第10話,クレッシェンド

「5番歯車ショート3つ。それと3番共鳴材1つとそれの7型を2つ」

「了解です」


材料庫に足を運び続ける。彼女のいう材料はきちんと整理されてはいるが埃っぽくて、綺麗なのは棚の中のものの配列だけ。開発熱心なだけなのかね。


「5番...はこの棚」


梯子をかけ、箱を除き、形から判断する。それを3つ取ると、降り、部屋の壁に貼ってある紙に記録する。「消費したものリスト」だ。


「どうぞ」

「ありがと。あとは組み立てで終わり」


マイナスドライバーを口に咥え、中に何やら大きな水色の液体が球体を保ったまま循環している機械に手をつけていた。いつの間にここまで仕立て上げたのか全くわからない。

十数分、リストを取りに行く以外には彼女の作業を見てる他なかった。話しかける気にはならないし、この不思議なものをそれこそ不思議そうに見つめるだけだった。


形は立方体で、一片15cmほどだろうか。枠はところどころ尖っていて、歯車が出っぱっている。これが本当に"機械"なのかはさておき、私たちでは到底理解できないものね。

不意に、彼女は伸びをした。顔は晴れやかだったので、開発は終わったのだろうか?だとしたら今日は相当早いな。


「ご飯でも食べようか?」


そう言って席を立とうとする彼女に私は厳しく言った。


「まずは一式着替えて汚れも落としてください。その間に買ってきますから」


その言葉に彼女は嬉しいんやら不貞腐れたいんだか複雑な表情を浮かべ、言った。


「ブルーベリーサンドと、リンゴジュースでお願いね」


足早に彼女は自室の方向に戻っていった。何でも都合のいいように利用するのは得意技のようで、この日もまんまと乗せられてしまったのかと思ってしまう。財布があることを確認してから私は廊下に出た。昼の自然光が目に刺さる。


会社とは離れた一般的な建物の中にある研究所。雰囲気はいいのに、とても内部が見せられるような状況ではないから滑稽だ。コンビニは徒歩3分程の位置にあるし、私の方が先に用事が終わるだろう。

こうして平和なのが私たちにとっては一番良いことだ。会社の職員だからと戦闘がしたい訳ではない。研究を重ねて戦争兵器を作る気もなければ情報を売って儲けようなんて考えたりはしない。あくまでも平和のための利用...まぁそれが逆に誤解を催したり偽善だと言われることだってあるのだけどね。彼女だって開発に専念したいがために会社に入ったまでだし、私だってそうだ。私たちは良い意味でも悪い意味でも神様ではないのだからね。

コンビニに入るが、妙に人が多く、サンドイッチのブースに行くのも難しかったが、着いた先にもブルーベリーサンドは無かった。客はスーツの人が多い...つまりは休憩が重なっているのか。

ため息を吐く。しょうがないから他のもので代用するしかないね。ブルーベリーパンでいいか。流石にそこまで見捨てられてはいなかったのか、ブルーベリーパンは存在した。しかし、そのパンを取ろうとした時に強烈な視線がコチラをみていることに気づいた。

誰だ?方向をそれとなく見るが、いないように思える。


===


シャワーを浴びながら考えていた。今は白昼だし、昼休憩をとる人も多いだろう。ブルーベリーサンド売り切れてないかな...まぁいいか。気は利くし。いや、そこじゃない。最近藤里からチョコをもらった。「codeからだ」って言って。それと並んで教えられたのが不自然なエネルギーの発生。藤里は明後日にでも出所を特定して釘刺しに行くと言い出し、無理を承知でこっちに依頼してきた。


「お願い!やってくれたら新しいベッドかなんかプレゼントするから!」


自分で藤里の言った台詞を声に出してみて、自分で笑ってしまう。とりあえず、良い感じの抱き枕を要求して、倉庫から引っ張り出した発明品を使った。

割と簡単にエネルギーの出所は特定できた。迷彩もなければ怪しい部分もない、至って普通の研究所といった感じだった。それに関する資料を作り、藤里に渡したところ、「こんだけ早いなら現地に行ったほうが絶対早かったよな」と愚痴を言った。「資料がなきゃ相手は納得しないよ。こっちのことを知らない可能性だってあるし」と宥めた。それでも腑に落ちないのかブツブツ言っていた。そんだけ私のためにお金を使うのが嫌なのだろうか。


