第12話,21g
真っ白な通路を歩き、目的地を目指す。この道はここでは無いものの殆ど同じのものは幾つか歩いてきたことがあるから既視感故に変な方向に歩いていってしまう。ここまで来るにもシェーレの許可が必要なあたり、藤里に言えないことをしているのは確かだろうがな。正直、この組織の目的を知ってしまうと違法がどうとかどうでも良く思ってしまう。大体は1研究者として把握はしているが分からないことをリストアップしていくとその全てにボスが関わっている。
どうやってここを設立し、残したままでいられるのか。如何にして資金を調達しているのか。異常性を知ったのはいつで、それをゴールに利用しようとしたのはどういう経緯があってのことか。
「ご機嫌よう」
簡易的な地図から目を離すと、エカが立っていた。いつも通りの白衣に緩やかな表情をしている。ただ、その言葉だけは棘があった。
「おはよう。リバとの接触を申し出でただけで君に大した用は無かったのだけど」
「そう。だからあなたが部屋に入っている間、私は外にいなきゃいけないって団長に言われてしまったから」
あまりリバと話しているところを見られたくないって意味だろうな。まぁ理解はできる。
「それで、何について話すつもりなの」
怪訝そうな表情で問うて来た彼女と対照的に答える。
「要望と私の知りたいことを聞こうと思ってただけさ」
そう言うと溜息を一つされ、腕時計を確認した後解錠してくれた。部屋に入り、閉じられるまで奴の視線が痛いままだったが、取り敢えず部屋には入れたので良しとしよう。
「んで...」
部屋を見渡してみる。大量の本の他は大抵ここは白さしかなく味気ない。ただ、普通見えない位置に監視カメラが部屋を全て見れるように配置されていたり、壁の厚さは過剰ぐらい備えられているのをみるに白い通路も相まって会社の問題児を思い出してしまうな。
そんな思考しているうちに机には目的の人物がこっちを振り返って、不思議そうな顔をしていた。ふっと我に返り、話しかける。
「リバで名前合ってるよね。初めまして」
「あぁ...えっと、あなたがテルルさんで...合ってるんでしたよね?」
おどおどしながら答える彼女に向かって歩む。本当にこんな人がシェーレを感化させるに至る人物なのかも未だ疑問だった。
数歩歩く中で積み上がる本の題名を幾つか見た。伝記や歴史書を主としていたが偶にフィクションが入っているのをみるにそこまで好き嫌いはなさそうだった。
「そんなに警戒しないでほしい。まぁそうするのも無理はないけどさ」
リバの隣に立ち、宥めるように言った。しかし、リバの体は微かに震えているのは注意云々でなく本能としてなのだろうか。まるで今際の際の彼女に更に言った。
「目的を話していなかったけど、私の話したいのは君についてだ」
「...私?」
素っ頓狂な声を出し、彼女は本を慌てて閉じた。構わず話を続ける。
「君は何を望んでいるんだ」
===
「The Ark?」
怠そうな声が設計図を見る開発者から漏れる。私が見ているより必ず多くのことを考えているためにその設計図と必要資材に頭を悩ませるのは当然だ。
「...これ、設計担当者の名前が書いていないけど、まさか基礎研究側の...?」
一通り読み直したのかカメリアがそう言うので答える。
「知らない。私だって突然渡されたものだからな」
最低限の自己紹介は済んでいるため少し緊張の解けたように言動が両者共に切り詰めなくても良くなったのは幸いだ。ただ、その言葉を受け取って溜息をもう一つ吐いたそいつは小声で言った。
「...バカみてぇ」
「同意はする」
それだけ言い、しばらく沈黙が流れる。メモを取り出し彼女は何かしているようだったが読めない字ばっかりの式のようだった。やがて一段大きな音で直線がひかれると、渋い顔をして頭を掻いている。
「どうしたんだ」
そう聞くと、捻り出すような声で奴は言った。
「異常性を弱める異常性...おい」
机を勢いよく叩くと、開発者はさっきの声と一転大声で言う。
「設計者は誰だ!!答えろ!!」
机に身を乗り出し恐ろしい形相で睨まれるが、知らないものは知らないと言わなければならない。
「私は知らない。情報を隠しているとかそう言うものでなく、本当に知らないんだ。言ったろ、唯の近衛団の団長だと」
そこまで言うと、彼女も落ち着いたのか席に座り直す。そして一つ大きく深呼吸をした。
