空っぽの館のようでした。棚やら、赤の絨毯やら、シャンデリアやら。それらは等しく劣化していて、何を思ったのか私は掃除を始めてしまったのです。現実に考えれば数日にも及ぶ作業でしたが起きると睡眠時間は8時間でした。

夢の中での掃除はつい昨日終わりました。最後に部屋に入ってすぐにあるであろう机を拭いたのです。引き出しの中のものを出していた際、名札のようなものを見つけました。埃を払うとそこにははっきりと、自分の名前が書いてあったのです。

皆さん、勝手なことかもしれませんが、私はこれを予兆だと捉えています。私はこれが自分の体の最初の人生だと思っていましたが、そうでは無いのかもしれません。私は盃の中の酒。それを飲み干されたら新たな酒が酌まれ、廻されます。私は自分の体に気付いてしまったのです。


もちろん立証はできていません。そのような証拠を準備する前に既に悟ったのです。図書館と命名したそれの奥の奥の部屋。そこは無造作に本が積み重なっており、その中の一冊、絵本のようなそれに書いてあったのです。

「はこにはなにが入るの?

ぷれぜんと?

おもちゃ?

人が入っているかも?

あけていいというまで、あけないでね」

この本自体、元々何だったのかは分かりませんが、私は、私より前の人の記憶でないかと思っています。酒は飲み干されても微かに残ります。盃であるこの図書館は全てを忘却しているわけでなく、雑に取っ替えているのです。


...このような行為は皆様に嫌われてるかもしれませんが、この絵本の最後の文から読み取ってほしいのです。

「あけていいというまで、あけないでね」

私はこれを「誰にも言うな」と言う警告と受け取りました。

もしかしたらこれを書いた時点で私の酒は私の人格に飲まれているのかもしれません。なので、記しておくのです。

私が起きる前にこれを保管してください。多分、次の私はそれを知っているものを滅すために動きます。

勝手ながら、お先させて頂きます。


リバ』

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