第8話,人間万事

「3分の遅刻とは、良い身分なことですね」


軽く、腕時計を見ながら言い放ち、来客相手を見る。薄く、笑みの様な顔を被っていて、少々気味の悪い感じだった。


「すまないね。こちらもこちらで急ぎの用が入ってしまって。遅れたのには謝るよ」


舌打ちしそうになったが、どうにか堪え、反対側に座る。




机を挟みソファにそれぞれ座っている。本題はあちら側から始めた。


「それで、早速本題に移らせてもらうけど」


そう言って、ファイルを差し出してくる。表紙だけ見て、用件を把握する。


「不自然なエネルギーの出所を調査したら、君達の組織が出てきたんだ。随分大変だったよ」

「そうですかぁ...別に悪いことをしているわけじゃないんですけどね」


そう言うと、対面の藤里は言い返してきた。


「悪いことをしているしていないを我々は気にかけているわけではない。それが善であっても悪であっても、世界、もしくは会社に影響のあるものであるならそれは警戒の範疇だ。もし悪いことをしていると分かっているのならば私はこんな資料じゃなくて武器を持ってきている。仲間を引き連れてね」


鼻で軽く笑う。よくそんな正義を掲げられる。利己的主義というか完璧主義というか、気持ち悪い偽善だ。


「じゃぁ、今のうちに楽しむことしかできませんね。それで、なんでしたっけ。エネルギーが云々と色々書いてはありますが。えぇ、ここで間違い無いですね。で、何と話せば良いのでしょうか」


...敬語は嫌いだ。その空気をどうせ察してはいるのだろう。テルルと同じような、こちらを嘲る様子がさっきからある。『お前らなんかいつでも潰せるぞ』という様な自信と気迫...まぁ間違ってないけどさ。




藤里を一目見た時、鑑定した。仲間は裏切ることはないが、仲間の裏でコソコソやっているタイプだ。そして一つ以上大きな秘密を抱えているような。目はこちらを見透かすように、口はいつも少し上がっている。道化師の様に素性が掴めない上に、これが会社の1職員であるのかと思ってしまう。まだまだこいつと同程度の職員がいると考えると頭が痛くなってくる。


「研究の内容を一部でも良いので私に見せてくれませんか。それで納得できれば今後あなた方への干渉は無しとするつもりで」

「...はぁ」


会社の規模からして、それを断ると壊滅するのは目に見えている。多少のリスクを冒してでも安全策に走ったほうがいいのはそうなのだ。


「では、研究者の一人を連れてきましょうか。それで研究内容を話せば納得できるでしょうかね」

「...できれば研究所を見せてほしかったところではあるけれど、まぁしょうがないでしょうね。それでお願いしたい」


扉の前に立つ職員に合図をして、研究者を一人ここに連れてくる様指示する。そいつは慌てて外に出て、早足の音が少しだけ聞こえた。

その足音を見送り、視線を藤里へと戻すと、視界の端で白い尾がうねっているのを見るに、まさに探しに行ってもらった研究者だった。そいつは部屋の奥側にある大机に座っていた。


「どこで油を売っているかと思えばこんなところにいるなんてさ...よっぽど暇なんでしょ?」


藤里がテルルに話しかける。テルルはいつも通りの笑い顔で答える。


「この組織は私にとっても大いなる意味がある。今ここに姿があるのもその意味を失わせない様にするためさ」

「...知り合いなんだな」


そう小声で言う。敬語を使おうが使わなかろうがもう関係なくなってしまったな。もうこの藤里とかいう奴も視察という目的を忘れつつあるしな。

その藤里はテルルに聞いた。


「今も研究をしているのだろう?何をしているんだ?」

「言ったらイオに怒られそうだもの。まぁ簡単に言えば人を救う研究というかそんな感じだな」


言葉の節々でこちらを煽ってくるテルルには既に慣れたが、よりにもよって会社の職員の前でこういうことを言うのは流石に迷惑だ。まぁそれもわかってやってるんだろうが。


「あぁ何だそういうことか。珍しいけどそんな疑問には思わないな」


そう言うと藤里はこちらに一枚の紙を差し出してきた。題名は"企業提携の提案書"。曰く、この研究を続けるのであれば会社にとって無害と見做し、組織の脅威に対しては迅速に駆けつけ、研究に使われる論理を共有させてほしいとのこと。しかしこちらから差し出すものは任意だそうだ。


「君が確か実質的な指揮系統を管理しているのだろう?それなればこれは君に渡すべきものだ」


藤里は特に感情のこもっていない声で話すが、私としては困惑するばかりだ。有利すぎて、裏があるのではないかとも思ってしまう。


「テルルがいるなら、この組織は安全でしょ?君たちがどんな研究をしていようが、我々にとって害にならなければもはや仲間としても受け入れることはできる。さっきの発言の裏返しはそう言う意味だ」

「別に会社どころか、人に危害を加える研究はしていない。誰からも妨害が入らなければ円滑に終わるさ」


双方が私にプレッシャーをかけている様にも思えるが、私としても願ったり叶ったりの提案だ。何か小さな文字で書いてあるか否かの確認をしたのちに、印鑑を押し、サインをする。その紙を藤里に渡すと手を差し出してきたので、握手を交わす。


「歓迎するよ、"カルコゲン"。くれぐれもあやしい動きはしない様に尽力してほしいけどね」

「この猫がいる限り不可能だ」


握手をし終わると藤里は立ち上がる。帰り道とは言っても一人で会社の職員が歩くと誤解が生まれかねないので私は立ち上がった。


「同行しよう。疑われかねない」

「いや、必要ない」


こちらの返事待たずして、こう言って去った。


「じゃ、これで私は失礼するよ。イオ"団長"」

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