顔に湯が当たるとじんわりと染み込んでいくようで気持ちが良い。思索に耽るのもいいものだけど、自分の発明のアイデアは日が変わらないと出てはこない。今日は午後休をとったようなものだと考えてのんびり過ごそうかな。

と思ったが、そうはさせないとでもいうように、脱衣所にあるタブレットが唸った。扉を少し開け、ロック画面を見ると、セキュリティ侵犯があったとの警告が表示されていた。


「えぇ...」


声を失うというよりめんどくさいという気持ちの勝る声が出る。

そのまま音声認識を起動させ、指示を出す。


「ロボット達とセキュリティシステムは標準撃退プロトコル開始して...それに監視カメラの映像を映して」


映し出された映像に人はいなかった。ただ、誤作動するようなプログラムは組んだ覚えがない。

シャワーを止め、タブレットを浴室の床に置き、食いつくように必死に操作する。

監視カメラの映像をスワイプで一つ一つ確認していったが。


「何故既に廊下警備のロボットが壊されている?」


セキュリティ反応は一切ない。監視カメラの映像の時刻は今だ。なのに...近づいてきている?


「セキュリティ、非常プロトコルの開始と会社への連絡をおねが...」


言いかけたところで、浴室の扉が開かれる。死の雰囲気が強まってきて、頭を上げることができないほどに恐怖する。釘ぐらい細い金属が私の目の前のタブレットに刺される。液晶は飛散し、ブツっと短く小さな断末魔を上げた。


「頭を上げろ」


恐る恐る、頭を上げる。全体的に黒い制服、女性の声だが、有無を言わさぬ口調。ここまでのことを成し遂げられる完全に戦闘員だ。目は光のない虚で、真っ直ぐこっちを見つめている。揺らぐことのない視線がそこにあった。

こっちが頭を上げると、細い剣のようなものは収められた。そして、その人は言う。


「カメリア...だな。唐突で申し訳ないが、貴女の知恵が欲しい」


その思っていたより丁寧な言い方にたじろぐ。


「...うん?」

「我々の組織は一刻が惜しい。すぐに来てもらいたい」


...組織?もしかして、あのエネルギーがどうだかのだろうか。


「会社への連絡手段は既に断ち切ってある。セキュリティ通告はこっちの情報者に任せており、妨害している。貴女に求めるのは我々についてくることだ」


従う他ない。私は両手を上げ、立ち上がった。


「抵抗が無くてよかった。まずは服を着て、外に出てくれ」


そう言うと、その人は脱衣所から去った。

多分、私が使った機械が逆探知でもされたのだろうか。いや...うーん?でも、確かに迷彩も何もないのはこちらの傍受が一方的だと思わせるためだと考えると合点が行く。

体を拭いている途中、いろいろ思索した。まず、会社との連絡手段。情報者による妨害があったとして、定期連絡がないことを確認した会社は必ずこちらに来る。この部屋の外にいるであろうあの人に聞いてみる。


「貴女の名前は?」

「すべての質問は一連の動きが終わってからだ。後でゆっくり話すよ」


緊張が解けたかのように少し優しくなっている...のか?ただ、この部屋に連絡手段などないから、意味のない陽動は避けるべきだ。


「先に忠告しておくけど、もしお仲間がいるなら、私の発明品には絶対に触らないでね」

「...分かった」


どっかで見たなぁこんな話。誘拐というか、拉致か。

『そんなイレギュラーな状態にいても好奇心が勝る。だって体験したことないものだもの』


===


何か違和感がある。胸騒ぎというか悪寒というか。不気味さがあった。携帯を取り出して、会社に連絡する...が、何コール置いても応答は無かった。確実におかしい。

不信がってる所に最悪なタイミングで妙に通る声が聞こえてきた。


「お話があります」


と。

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