「この機械はな、推定だが簡単に言うとなれば異常性を弱める機械だ。私も薬剤開発のためにこういうのを作りたいとは思った時期があった。出来たのは異常性のよって引き起こされる熱などの症状を緩和させるぐらいで、それほどまでに、この機械は発展させられたものなんだ!」
怒っているのか期待しているのか良くわからないテンションで話し続ける。
「ただこれの対象はなんだ?異常オブジェクトか?モルモットか?それとも空間か!?場合によってはタブーに触れる。資材のためにお金はかなりかかるし、デメリットは大きい。それを押し退けてのメリットとはなんだ?理論はどこから出て来ている?こんな天才がいるなんて!!」
もうこちらのことは気にかけてすらいないのだろう。ただ、瞳を輝かせているから興味は出ているのだろう。それならそれで結構...だが、暴走しそうな危険な感じがするな。
「...もう三度目になるがこれを書いた人は分からない。そしてこれは私個人としての話となるが、カメリア。君はこの計画についてはどう思う?」
今まで設計図をみてはしゃいでいたカメリアは動きを止め、真剣な眼差しでこちらを見、答えた。
「不可能ではない。ただ、タブーギリギリだね。協力するのはそうだし、設計通りに作ると約束できる。けど私は作った後の責任は取らないよ」
「...タブー?」
この言葉が引っかかる。さっきも少し言っていた気もするが、何を指しているのだろうか。それに具体的には答えてくれなかった。
「簡単に言えば異常性を扱う以上守っていくべきだと思うルール的な?今回がそれに近いかなって」
「人間が決めた指針...ってことでいいんだよな?」
そう言うと不思議そうに頷かれる。昔本で読んだことがある。貴重なもので写本が殆ど存在しないのを先祖が訳頒したものの中にあった言葉。
『0から1を作り出すのは実に難しいことです。しかし、望んでもいないのに1を0にすること。それは容易いことながら実に度し難い。そうではありませんか?』
リバは、知っているのだろうか。許してくれるだろうか。
「イオ団長?」
声が急に聞こえたため反射的に銃を声の方向に構える。声の主は尻込みし、ワナワナ震えている。私は椅子から立ち、その人間に銃口を向ける。
「...カメリアか」
裏ポケットにそれをしまい、座り込んでしまったカメリアに手を差し出す。
「立て、お前の部屋まで案内する」
冷たい手を握り、強引に引っ張り上げ、ドアを開けた。
===
「望み...?」
猫耳と尻尾のある人...?がそんなことを聞いてきた。慌てて思考するが、そこまで思い当たるものがない。
「...別に、無いならいいんだ。それはそれで」
「は、はぁ...」
不思議な人であるのは見かけからでもそうながら、内面でもそうみたいで、全く読めない。
「じゃぁ君はこの環境の中、十分に満足していると言うことでいいんだな」
「...いや、私もこの組織は2日目とかで、全く把握できてないんです」
するとその人の顔が「は?」という少し怖い顔になったのですくんでしまう。するとその人は静かに言った。
「君は2重人格者で、2日前エカが君をこの組織に連れてきたってあったけど、そうには本の数が多すぎるし、君の情報を見た感じ少なくとも入社2日目では無いはずだったんだが...あぁそうだな。4日前は何の本を読んだ?」
「確かペストに関する歴史書だったはずですが...え?」
混乱が巻き起こる。何で私は3日より前の記憶がないのに4日前に読んだ本の記憶はある?どんどん後頭部が熱くなっているのがわかる。テルルさんも混乱しているように言った。
「そうか。では君は何だと聞きたいところだけど...本人もわからなさそうだし別にいいか。君だけの世界が君を支配しているのかもしれないし、他の誰かが君を乗っ取って好き勝手やっているかもしれないし、もしくは両方かもしれないし。もしくは自分の"異常"に気づいていないのかもしれない」
「異常って...何ですか」
すると今度は「さぁ?」と言って様子でジェスチャーをされる。
「まぁ...君って本当に分からないものだね。じゃ、私は帰るよ」
「待ってください!」
私の隣から立ち去ろうとするテルルさんを呼び止め、こう言った。
「あなたは何を知っているんですか...何故私のところに来たのですか」
彼女は振り返って、満面の笑みでこう答えた。
「私の知りたいこと以外は知っているさ。君は私の知りたいこと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます